「だから、よぉし乃雪太夫?先も言ったが、其の襖に如何して訊くつもりだい?」
「のぉ源の字?お前さんは先程「坊さんか呪い師でも呼ぶのか」、と訊いたな?」
「嗚呼、其れが如何した?」
「坊さんも呪い師も要らぬが、あながち外れてもおらぬ」
言いながら、懐より取り出したものは真っ白な紙。
其れを慣れた手つきにて紙縒りにし、し乃雪は近くの行灯よりそっと火を着けた。
ちりちり…と囁きながら燃え始める其れに、何言か囁きながら…言葉は聞こえぬが、やがて蝋燭の如き火をパン、と両手で潰す。
「お?おい、」
火傷するぞ、と言わんとした口が、しかし次の時にはあんぐりと開いたまま、鳶色の瞳が其れへと釘付けになる。
火がし乃雪の手中に消えた、刹那。
し乃雪を、ボォ、と上がった真っ赤な炎がぐるりと囲み。
やがて猫か虎、若しくは人にも似た形の異形へと、形を成した。
言葉を紡ぐ事すら出来ぬ間に、其れはなぁぁお!と一声嘶く。
そして再び形を変え、し乃雪の腕へと絡みつき、大きな爪の様な姿と変化した。
「……何だ、其りゃァ……!」
「まぁまぁ、」
先ずは見ておれよ。そう呟くし乃雪。
大爪の如き両手を差し入れれば、其れはそっ……と襖の中へと入っていく。
水の中へ沈め行く様に波紋が広がり、爪は襖絵の中にて墨の様に黒い。
爪は、ゆぅるりと、幽霊のシミを掴んだ。
両の手にて包み込む様に、やがてそぉっと、襖より引き上げ。
姿が襖の向こうより此方へちらり現れた瞬間、幽霊はし乃雪へ縋る様に抱きついた。
「おい、し乃雪!」
襲われたか、と身を乗り出し掛けた源三郎であったが、どうやら違うらしい。
シッ、と人差し指を唇へあてがったし乃雪、やがて聞こえぬ程に小さな声にて何かを語りかけ始めた。
……少し離れた所より、気が気では無い様子で見ている源三郎。
…そう言えば、よく見るとあの幽霊はたえ葉では無く、先刻見た屍…夕凪だ。
憂いを帯びた悲しげな瞳は、やがて朧気にて美しき姿にて、源三郎に深く一礼し、
やがて、すぅ……と消えていった。
「…… 成程、のぉ」
そう声を上げたし乃雪の手に、もうあの炎の爪は無い。くるり振り向き、何事も無かった様に窓の縁に腰を下ろす。
対し、状況が分からぬままの源三郎は少々立腹したらしい、眉を吊り上げダンと畳を殴った。
「…何が成程だ!」
「んッ?」
「腕が燃えたり幽霊に抱き付かれたり、驚かせやがって!取り憑かれておらぬだろうな!?火傷は無いのか!?」
「驚いたかえ?」
「嗚呼驚いたさ、お前が如何にかなるんじゃあねぇかとな!」
其の言葉にて、し乃雪は眼をまぁるくした。驚いたらしい、暫し其のまま源三郎を見詰め、やがて少し狼狽した様に頬を染め僅か目を逸らした。其の仕草が若いおなごの様で、源三郎も拍子抜けした様子で茶を口に含む。
「…… 何だ、急に赤くなりやがって」
「言われ慣れぬ言葉であった」
「そうか?」
「俺が、如何にか、か……フフ」
「嬉しいか、」
「大抵は妖扱いじゃ。其の驚いた様が面白うて意地悪しておったが、…お前さんは稀有じゃのぉ」
