車が停まる。到着したのは軍港の街、横須賀。その一角にある、質素だが一人暮らしには持て余す日本家屋。
「おい小野。ついたぞ?」
助手席で爆睡している唄子を長澤は揺すった。だが残念ながら、起きる気配がない。
(エンジンの音も揺れもデカいのに、よくぐっすり眠れんなぁ…)
長澤はそう感心しながら唄子の寝顔を眺める。よくよく考えれば彼女は今日、昼間に犯人扱いされ、居場所を追われ、混乱してるまま長澤の元へ来たのだ。疲れているのも、致し方ない。
「ったく、しゃあねぇなぁ…。」
長澤は呟くと、車を降りる。そして助手席の扉を開け、唄子を抱えて家へと入るのだった。
◇
ふわりと、水面に揺蕩うように意識が浮上する。温かい布団に幸せを感じながら、唄子はゆっくりと目を開けた。
知らない和室だ。ぱちくりめを瞬かせ、勢いよく唄子は起き上がった。
「……あ。そうだ、軍人さんの家……。」
思わず口から漏れた言葉。昨日の着物のまま布団に居たことに気付く。
(車で寝ちゃって…長澤さんがお布団まで運んでくれたのかな…。)
ガサツな印象からは思いつかない優しさ。ちゃんと寒さを凌げる布団だなんていつぶりだろうか。
身体が軽い。その事実に唄子の身体は温かくなった。
小梅柄の掛け布団。畳みながら部屋を見渡せば、鏡台や着物掛けが置かれている。だが、どちらも灰色の埃が目立つ。床の間には花瓶だけ。
(ここ、女性のお部屋…?)
もし会えたら、お部屋を使わせて貰ったお礼をしなければ。そう考えながら、唄子は居間へと向かっていった。
◇
「お!起きてきたんやな!おはよう〜」
「……!?」
唄子を出迎えたのは、そんな気の抜けた挨拶だった。
長澤と同じ制服に身を包んだ、糸目の青年。外からの風で、黒い髪が肩の辺りでゆらゆらと揺れている。
「長澤はんから聞いたわぁ。うちの部隊の候補生なんやろ?まさかこないにかいらしい女の子とはなぁ。」
「……?」
言われている意味が分からない。戸惑う唄子をよそに、京都弁の青年はしゃべり続けた。
「俺は安倍照昌。陰陽術や。よろしゅうな。小野ちゃんはどないな能力やの?歌うて何?」
そこでやっと彼の口が動きを止める。話の見えなさに頭を抱えながら、やっと唄子は声を絞り出した。
「……うちの部隊って……なんの話……?」
「およよ?」
「能力って……何のこと……?」
「あちゃー…」
冬の冷たい風が居間を撫でる。食事後の食器や新聞が乱雑に置かれたままの机。埃の転がる床板に、食べこぼしのようなシミのあるソファー。
「ほんなら、飯でも食いもって説明すんで。んー…、この椅子でええ?」
椅子の上の洗濯物を適当にどかしながら、照昌の飄々とした声が誘う。
その椅子の前に置かれた食事も、ご飯と沢庵だけだ。質素と男飯の境目か。
「……」
頭痛がしてきそうだ。だが状況の把握が先決だろう。
唄子はどうにか、席に着くのだった。
「……いただきます。」
手を合わせ、食事を口に運ぶ。すっかり冷えているが、この状況では仕方ないだろう。
「ほな、まずはうちの部隊のことから話すで。」
「……うん。」
ソファに膝を立てて座る照昌。食えない印象の糸目は、軽快に説明を始めた。
「うちの部隊は、帝国海軍異能技術研究部隊、通称"異能部隊"や!」
「……異能……?」
「そや。」
眉をひそめ、唄子は首を傾げた。そんな彼女を見て、照昌はケラケラと笑う。
「信じられへんやろ?俺も最初そうやった!長澤はんが2年前に設立したんやわぁ。」
「はあ…。」
弧を描く彼の口元が、怪しく語るのは異能部隊の詳細だ。
「西洋魔術、陰陽術、鬼との半妖に、予知能力。そないな俺達はちゃーんと、去年の2.26事件の鎮圧にも出動して戦果をあげてる。」
「2.26事件で……!」
唄子でも知っている、東京での大事件。彼女は目を丸くし、つい彼の言葉を繰り返してしまった。
糸目から覗く、照昌の黒曜石のような瞳。
「そや。つまり俺達は列記とした、帝国海軍の小隊や。」
「……」
余りに荒唐無稽な話に、ご飯の味がしない。二の句の継げない唄子に対し、す…と照昌は指をさす。
「隊長からは、あんたがその新入候補、って聞いてんで?小野ちゃん。」
「……私が……?」
「そや。ってことは、なんかあんたの歌に能力があるんとちがう?」
「……」
食事を終えた食器を置く唄子。彼女は俯いたまま、ポツリと答えた。
「……不幸を呼ぶ……?」
「……うーん??」
照昌が首を傾げている気配がする。当然だ。仮にそれが異能だとしたら、到底軍の役になど立てはしない。
「まあええや!」
カラリと笑う照昌。
様子を伺う唄子をよそに、彼はぴょんとソファーから降りた。
「とりあえず、小野ちゃんが起きたこと長澤はんに報告して来んで。そのまま仕事やろうさかい、家の中は好きに使うて〜。」
ヒラヒラと手を振る照昌。彼はそのまま、髪をなびかせながら家を出ていってしまった。
こうして唄子は1人、とても人が暮らしているとは思えない家に残された。
「……よし。」
そうとなれば、やることは1つ。
襷掛けと三角巾をつけると、歌をお供にして彼女は箒を手に取った。
誰にも邪魔されない歌。おかげで彼女は足取り軽く、家の中を動き回っていった。
「おい小野。ついたぞ?」
助手席で爆睡している唄子を長澤は揺すった。だが残念ながら、起きる気配がない。
(エンジンの音も揺れもデカいのに、よくぐっすり眠れんなぁ…)
長澤はそう感心しながら唄子の寝顔を眺める。よくよく考えれば彼女は今日、昼間に犯人扱いされ、居場所を追われ、混乱してるまま長澤の元へ来たのだ。疲れているのも、致し方ない。
「ったく、しゃあねぇなぁ…。」
長澤は呟くと、車を降りる。そして助手席の扉を開け、唄子を抱えて家へと入るのだった。
◇
ふわりと、水面に揺蕩うように意識が浮上する。温かい布団に幸せを感じながら、唄子はゆっくりと目を開けた。
知らない和室だ。ぱちくりめを瞬かせ、勢いよく唄子は起き上がった。
「……あ。そうだ、軍人さんの家……。」
思わず口から漏れた言葉。昨日の着物のまま布団に居たことに気付く。
(車で寝ちゃって…長澤さんがお布団まで運んでくれたのかな…。)
ガサツな印象からは思いつかない優しさ。ちゃんと寒さを凌げる布団だなんていつぶりだろうか。
身体が軽い。その事実に唄子の身体は温かくなった。
小梅柄の掛け布団。畳みながら部屋を見渡せば、鏡台や着物掛けが置かれている。だが、どちらも灰色の埃が目立つ。床の間には花瓶だけ。
(ここ、女性のお部屋…?)
