コツコツ、と響く足音。長澤は奥へ奥へと廊下を進む。約2週間ぶりの鎮守府は、なんだか随分久しぶりな気がした。
異能技術研究部隊、自分でそう書いた看板の前に辿り着く。それを軽く撫でて、彼は執務室の中に入った。
「……ようやくですか。」
そう声をかけてきたのは、自分の席に座る瑞樹だ。
「……あぁ。世話ぁかけたな、瑞樹」
「全くですよ……。こんな無茶苦茶はこれっきりにしてくださいね?」
「あっはっは!」
2人きりの執務室。立ち上げたばかりを思い出す景色だが、今となってはどこか寂しい。
「ところで、彼奴等は?」
それはあの騒がしい3人が居ないからだ。天珠、照昌、そして唄子。
「陸戦隊との合同訓練に出てます。……小野さんも」
「……そうかい」
予定表の黒板のうち、3人分の記入欄を横断してデカデカとそう書かれている。照昌の字だ。連絡欄には、その訓練の予定表まで貼ってある。
たった2人で、設立に向けて将校や書類と格闘していたあの日から、ついにこんなところまで来た。
黒板から、瑞樹の居る各自の机に目を移した長澤。
(残り短い期間だが……、生き残る術を、全て叩き込む)
副官と目が合った。そして彼の表情が変わる。
何を考えているか分かるほどの相棒というのは、こういう時には頼もしい。
そこに、廊下から賑やかな声が近付いてきた。訓練は無事終わったらしい。
唄子が扉を開け、照昌と天珠が続く。目が合った途端、彼等はピタリと動きを止めてしまった。
「おう。訓練はどうだったんだ?」
軽く手をあげ、いつも通り迎える。だと言うのに、お化けでも見たかのように静かな3人。
「た……」
あの天珠の目が潤んだかと思うと、その静寂は一気に消え去った。
「だぁぁぁいぢょぉおおおおお!!!!」
「長澤はああああああああん!!!!!」
「おかえりなさい!!!隊長!!!!!」
3人同時の突撃。体格がほぼ同じな天珠に正面から思いっきり抱きつかれ、照昌は右側からドスドスと脇腹をつつき、唄子は軍服を両手で引っ張ってくる。
軍服の下の数多くの打撲痕に響くったらありゃしない。
「よがっだ…!!ぼんどによがっだぁぁ……!!」
「ほんま何してくれてんねん!!つーか帰り遅いわ!!演習から何日経ったと思ってんの!!!何してたん!!」
「お怪我はありませんか!!お腹空いてませんか!!お家にも帰れますよね?夕飯何がいいですか!!」
ワッと勢いよく話し始める3人。それはまさに、不協和音の大合唱。
「だあああうるせぇな!!1人ずつ喋れ!!!」
長澤のツッコミも、彼等の声にかき消されそうだ。
号泣の天珠の背中を叩き、照昌の刺突をもう片手で捌く。そして唄子の頭を雑に撫でた。
その様子を、瑞樹は微笑ましく見守るのみだった。
助け舟が全くないことに彼なりの報復を感じたのは、長澤だけの秘密である。
さて、閑話休題。どうにか落ち着いた若手達がみんな席についたところで。
部下4人の前に立ち、長澤は話し始めた。
「今回の件は、ちょっと災難にあった訳だが、よく乗り切ったな。」
"ちょっと災難"の規模ではない。なんてツッコミの視線が全員から突き刺さるが、それは受け流す。
「演習見てたぞ。特高や将校共の間抜け面は実に見ものだった!!」
ガハハと豪快に笑い飛ばしてやる。誇らしげになった若手たちの表情を一人一人目に焼き付けていく。
そして、唄子と目が合った。
「……特に小野。」
「……!」
「……悪かった。」
「……!!」
遠い昔のように感じる大喧嘩。そのわだかまりを清算するために、彼女を手招きする。
「小野。手ぇだせ。」
「手?」
