「どれだけ前より俺を狙っておった、」
「ひひッ……噂はな、山を越えるってぇモンだ………… 越中の山ン中にまでおめぇさんの噂はきとるよ……」
「山ン中ぁ?」
「妖だって手練手管で操る、雪女みてぇに、天女みてぇぇにきれぇなきれぇな花魁だ、となぁ……」
「褒め言葉じゃの…… 陰間茶屋の、だけれどもな」
「ずぅっと、ずぅっと、探しておったんだぜぇ…天女を汚したら罰が当たるとよぉ……見付けてもずぅっと他の女で我慢しておったのにぃなぁぁ……」
そう言う事か。
口に出さずとも、し乃雪も源三郎も妙に納得し、顔を見合わせる。
と。
"……ゴト……"
先刻蹴られて其の背から離れた瓢箪が、僅か震えて音を立て。
「!?」
気配に気付き振り向いた源三郎の顔面めがけ、突如ブンと吹っ飛んだ瓢箪が勢い良くぶつかる。
「んがッ!?」
弾みで男の上から転げ落ちる源三郎。
自分の背に落ちた瓢箪を素早く背に括り付け、男は隙を見て窓の縁へと立った。
「チッ……手前!」
「ひひひッ……嗚呼何だ。其処の男……、」
「待て、この…」
男は何事か言いかけたが、立ち上がった源三郎が捕まえようとした瞬間、ぽぉんと軽く縁を蹴り。
まるで飛蝗が跳ねるかのように高く飛んだ其れは、あっという間に夜霧の中へと消えた。
「追う、」
「止めておけ源、」
同じく縁に足を掛けた源三郎を、し乃雪は静かに制す。
「この夜霧じゃ見えもしない。其れに、もう此処には来ぬであろうて……
そもそもお前さん、此処から飛び降りたら骨を折るわえ」
「けれどもよ」
「俺を案じてくれるなれば暫くは此処に寝泊まりし遣れ、」
「……だな、」
渋々、縁から下り、其の場に胡坐をかく源三郎。
「……其れより雪、お前身体の方は何とも無えんだな、」
「其れは俺の科白じゃ。鼻血が出おるぞ、色男が勿体無い」
「ありゃ……」
言われ、初めて気付いた源三郎。其れをし乃雪が近くに置いていた手拭いでそっと拭き取る。
源三郎は少し照れた様にじっと動かず、しかし時折「痛てて、」と顔を歪ませた。どうやら唇も切っている様子。
「舐めて良い、」
「戯け!」
近付いてきたし乃雪の顔を押しやり、笑いながら受け流す。
先刻まで怖い程に男勝りだったし乃雪はとうに何処かへ去り、今は何時もの招き狐へと戻っている。
其れを悟り、源三郎の苦笑は微笑みへと変わった。
そして改めて部屋の中を見回し、
「…… まあ、俺の考えはあながち外れではなかった、ってぇ事か」
零れた水と散らかった紙。源三郎はひしゃげた一枚を手に取り、漏らした。
其処に書いてあったのは、今宵起こる筈だった事件の詳しい内容だ。
