黄泉の歌姫は月と海の狭間に揺れる

 コツン、コツン、と音のない足音が響く、彼岸花畑。
 
 篁の手元にある資料に記載された、何千万という記録。
 多忙を極める冥府を進む最中、彼は一際よく知る5人の記録を読み上げた。

「……神宮寺瑞樹。代々木、神職家系の次男に生まれ、ミッドウェー海戦にて死亡。享年、42歳。」

 稀代の死霊使いの言葉に応えるように、真っ赤な花の海を泳いでいく魂たち。
 
 揺れる長い黒髪。眼鏡の奥にクマの絶えなかった副官は、穏やかに目を閉じる。最期まで部下を激励し、娘たちの未来を祈っていた。

「安倍照昌。安倍晴明の子孫。京都、安倍家に生まれ、グリーン諸島の戦いにて死亡。享年、33歳。」

 上官の命を胸に刻み、生を諦めずに駆け続けた。肩で跳ねる黒髪も、飄々と京都弁をまくしたてる口も、もう、動かない。

「堂児天珠。横須賀に生まれた鬼との合の子。沖縄、米軍による日本兵捕虜キャンプベースにて自害。享年、36歳。…唄子の最期の願いを叶えてくれたこと、父として感謝しよう。」

 いじめも激戦も拷問も、すべて耐え抜いた青年。戦の終結まで見届けた彼は、心を預けた仲間達の元で、安堵の中に眠る。

「長澤弘道。高田馬場、男爵家に生まれ、戦艦大和沈没と共に死亡。享年、43歳。」

 常に豪快に笑っていた髭面。人生をかけて軍人であり続けた。彼の下に集った部下達の魂を抱き、その勇姿を称える。
 そして愛しい少女の魂を冥府で迎え、その背中を見送った。 

 最後に篁は、主人の最愛の女性の記録を指でなぞる。

「……小野唄子。我が愛しの子孫であり、横浜に生まれた娘。死霊使いとして大成し、沖縄にて戦果を挙げ…。仲間の手によって望み通り海へ捧げられ、我が主の元へ。」

 逆境の中で歌い続け、戦の男に救われ戦に死んだ歌姫。冥府にて仲間と再会した彼女は、愛する神の元へ駆け出した。

 飛び込んだ姫を、受け止めるのは満月だ。

「……唄子や。」

 月讀命は、自身の妻の愛らしい頬を撫でる。その手を両手で包み、唄子は微笑んだ。

「月讀命様……。私……ちゃんと、生き切れました。」
「……あぁ。」

 彼女の姿が、神の御業によって変わっていく。モンペから白無垢へ。乱れていた髪は、美しく結いなおされた。

「よくぞ生きた。」

 最大の祝福であり、最高の称賛。それを受け、2人の唇が重なった。その瞬間、彼女の御霊は最も貴き御柱の妻として昇華されていく。

 彼岸花の赤が舞う。常夜の世界に満ちる幸福。
 黄泉の歌姫は、月の愛に抱かれ続けるのだった。