ちょこんと差し出された両手に、ポケットから取り出した二対の髪紐を乗せた。軍服と同じ、濃紺と白。
「これ…!」
驚いて長澤を見上げる、この部隊の最年少。隊長は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「やる。とりあえずの認識票代わりだ。……足首にでもつけとけ。」
まるで抱きしめるように、ゆっくりと両手を握る唄子。その手を胸の前でぎゅうっとして、彼女は戦う者の顔で答えた。
「……ありがとうございます、隊長……!!」
「……ん」
2人の間の空気が溶けていく。長い遠回りの末の、決着だった。
「ずるい!!!!!」
「あ?」
その甘さをぶち壊す照昌の大声。眉根を寄せてそちらを見れば、彼はスンとした顔で向かいを指さした。
「……って、堂児はんが言ってる」
「は!?!い、言ってないだろ!!」
「言うてましたー!顔がー!!はーもー、どっちに嫉妬してるんだか」
「は、はあ!?!」
未だに目の赤い天珠と、からかうような照昌。始まりそうなじゃれ合いに、瑞樹が釘を差す。
「……静粛に。隊長の話は、まだ終わっていませんよ?」
その言葉に、2人は肩を震わせて押し黙った。
「失礼しました……!」
「す、すんまへん……」
終わりかと思った。そんな顔をしている照昌と、首を傾げる唄子。
彼女が席に戻ったのを見届けて、長澤は改めて4人を見渡す。
「……」
張り詰めた空気。そこに、険しい顔のまま彼は告げた。
「北支への部隊派遣が決定した。俺達も現地へ向かう。総員、本日より出征準備に入れ。」
しん…と、静まりかえった執務室。天珠が息を呑む。笑みの消える照昌。唄子は、目を見開いた。
部隊派遣。現地へ向かう。出征準備。
ついに、本当の戦地へ赴くのだ。
瑞樹が立ち上がる。それに倣う3人。
「承知致しました!」
声と敬礼が見事に揃う。隊長もまた、静かに敬礼で答えるのだった。
◇
それからは、まさに鬼のような忙しさだった。あっという間に時は過ぎ去り、出航を翌日に控えた深夜。
各々の激務を乗り越え、束の間の平穏を味わっていた。
瑞樹は、横須賀に来てくれた家族と共に。娘たちの寝顔を眺め、奥さんと言葉を交わす。
どんな時間とも代え難い、一番大事なもの。胸に満ちる幸福を、彼は身体中に染み渡らせていく。
彼にとっては二度目の出征。願掛けのように、前回と同じ触れ合いを夫婦は重ねた。
一方、天珠は母のお墓に手を合わせていた。震災で亡くした唯一の家族を想う表情は、穏やかだ。
墓石を撫でて、立ち上がる。すぐに家には戻らず、生まれ育った横須賀を散策し始めた。街の景色を、この目に焼き付けていく。味わった酸いも甘いも、共に。
照昌の方は、長澤邸の自室に籠もっている。初めての戦地。その緊張を誤魔化すように、手紙を綴っていた。
実家の両親へ、2人の兄へ、そして友人へ。手紙の宛先は、京都や神戸や大阪だ。
また会えるように。……会うために。彼はせっせと筆を進めた。
そして、唄子。彼女がいるのは当然、冥府だ。
大陸へ向かうことは夜見之宮達に話してある。その地はやはり別の神の土地がゆえ、会うのは難しくなると言う。だからこそ唄子は、愛する神の隣で夜を過ごしたのだった。
そんな中、家の扉をようやく開く長澤。部下達の時間を確保したが故の、山のような残業。数時間でも寝れそうなだけ、奇跡だ。
水を飲むために台所へ向かう。その時、勝手口からした気配に、彼は顔を上げた。
飲みきった湯呑みを置き、そちらへ向かう。音を立てないように扉を開けば、そこに居たのは予想通りの人物。
唄子と、夜見之宮だ。
初めて2人を見かけた時は、死神に女が連れて行かれる直前だった。
