警察での長い夜が終わったあと、家に帰ったのは、夜中の二時を過ぎていた。母さんが、玄関で待っていた。
「悠」
母さんは、俺を見て、目を見開いた。
「悠、あんた、何があったの」
「大丈夫」
「警察から、電話が、来た。何か、大きなことに、なってる、って」
「うん」
「大丈夫なの」
「大丈夫」
俺は玄関で母さんを抱きしめた。抱きしめてみて、はじめて、自分が抱きしめたいと思っていたことを知った。母さんは最初、固まった。それから、ゆっくり、俺の背中を、両手で撫でた。
「悠」
「ん」
「あんた、最近、ずっと、辛かったね」
「うん」
「お母さん、何もできなかった」
「いい」
「ごめん」
「ごめん、じゃない」
母さんの肩のあたりが、震えていた。俺の肩のあたりも、たぶん、震えていた。俺たちは、しばらく玄関で立っていた。時計が、二時十五分を指していた。
俺は、ふと台所の方を見た。台所の窓の外、暗い庭に、ふと、何か、白いものが見えた気がした。俺は目を凝らした。そこには、もう、何もなかった。
庭は、暗いだけだった。夢を見ていた、はずだった。俺は自分の部屋に戻って、机の前に座った。ノートを開いて、新しい頁に日付を書いた。
その夜のことを書いた。書きながら、何度も、何度も震えた。書き終えたとき、空が薄く白くなりはじめていた。俺は布団に入った。
布団に入って、目を閉じた。閉じた目の裏に、海の景色があった。海の景色は、もう黒くなかった。朝の海。
白く、霧の出ている、朝の海。その海の中に、誰もいなかった。俺は深く息を吸って、ゆっくり吐いた。吐いた息と、一緒に、何かが、出ていった。
何かが、出ていったあと、俺はようやく眠った。その朝、迅も、たぶん、同じ海を見て、眠った。二人で見た、同じ、白い、朝の海。それが、俺たちが、はじめて、二人で見た、ふつうの海、だった。

