海から、お迎えにあがりました

放課後、迅と並んで自転車を押して海沿いの道を帰った。

「明日から普通に授業だな」
「うん」
「三年生って実感、ある?」
「ない」
「俺もない」

迅が笑う。風で前髪が乱れて、片手で直す。直すそばからまた乱れる。海から吹いてくる風は四月でもまだ少し冷たい。

迅は俺より少し背が高い。ほんの少し。中学に上がったころは俺のほうが高かった。

中三のあたりで並んで高一で抜かれた。抜かれたのは身長だけじゃなくて、肩幅も、腕の長さも、声の低さも、たぶん全部だった。隣を歩いていると、ときどき自分が一年遅れて成長しているような気がする。
並んで歩いていると、ときどき自分の影と迅の影の境界がわからなくなる。夕方の光の角度のせいだ、と俺は思っている。

「悠」
「うん」
「お前、最近ちゃんと寝てるか」
「寝てる」
「嘘つけ」

俺の顔を覗き込んで、また前を向いて、迅は続ける。

「目の下、ひどいぞ」
「そうかな」
「そう」

俺は自分の目の下を指で触ってみる。触っても何かわかるわけではない。最近、鏡を見ても自分の顔のことがよくわからない。輪郭がはっきりしないというか、目の位置や鼻の高さが、見るたびに少し違って見える気がする。たぶん気のせいだ。

「カウンセリング、続けてんの」

迅が聞いた。

「先月で終わったよ」
「そっか」

去年の夏のあと、俺は少し学校のスクールカウンセラーに通っていた。週に一回、四十分。話して、聞いて、帰ることを繰り返した。話すこと自体に意味があったとは思えない。

でも通っているあいだ、俺は穴に近づかずに済んでいた。迅も最初の数か月は通っていた。途中でやめたのか、続けているのか、聞いていない。

「俺、今日新しい先生に呼ばれたんだ」

迅が海のほうを見ながら言った。

「カウンセリングの?」
「うん。新しく赴任した人らしい。一度、話したいって」
「ふうん」
「お前にもたぶん声がかかると思う」
「なんで俺にも」
「さあ」

迅はそれ以上言わなかった。俺もそれ以上聞かなかった。自転車を押す音と海鳥の声と遠くの船のエンジン音だけが、しばらく続いた。国道の信号で、迅が立ち止まって俺のリュックの肩紐を片手で引いた。

「曲がってる」

ねじれを直して、ぽんと叩く。

「行くぞ」
「うん」