だが今はどうだろう。
頬を染め、はにかんだ笑顔で神を見上げる少女。熱に溶けるその瞳に映すのは、相手だけ。その胸に身を預け、生気と幸福に満ちた美しい笑みを浮かべている。
夜見之宮……否、月讀命もまた、妬けるほど穏やかな表情をしている。まさに月の光のような淡い温かさを全身に纏い、腕の中の少女の頬を撫でる。
(まぁ……そう、だよな。)
そんな2人の間に、入り込む余地などありはしない。
分かっていたことだ。自分が家に帰るようになった頃にはもう、唄子が乙女の顔をするのはかの神の前でだけだった。
それでいい。
今だからこそ、長澤はそう思える。
タバコより苦い悔しさが胸を締め付ける。だが、黙って胸のうちにしまうことが出来そうだ。
だからこそ、彼はゆっくりと口を開いた。
「……月讀命。」
こちらを向く2人。満月のような金色の瞳を真っ直ぐに見返して、隊長として、男として告げる。
「……現世にいる間は、しかと預かった。」
「……」
かの神もまた、こちらを見据えてくる。審査をされている気分だ。
けれどお互いの間に、あの夜のような険悪さはない。それを、向こうだって分かっていた。
「……あぁ。」
大海原に落ちる一滴の雫のような声が告げる。
「預けよう……。」
まさに、神託。短いひと言に込められた重さを、長澤はしかと受け取った。
唄子の髪を撫で、名残惜しそうに姿を消す月讀命。彼女はその光を、最後の一粒まで見送る。
空に浮かぶ月をたっぷり目に焼き付けて……やっと、彼女はこちらへ戻って来た。
「長澤さん、夜見之宮さんから何を預かったんですか?いつの間に??」
「んー?」
キョトン、と見上げてくる。あの冬とは最早別人な彼女の背を、長澤は優しく叩いた。
「こっちの話だ。」
「えー??」
そうして2人は、家の中へ戻っていくのだった
◇
船がゆっくりと、横須賀の地を離れていく。
轍のようにおこる白波も、海の穏やかさに掻き消される。
はためく日章旗。その下で、軍人たちは忙しなく動き回る。その中に、小柄な少女の姿もあった。
やがて、洋上の城が水平線へ溶けていく。
月はただ、彼らの未来を見守り続けた。
異能技術研究部隊、自分でそう書いた看板の前に辿り着く。それを軽く撫でて、彼は執務室の中に入った。
「……ようやくですか。」
そう声をかけてきたのは、自分の席に座る瑞樹だ。
「……あぁ。世話ぁかけたな、瑞樹」
「全くですよ……。こんな無茶苦茶はこれっきりにしてくださいね?」
「あっはっは!」
2人きりの執務室。立ち上げたばかりを思い出す景色だが、今となってはどこか寂しい。
「ところで、彼奴等は?」
それはあの騒がしい3人が居ないからだ。天珠、照昌、そして唄子。
「陸戦隊との合同訓練に出てます。……小野さんも」
「……そうかい」
予定表の黒板のうち、3人分の記入欄を横断してデカデカとそう書かれている。照昌の字だ。連絡欄には、その訓練の予定表まで貼ってある。
たった2人で、設立に向けて将校や書類と格闘していたあの日から、ついにこんなところまで来た。
黒板から、瑞樹の居る各自の机に目を移した長澤。
(残り短い期間だが……、生き残る術を、全て叩き込む)
副官と目が合った。そして彼の表情が変わる。
何を考えているか分かるほどの相棒というのは、こういう時には頼もしい。
そこに、廊下から賑やかな声が近付いてきた。訓練は無事終わったらしい。
唄子が扉を開け、照昌と天珠が続く。目が合った途端、彼等はピタリと動きを止めてしまった。
「おう。訓練はどうだったんだ?」
