海から、お迎えにあがりました


ノートを持って帰った日の夜、迅は俺の家に上がりこんだ。母さんも父さんもいなかった。俺たちは二人で透のノートを最初から読み直した。

読みながら、ときどき迅が何かをつぶやいた。「ここ、こう書いてあるな」「ここ、たぶんこういう意味だな」。俺はほとんど黙っていた。

 俺たち、十年以上、一緒にいるのに、こういう話をしたことがない。

その一文のところで、俺は目を止めた。迅も止めた。

「悠」
「ん」
「俺たち、これからするか」
「するって、何を」
「こういう話」

迅はノートを指で叩いた。

「祖父さんの話とか、家系の話とか、自分が見てる夢の話とか。そういう話を、俺と悠でするか」
「……」
「透は俺たちに話そうとして、できなかった。三人だから難しかったかもしれない。二人ならできるかもしれない」
「する」

俺は答えた。

「じゃあ、俺から」

迅はノートを閉じて、机の上に両手を置いた。

「俺、最近、水の中の夢を見るんだ」
「うん」
「沈んでいく夢。深いところに。周りで人が溺れてる。手を伸ばしてくる。俺はその手を払いのける」

俺は息を止めた。

「払いのけて、浮かびあがる」
「……」
「払いのけたとき、その手が、誰の手だったか、夢の中ではわかる」

迅は俺の目を見た。

「女の人と、子供の手」

俺は答えた。

「俺も」
「同じ夢か」
「同じ」

迅は頷いた。それからふと笑った。何がおかしいのかわからない。笑う場面ではなかった。

でも迅は笑っていた。俺もつられて笑ってしまった。笑いながら、目の奥が熱くなっていた。笑いが止まったあとで、迅は頬を両手で挟むようにして俺を見た。

「悠、俺たち、似てるってよく言われるよな」
「言われる」
「あれ、嫌だった?」
「嫌じゃなかった。お前は」
「俺も嫌じゃなかった。っていうか、ちょっと嬉しかった」
「嬉しかった」
「うん。気持ち悪いか」
「気持ち悪くはない」
「だろ」

迅は笑った。夕方まで迅は俺の部屋にいた。二人でいろいろなことを話した。

祖父さんの話、家系の話、夢の話、施設のこと、朔本さんのこと、奥山さんのこと。話しながら、お互いに自分の中にまだ言葉にしていない部分がたくさんあったことに気づいた。夕方、迅が帰った。

「来週も施設、あるな」

帰り際、玄関で迅が言った。

「うん」
「悠も、ノート、もう一度読んどけよ」
「うん」

迅は自転車にまたがって走り去った。