海から、お迎えにあがりました


しばらくして、俺は論文の最後の数頁をめくった。附録、と書かれた頁が巻末に付いていた。被験者A、B、Cの観察期間中の脳波同期係数の時系列変化。

図4と書かれていたものは、上向きにきれいに伸びていく三本の線だった。線の最後の九月二十日の付近で、三本の線はほぼ重なっていた。俺はその図の右下の注釈を読んだ。

 なお、本グラフは家系セット第一群の経過である。同様の手法を、他の家系セットにも適用予定であり、現在、家系セットC(仮称)について、被験者C-1、C-2、C-3を継続観察中である(C-1は二〇二四年に完了)。本続報は、稿を改めて報告する予定である。

俺はその注釈を二度読んだ。家系セットC、被験者C-1、C-2、C-3。C-1は二〇二四年に完了。俺はその日付の意味を、頭の中で計算した。

二〇二四年。透が屋上から落ちた年。そして附録のグラフの裏側に、もう一つ小さな注記が印刷されていた。後から追記されたもののようだった。

 被験者C-2およびC-3の脳波パターンに、極めて高い類似性が見られる。両者は遺伝学的には遠縁であるにもかかわらず、安静時の脳波が、同一個体内の複数回計測と区別がつかないほど近似している。

被験者C-2とC-3。俺と、迅、だった。今日、初めて施設で検査を受けたばかりだった。それなのに論文には、すでに俺たちの脳波の話が書かれていた。

つまりこの論文の追記が書かれた時点で、朔本さんは俺たちの脳波が「近似している」ことを、すでに知っていたことになる。どうやって。俺はもう一度、机の下を見た。机の下は暗かった。

俺は暗いところをしばらく見ていた。俺は冊子を閉じた。窓の外で海鳴りがしていた。海鳴りの中にふと、水のしたたる音が混じった気がした。

ぽたり、と。机の上のパンフレットの表紙に、また水滴が落ちていた。今度は二つ。俺は頭の上の天井を見上げた。

天井は乾いていた。水滴はどこから来たのか、わからない。俺はふと咳をした。咳のその奥に、何か繊維のようなものが絡んだ気がした。

舌で口の中を探ってみた。何もなかった。しかし咳のたびに、喉の奥のずっと深いところで、細く長いものが揺れている気がした。俺は息を止めた。

止めて、しばらく自分の喉を感じていた。何かがそこにいた。確かにいた。