軽く手をあげ、いつも通り迎える。だと言うのに、お化けでも見たかのように静かな3人。
「た……」
あの天珠の目が潤んだかと思うと、その静寂は一気に消え去った。
「だぁぁぁいぢょぉおおおおお!!!!」
「長澤はああああああああん!!!!!」
「おかえりなさい!!!隊長!!!!!」
3人同時の突撃。体格がほぼ同じな天珠に正面から思いっきり抱きつかれ、照昌は右側からドスドスと脇腹をつつき、唄子は軍服を両手で引っ張ってくる。
軍服の下の数多くの打撲痕に響くったらありゃしない。
「よがっだ…!!ぼんどによがっだぁぁ……!!」
「ほんま何してくれてんねん!!つーか帰り遅いわ!!演習から何日経ったと思ってんの!!!何してたん!!」
「お怪我はありませんか!!お腹空いてませんか!!お家にも帰れますよね?夕飯何がいいですか!!」
ワッと勢いよく話し始める3人。それはまさに、不協和音の大合唱。
「だあああうるせぇな!!1人ずつ喋れ!!!」
長澤のツッコミも、彼等の声にかき消されそうだ。
号泣の天珠の背中を叩き、照昌の刺突をもう片手で捌く。そして唄子の頭を雑に撫でた。
その様子を、瑞樹は微笑ましく見守るのみだった。
助け舟が全くないことに彼なりの報復を感じたのは、長澤だけの秘密である。
さて、閑話休題。どうにか落ち着いた若手達がみんな席についたところで。
部下4人の前に立ち、長澤は話し始めた。
「今回の件は、ちょっと災難にあった訳だが、よく乗り切ったな。」
"ちょっと災難"の規模ではない。なんてツッコミの視線が全員から突き刺さるが、それは受け流す。
「演習見てたぞ。特高や将校共の間抜け面は実に見ものだった!!」
ガハハと豪快に笑い飛ばしてやる。誇らしげになった若手たちの表情を一人一人目に焼き付けていく。
そして、唄子と目が合った。
「……特に小野。」
「……!」
「……悪かった。」
「……!!」
遠い昔のように感じる大喧嘩。そのわだかまりを清算するために、彼女を手招きする。
「小野。手ぇだせ。」
「手?」
ちょこんと差し出された両手に、ポケットから取り出した二対の髪紐を乗せた。軍服と同じ、濃紺と白。
「これ…!」
驚いて長澤を見上げる、この部隊の最年少。隊長は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「やる。とりあえずの認識票代わりだ。……足首にでもつけとけ。」
まるで抱きしめるように、ゆっくりと両手を握る唄子。その手を胸の前でぎゅうっとして、彼女は戦う者の顔で答えた。
「……ありがとうございます、隊長……!!」
「……ん」
2人の間の空気が溶けていく。長い遠回りの末の、決着だった。
「ずるい!!!!!」
「あ?」
その甘さをぶち壊す照昌の大声。眉根を寄せてそちらを見れば、彼はスンとした顔で向かいを指さした。
「……って、堂児はんが言ってる」
「は!?!い、言ってないだろ!!」
「言うてましたー!顔がー!!はーもー、どっちに嫉妬してるんだか」
「は、はあ!?!」
未だに目の赤い天珠と、からかうような照昌。始まりそうなじゃれ合いに、瑞樹が釘を差す。
「……静粛に。隊長の話は、まだ終わっていませんよ?」
その言葉に、2人は肩を震わせて押し黙った。
「失礼しました……!」
「す、すんまへん……」
終わりかと思った。そんな顔をしている照昌と、首を傾げる唄子。
彼女が席に戻ったのを見届けて、長澤は改めて4人を見渡す。
「……」
張り詰めた空気。そこに、険しい顔のまま彼は告げた。
「北支への部隊派遣が決定した。俺達も現地へ向かう。総員、本日より出征準備に入れ。」