もし会えたら、お部屋を使わせて貰ったお礼をしなければ。そう考えながら、唄子は居間へと向かっていった。
◇
「お!起きてきたんやな!おはよう〜」
「……!?」
唄子を出迎えたのは、そんな気の抜けた挨拶だった。
長澤と同じ制服に身を包んだ、糸目の青年。外からの風で、黒い髪が肩の辺りでゆらゆらと揺れている。
「長澤はんから聞いたわぁ。うちの部隊の候補生なんやろ?まさかこないにかいらしい女の子とはなぁ。」
「……?」
言われている意味が分からない。戸惑う唄子をよそに、京都弁の青年はしゃべり続けた。
「俺は安倍照昌。陰陽術や。よろしゅうな。小野ちゃんはどないな能力やの?歌うて何?」
そこでやっと彼の口が動きを止める。話の見えなさに頭を抱えながら、やっと唄子は声を絞り出した。
「……うちの部隊って……なんの話……?」
「およよ?」
「能力って……何のこと……?」
「あちゃー…」
冬の冷たい風が居間を撫でる。食事後の食器や新聞が乱雑に置かれたままの机。埃の転がる床板に、食べこぼしのようなシミのあるソファー。
「ほんなら、飯でも食いもって説明すんで。んー…、この椅子でええ?」
椅子の上の洗濯物を適当にどかしながら、照昌の飄々とした声が誘う。
その椅子の前に置かれた食事も、ご飯と沢庵だけだ。質素と男飯の境目か。
「……」
頭痛がしてきそうだ。だが状況の把握が先決だろう。
唄子はどうにか、席に着くのだった。
「……いただきます。」
手を合わせ、食事を口に運ぶ。すっかり冷えているが、この状況では仕方ないだろう。
「ほな、まずはうちの部隊のことから話すで。」
「……うん。」
ソファに膝を立てて座る照昌。食えない印象の糸目は、軽快に説明を始めた。
「うちの部隊は、帝国海軍異能技術研究部隊、通称"異能部隊"や!」
「……異能……?」
「そや。」
眉をひそめ、唄子は首を傾げた。そんな彼女を見て、照昌はケラケラと笑う。
「信じられへんやろ?俺も最初そうやった!長澤はんが2年前に設立したんやわぁ。」
「はあ…。」
弧を描く彼の口元が、怪しく語るのは異能部隊の詳細だ。
「西洋魔術、陰陽術、鬼との半妖に、予知能力。そないな俺達はちゃーんと、去年の2.26事件の鎮圧にも出動して戦果をあげてる。」
「2.26事件で……!」
唄子でも知っている、東京での大事件。彼女は目を丸くし、つい彼の言葉を繰り返してしまった。
糸目から覗く、照昌の黒曜石のような瞳。
「そや。つまり俺達は列記とした、帝国海軍の小隊や。」
「……」
余りに荒唐無稽な話に、ご飯の味がしない。二の句の継げない唄子に対し、す…と照昌は指をさす。
「隊長からは、あんたがその新入候補、って聞いてんで?小野ちゃん。」
「……私が……?」
「そや。ってことは、なんかあんたの歌に能力があるんとちがう?」
「……」
食事を終えた食器を置く唄子。彼女は俯いたまま、ポツリと答えた。
「……不幸を呼ぶ……?」
「……うーん??」
照昌が首を傾げている気配がする。当然だ。仮にそれが異能だとしたら、到底軍の役になど立てはしない。
「まあええや!」
カラリと笑う照昌。
様子を伺う唄子をよそに、彼はぴょんとソファーから降りた。
「とりあえず、小野ちゃんが起きたこと長澤はんに報告して来んで。そのまま仕事やろうさかい、家の中は好きに使うて〜。」
ヒラヒラと手を振る照昌。彼はそのまま、髪をなびかせながら家を出ていってしまった。
こうして唄子は1人、とても人が暮らしているとは思えない家に残された。
「……よし。」
そうとなれば、やることは1つ。
襷掛けと三角巾をつけると、歌をお供にして彼女は箒を手に取った。
誰にも邪魔されない歌。おかげで彼女は足取り軽く、家の中を動き回っていった。


