アヤカシ太夫♂とイロオトコ

 

 ……何故か目が離せぬまま、し乃雪はじっと其れを見詰め続ける。
 まるで、この木乃伊に"呼ばれている"様な……気がして。

 その姿を、……河童の乾いた眼が捉え、
 其れは、まるで――― "耳元"で。



" …… た、す…… け……て "



「其の木乃伊がお気に入りかい?」

 不意に声がした。
 ピクリ肩を弾ませ周囲を見回したが、誰も居ない……否、其れは自分の足下に居た。

「なあ、お嬢ちゃん?こう言うものは好きかい?」

 少ししゃがれた濁声(だみごえ)にて、黄色い歯を見せて笑む、小さな男。
 自分の膝位しか無い身長にて目一杯見上げるは、先程入り口の上方にて口上を述べていたあの男である。

「何じゃ、」
「お嬢ちゃん、真っ白で綺麗だねぇ?神様の遣いの様だねぇ?
 もしかして、吉原界隈で噂々の妖太夫様かい?」
「さて、ねぇ?」

 クスクス。高めの声にて綻ぶし乃雪を、男は見惚れる様な仕草にて見遣り。
 其の辺りにて漸く源三郎が駆け寄り、し乃雪に安堵の目を向けた。

「雪!此処か、」
「……おや、来ちまったね」

 残念そうに舌打ちした男。
 後ずさりにて少しばかり身を薄闇へうずめた後、

「明日も来るかい?
 明日もおいで、独りでね…
 何なら一緒に旅でも如何だい?
 お代はおまけしてあげようね」

 ニッコリ。
 恐らく、男にとって精一杯の笑顔なのだろう。
 並びの悪い歯を惜しげ無く披露した後、奥方の闇へと消えていった。


「何だ、あいつは?」

 訝しげに漏らす源三郎に、し乃雪は鼻で笑う。

「大方、この俺が欲しいのであろうて。
 さんざこき使われた挙げ句、死んだら見世物の仲間入りかのぉ?」
「やめろ、縁起でも無え」
「さて、如何だか。
 日の本を回れる上死後もこの身を大事にされるなれば、吉原よりは良いかも知れぬよ?」

 カラカラと笑いながら、奥方へと足を動かし始めたし乃雪。
 あの男が奥へ消えたのはどうやら座興が始まる故らしい、あの声にて先程とは少し違う口上が聞こえてくる。

「し乃雪、おい」
「嗚呼、そうだ源の字よ」
「ん?」
「"雪"と言う呼び方、良いのぉ。近しくなれた様で、俺は好きじゃ」

 さあ、行こうぞ。再び源三郎の袖を引き、し乃雪は奥へと向かう。
 当の彼は少し照れ臭そうにしていたが、やがて奥方の開けた場所へ出、鮨詰めとなった人の多さと口上にて二人ほぉと感嘆した。

 どうやら、奥の段にて座る女が此度の座興の中心らしい。
 左隅の台に座るあの男が、真っ赤な着物を身に纏う彼女を差しながら一生懸命話している。