「そうかえ、……服が乱れておらなんだ」
「そう」
「しかし、幽霊に唆されて自ら飛び込んだとも考えられぬかえ?」
「じゃあ、逆の方より考えてみようかね。
なあし乃雪太夫。あの部屋…逢瀬部屋、色々と可笑しき所があったであろう?」
「嗚呼」
「まず、水を零した様な跡。半円状に残った畳のシミ。濡れた布団。
其れに、畳の上に随分と白っぽいカスが残されておった」
「白い、カス?」
「何だと思う?」
少しだけ考え、小さく零す。
「摩羅のかえ?」
「戯け!紙だ紙!」
紙ィ?と、し乃雪の頓狂な声。其れに頷きつつ、源三郎は一口茶を啜る。
「詰まり、…これは俺の推測だが。
眠っておる夕凪にそろそろと水を掛けて殺める、」
「殺めるだけの水が流されたと思えぬが。普通なれば、あれだけの水では只飛び起きるんじゃあ無いのかえ?」
「知らぬよな?
水はな、入る所を間違えばほんの少しばかりでも人を彼岸送りにしちまうのさ。故に何処ででも溺れ死ぬ事は出来る」
「へぇ、入る所ねぇ?」
ふぅ、……一息付いた源三郎。
空になった湯呑の底にへばり付いた茶葉へ、すと視線を落としつつ。
「で、亡骸を退かして水を紙にて拭き取り布団を変える、亡骸を運びお歯黒溝へ投げ捨てる…と」
「紙にて、拭き取る?そんなたかが紙、誰でも持ち歩く事が……、」
「只の紙なら誰しも持ち歩く。問題は、"量"と"何の紙か"、だ」
言うと、源三郎はおもむろに懐を弄り、一枚の紙を取り出した。
瓦版である。
「恐らく、コレだ」
「コレ、とな…… 嗚呼!」
自慢気に広げてみせた其の紙に、し乃雪は指差して頷く。
総てが合点行った所で其の眼がちかりと紅玉の如く輝き、やがて笑いへと変わる。
「成る程なぁ……見事じゃのぉ、源!
お前さんは何か、其の頭の"早さ"は御用聞きかえ?」
「褒めるなよ。…まぁ、御用聞きじゃあ無ぇが似た様なモンだ」
「そうかえそうかえ、なれば次は俺の番じゃの」
「何だ?お前はお前の考えがあるのかい、」
言えば、鮮やかに塗られた小振りな唇がニッと釣り上がり、楽しそうな声を零す。
「考えじゃあ無いよ。"答え合わせ"、じゃ」
「答え??」
「推するよりも易き事。当の者に、訊けば良い」
すぅ、と立ち上がった其の姿、何処か幽霊の如く儚げに見え、源三郎が持つ湯呑みすら冷たく感じる。
「まさか、奴(やっこ)さんに、か?」
「いんや。"これ"、に、じゃ」
すすと歩み寄り、立ち止まった場所。其れは、あの幽霊が浮き出た襖。
まるでじっとし乃雪を見詰めている様な黒いシミの眼が、トントンとし乃雪が叩いた衝撃にほんの僅か細められた様に見えた。
「……はッ、」
源三郎が吹き出す。
