海から、お迎えにあがりました


家に帰って夕飯を食べて風呂に入り、自分の部屋に戻る。部屋は二階の海に面した側にある。窓を開けると、潮の匂いが入ってくる。机の前に座って明日の準備をしてから、少しだけスマホをいじる。迅からのメッセージが来ている。

「明日、屋上の鍵、また閉まってるかな」

短い文だった。屋上、という二文字を少し見る。

「閉まってると思う」
「だよな」

それで終わり。スマホを置いて、机の前に座ったまま、しばらく何も考えなかった。考えないようにしていた、というほうが近い。窓の外で海鳴りがしていた。

海鳴りはこの町で生まれて育った人間にとっては無音と同じで、あるのが当たり前でないと逆に眠れない。机の引き出しを開けた。いちばん奥に、古い写真が一枚。中学の卒業式の日に三人で撮ったやつだ。

俺と迅と透。三人とも同じ制服を着て、同じ角度で笑っている。笑い方が似ている。ずっと前から似ていると思っていた。

三人で並ぶと、よく「兄弟みたい」と言われた。家族でもないのに、笑い方の癖が同じだった。目を細める角度も、口の端の上がり方も、写真に撮ると不思議なくらい揃っていた。血のつながりはない。

少なくとも、俺たちの両親同士には面識すらない。三人ともこの町で生まれて、三人とも同じ小学校に通ってそれで友達になった。それだけのことだ。それだけのことのはずだ。

写真の中の三人のうち、真ん中に透がいた。透の左肩のあたり、背景の桜の枝の葉と葉の隙間に、白いものがぼんやりと写っていた。レンズの汚れ、と言われればそうかもしれない。光の反射、と言われればそうかもしれない。

俺はその影をしばらく見た。見ているうちに、影の形が少し変わった気がした。気がしただけだ。動くはずがない。

写真は写真だ。引き出しに戻して、電気を消した。布団に入る。電気を消した部屋は暗く、窓のカーテンの隙間から街灯の光が細く差し込んでいる。

海鳴りを聞いた。いつもの海鳴りだった。そのリズムの中に、ふと別の音が混じった気がした。水音だった。

ちゃぷ、と何か濡れたものが揺れる音。窓の外ではない。部屋の中の、どこか近く。俺は目を開けて天井を見た。

暗くて何も見えない。息を止めて、聞く。聞こえない。聞こえなかった、はずだった。

寝返りを打って海と反対側を向いた瞬間、もう一度聞こえた気がした。ちゃぷ、と。それから、低い声で、

「悠」

と誰かが呼んだ気がした。父さんでも母さんでもない――それは確かだった。父と母の声ならすぐにわかる。迅でもなかった気がする。

迅でもないなら、誰だ。目を強く閉じた。閉じた目の裏で、海鳴りだけが続いていた。声はもう聞こえなかった。

聞こえなかったということは、最初から聞こえていなかったということだ。海鳴りの中に海鳴りでない音があった気がしただけだ。そう自分に言い聞かせて、俺はようやく眠った。