海から、お迎えにあがりました


春の光が窓ガラスを白く溶かしている。三年生最初のホームルーム。教室の空気が二年のときとは違って感じられる。机の高さも黒板の位置も廊下の匂いも同じはずなのに、ここに座っていることが夢の続きみたいに頼りない。

俺の席は窓際の前から三番目。新しいクラス名簿に、新しい担任と新しい級友の名前が並んでいる。何人かは知っている顔で何人かは知らない。透の名前がないことには、もう驚かない。驚かないことが、たぶんいちばん怖い。

「悠」

声に振り向くと、迅が立っていた。手にプリントを持って、にっと笑っている。
涼しい目元と、笑うと少しだけ下がる目尻。中学から少しずつ伸びた手足が、新しい夏服の白いシャツによく似合っていた。クラスの女子たちが「藤代くん」と話題にしているのを俺は知っている。本人は気づいていない。

「またクラス一緒だぞ」
「マジか」
「マジ。席、近くはないけどな」
「お前と離れたら、俺は誰の世話になるんだよ」
「俺の世話になってる自覚はあったんだな」
「あるに決まってんだろ」

迅は俺の頬を人差し指でつついて、一瞬で引いた。

「お前、また目の下、黒い」
「うん」
「ちゃんと食え。ちゃんと寝ろ」
「うん」

迅は俺の肩を軽く叩いて、自分の席に戻っていく。叩かれた肩のあたりが温かい。それだけで息を吸えた気がする。ここ一年、迅はずっとそうだ。

俺が黙り込むとき、ぼんやりするとき、何を言うでもなく、ただ近くにいる。肩を叩いて、戻っていく。隣にいるほどでもなく、遠くにいるほどでもなく、ちょうど呼べば届く距離に。担任が入ってきてホームルームが始まった。

新しい担任は若い女の先生で、早口で何かを話している。俺は半分聞いて、半分窓の外を見た。校庭の桜はもうほとんど散っていた。三月の終わりに咲き始めて、四月の頭に満開になって、始業式にはもう散っている。

毎年そうだ。去年も、桜は散っていた。去年の四月、二年に上がった始業式の朝、透はまだ生きていた。ガラス越しに白い花弁が机の縁に一瞬貼りついて、滑り落ちた。落ちた花弁を目で追っているうちに、ホームルームは終わっていた。