海から、お迎えにあがりました


パンフレットを閉じて、代わりに朔本さんから帰り際にもらった論文の冊子を開いた。A四サイズの薄い冊子だった。表紙は淡い灰色。題名と著者名が明朝体で印刷されていた。

 世代継承性自我融解症候群に関する縦断観察研究
 ――家系セット第一群(一九九八年)の四ヶ月の経過――
 八神順三郎、朔本慎一郎
 日本精神生理学会誌 第三十二巻第四号(一九九九年三月発行)

俺は表紙をしばらく見た。八神順三郎、という名前は初めて目にした。朔本さんの名前はその下に並んでいた。「家系セット第一群」という言葉。

俺はその意味がわからなかった。第一群、という言い方はふつう、その後に第二群、第三群、と続く。そういう言い方だ。俺はページをめくった。最初の頁、要旨。

 本研究は、終戦直後の同一の集合的外傷経験(具体的には漁船遭難)を共有した三名の男性が同一の集落に帰還し、その後孫世代(家系セット第一群)に発現する自我境界の脆弱化現象、すなわち世代継承性自我融解症候群の縦断観察報告である。被験者三名はいずれも十七歳の男子高校生、四ヶ月の観察期間中に有意な脳波同期の上昇を示し、最終的に三名とも完了に至った。

俺はその短い段落を二度読んだ。漁船遭難、と書いてある。それは海月町の桜崎丸のことだ、と最初は思った。しかし書かれている年は一九九八年。

観察対象は当時十七歳の男子高校生三名。俺と迅と透は二〇二六年に十七歳だ。一九九八年に十七歳だった人間は、いま四十代の半ばだ。つまりこの論文は、俺たちの話ではない。

俺たちの祖父が遭遇した桜崎丸とは別の漁船遭難の、別の孫世代三名の話だ。俺は頁をもう一度めくった。方法、の節。

 被験者三名(以下、被験者A、B、C)には、本研究の目的を「思春期男子の脳波同期に関する基礎研究」と説明し、同意を取得した。本研究の真の目的(自我融解現象の縦断観察、ならびに完了時期の予測検証)は、被験者および被験者家族のいずれにも告知していない。これは倫理委員会承認(一九九八年第三号)に基づくものである。

俺はその段落で一度止まった。「真の目的を被験者にも被験者家族にも告知していない」――そう書いてあった。倫理委員会の承認に基づいている、とも書いてあった。俺はその意味がすぐにはわからなかった。

研究なのに対象に本当の目的を教えない。それはどこの何の委員会が承認するのだろう。次の段落。

 脳波測定は週に二度、施設内において実施した。並行して、被験者の自宅および学校机下に、被験者の同意を得ない形で、簡易型脳波感知装置を設置した(同承認に基づく)。本装置により、被験者の睡眠中および日常生活下での脳波同期度を、四ヶ月にわたり連続的に計測した。

俺は頁の端を指で強くつかんだ。学校の机の下に、本人の同意を得ずに装置を設置。被験者の自宅にも、設置。被験者三名は自分の脳波が計測されていることを知らないまま、四ヶ月生活させられていた、ということだ。

俺は机の下を見た。俺のいま座っている机の下を。俺の家の俺の部屋の、俺の机だ。当然何もないはずだ。

俺は屈み込んで机の裏側を見た。何もなかった。ただ、机の裏側を見ている自分の動作そのものが、もうおかしいことに気づいた。俺は座り直して、息を整え、頁をめくった。結果、の節。

 被験者A、B、Cの安静時α波の位相同期係数(PLV)は、観察開始時の〇・二八から、観察九十日後には〇・八一まで上昇した(図4参照)。これは三名がほぼ恒常的に同一の脳波状態を共有していることを示唆する。
 被験者Aは観察開始九十日目に完了(自死、九月二十日)。被験者B、Cは、その二日後にほぼ同時刻に同様の方法で完了した。完了時の脳波データは、被験者自宅および学校に設置した装置により、いずれも記録に成功した。

俺はその結果の段落を三回読んだ。完了、という言葉が二回出てきた。最初の完了には括弧書きで「自死、九月二十日」と書いてあった。完了は、自死のことだった。

被験者A、B、Cは四ヶ月の観察の最後の二日間で、三人とも自死した。そのときの脳波データも、施設外の装置から取得されていた。俺は自分の喉が乾いていることに気づいた。机の上の麦茶のコップに手を伸ばすと、コップに触った自分の指の先が、わずかに震えていた。

頁をもう一度めくった。考察、の節。簡潔だった。

 本研究は、世代継承性自我融解症候群の臨床経過を初めて縦断的に観察した報告である。三名の完了時期の予測精度は、観察開始時点で±七日以内であった。今後の課題として、(1) 完了予測精度の更なる向上、(2) 介入の可能性とその是非についての検討、(3) 第二群以降の家系セット候補の探索、が挙げられる。

「介入の可能性とその是非についての検討」

俺はその一行を声に出さずに読んだ。つまり八神博士と朔本さんは、この時点では被験者の自死を止めなかった。止めるということが研究としてあり得るかを、論文の最後で初めて、検討課題として挙げている。止める前提では、なかった。そして最後の項。

 謝辞
 本研究の遂行にあたり、被験者A、B、Cの三名に深く感謝の意を表する。三名のご家族にも、間接的なご協力をいただいた。
 付記
 被験者三名のご家族には、本研究と被験者の自死との関連性については、明らかにしていない。倫理委員会の承認(前掲)に基づき、本研究の存在は、今後も非公開とする方針である。

俺はその付記の前で固まった。被験者三名の家族には、研究と自死の関連を明らかにしていない。つまり被験者A、B、Cのご両親とご兄弟は、自分の息子と自分の兄弟がなぜ十七歳で死んだのか、その本当の理由を、いまも知らないということだ。俺は論文を机の上に置いた。

置いた両手が震えていた。立ち上がろうとしたが足が動かなかった。もう一度椅子に座り直した。