「此処からは俺の憶測じゃ……
浮かばれなかった鈴はあの男の後を辿り、あの男の行く先へ先回りし、あの男の視界に写る所に其の姿を描いた。
殺された者達の魂を引き連れ、直前に殺された者の姿を描き、次に犠牲となる女へ忠告をしていった。
襖の姿が違ったのは、詰まる所そう言う事じゃ。
……そして、此処へ辿り着いた」
ふんわり、茶の湯気が朝日に揺れる。春の花の香りに茶の芳香が混じり、しかし其の華やかさが何処か物悲しい。
握ったままの湯呑みが熱を伝え、源三郎は耐えきれず其れを畳へ置いた。
「詰まる所……あの襖幽霊は」
「左様。彼女達が向いておった先は"俺"では無く、あの男であった、と言う事さ」
其処まで呟き、ふぅ…と吐息を漏らす。ふと閉じられた眼、長い銀の睫が微かに揺れる。
源三郎は胸元に何か重いものを抱えた様な心持ちにてもう一口茶を啜り、やがて。
「…あの野郎、」
「捕まえるつもりかえ?」
「嗚呼。同じ人として許せねえ」
「同じ人として、…ねぇ?」
立ち上がった彼に、しかしし乃雪は微笑みながら零す。
「のぉ、源三郎?今、下で騒いでおるのが気になるであろうて、」
「嗚呼、」
「教えてやろう。
吉原の入り口に生えておる柳の木の下にて、人程もある大狢が、水の入った大瓢箪を背負って死んでおるのだとさ」
瞬時、目を瞬かせた源三郎。嗚呼何だそうか……そう受け流そうとしたものの、何かに気付き「…ん!?」と再び顔を上げる。
「大瓢箪??」
「ふふ、」
「…… いやいやいや、まさか!
あの瓦版屋が狢の変化だとでも言うのか?」
「さぁてね。俺は其の様な事は一言も言うておらぬよ?」
「だよ、なぁ?……だよなぁ……」
其の様な事等有り得ぬ…否、有ってたまるものか。
くるくると思考を巡らせ考え込むものの、しかし答えが出て来る訳も無し。
……しかし、ふと迫り来る大瓢箪を思い出し、ゾク、と肌が粟立った。
其の様がやけに滑稽に見えるし乃雪、嬉しそうに笑い始め。
……其の姿がやはり美しく、惹かれる自分に腹が立つ。
やがてぱんと膝を叩き、源三郎は痺れ切らした様に立ち上がった。
「…嗚呼、面倒だ!
し乃雪よ、見に行こうぜ!!」
「遅いよ、源の字」
「何だと、」
「俺は其の為にこうして着替えを終わらせたのさ。さあ早う、着替えろよ」
にこにこ笑いながらふらふらと振り袖を揺らす姿が、憎たらしい。
分かったよ、嗚呼分かった。
頷きながらも寝間着を脱ぎ捨て、しかし思う。
この天人とも見紛う美しき妖太夫…確かに、自分をも惹きつける不思議な香り。
しかし、其の中身が余りに予測出来ず、気付けば先回りされ、からかわれている。
――ほら、今も。
今後暫く、この男に振り回されなければならぬのか…そう思った刹那、どっと胸に疲れが伸し掛かった気がしたが。
