帰り道、自転車を押しながら、迅がぽつりと言った。
「悠、いま、お前のスマホ、鳴ってないか」
俺はポケットからスマホを出した。非通知の着信が入っていた。俺は出た。
「もしもし」
「松崎くん」
朔本さんの声だった。
「先生」
「ええ、ええ。突然、失礼いたします。今日は、土曜日ですが、お時間、よろしいでしょうか」
「短くなら」
「結構です。短く、お話しします」
朔本さんの声は、いつもの、淡い滑らかな声だった。
「松崎くん。私は、いま、観察室から、お電話を、しております」
「観察室」
「ええ。施設には、お二人を、観察する、ための、装置が、いくつか、あります。今日、お二人が、西の浜で、お会いになった、あの方々の、波形を、私の機械が、捉えました」
「先生、俺たちのこと、観察してたんですか」
「ええ、ええ。当然です。お二人は、私の、被験者です」
朔本さんはふと笑った。
「松崎くん、迅くんと、よくぞ、お話しになりました」
「先生」
「ええ」
「俺たち、生きます」
俺は言った。朔本さんはしばらく無言だった。それから、薄く笑った。
「ええ、ええ」
「俺たち、あんたの予測の外に、行きます」
「素晴らしい、ご決断です。心から、応援、しております」
朔本さんは答えた。
「では、また、月曜日に。お気をつけて、お帰りください」
電話は切れた。俺はスマホをポケットに戻した。
「迅、観察されてた」
「だろうな」
「先生、俺たちが、生きるって、応援するって」
「絶対、皮肉だ、それ」
「皮肉だな」
俺たちは笑った。笑いながら、自転車を押した。笑いの中に、まだ少し震えがあった。震えていることが、もう、嫌ではなかった。震えながら、笑うことができる、ということがわかった。