しん…と、静まりかえった執務室。天珠が息を呑む。笑みの消える照昌。唄子は、目を見開いた。
部隊派遣。現地へ向かう。出征準備。
ついに、本当の戦地へ赴くのだ。
瑞樹が立ち上がる。それに倣う3人。
「承知致しました!」
声と敬礼が見事に揃う。隊長もまた、静かに敬礼で答えるのだった。
◇
それからは、まさに鬼のような忙しさだった。あっという間に時は過ぎ去り、出航を翌日に控えた深夜。
各々の激務を乗り越え、束の間の平穏を味わっていた。
瑞樹は、横須賀に来てくれた家族と共に。娘たちの寝顔を眺め、奥さんと言葉を交わす。
どんな時間とも代え難い、一番大事なもの。胸に満ちる幸福を、彼は身体中に染み渡らせていく。
彼にとっては二度目の出征。願掛けのように、前回と同じ触れ合いを夫婦は重ねた。
一方、天珠は母のお墓に手を合わせていた。震災で亡くした唯一の家族を想う表情は、穏やかだ。
墓石を撫でて、立ち上がる。すぐに家には戻らず、生まれ育った横須賀を散策し始めた。街の景色を、この目に焼き付けていく。味わった酸いも甘いも、共に。
照昌の方は、長澤邸の自室に籠もっている。初めての戦地。その緊張を誤魔化すように、手紙を綴っていた。
実家の両親へ、2人の兄へ、そして友人へ。手紙の宛先は、京都や神戸や大阪だ。
また会えるように。……会うために。彼はせっせと筆を進めた。
そして、唄子。彼女がいるのは当然、冥府だ。
大陸へ向かうことは夜見之宮達に話してある。その地はやはり別の神の土地がゆえ、会うのは難しくなると言う。だからこそ唄子は、愛する神の隣で夜を過ごしたのだった。
そんな中、家の扉をようやく開く長澤。部下達の時間を確保したが故の、山のような残業。数時間でも寝れそうなだけ、奇跡だ。
水を飲むために台所へ向かう。その時、勝手口からした気配に、彼は顔を上げた。
飲みきった湯呑みを置き、そちらへ向かう。音を立てないように扉を開けば、そこに居たのは予想通りの人物。
唄子と、夜見之宮だ。
初めて2人を見かけた時は、死神に女が連れて行かれる直前だった。
だが今はどうだろう。
頬を染め、はにかんだ笑顔で神を見上げる少女。熱に溶けるその瞳に映すのは、相手だけ。その胸に身を預け、生気と幸福に満ちた美しい笑みを浮かべている。
夜見之宮……否、月讀命もまた、妬けるほど穏やかな表情をしている。まさに月の光のような淡い温かさを全身に纏い、腕の中の少女の頬を撫でる。
(まぁ……そう、だよな。)
そんな2人の間に、入り込む余地などありはしない。
分かっていたことだ。自分が家に帰るようになった頃にはもう、唄子が乙女の顔をするのはかの神の前でだけだった。
それでいい。
今だからこそ、長澤はそう思える。
タバコより苦い悔しさが胸を締め付ける。だが、黙って胸のうちにしまうことが出来そうだ。
だからこそ、彼はゆっくりと口を開いた。
「……月讀命。」
こちらを向く2人。満月のような金色の瞳を真っ直ぐに見返して、隊長として、男として告げる。
「……現世にいる間は、しかと預かった。」
「……」
かの神もまた、こちらを見据えてくる。審査をされている気分だ。
けれどお互いの間に、あの夜のような険悪さはない。それを、向こうだって分かっていた。
「……あぁ。」
大海原に落ちる一滴の雫のような声が告げる。
「預けよう……。」
まさに、神託。短いひと言に込められた重さを、長澤はしかと受け取った。
唄子の髪を撫で、名残惜しそうに姿を消す月讀命。彼女はその光を、最後の一粒まで見送る。
空に浮かぶ月をたっぷり目に焼き付けて……やっと、彼女はこちらへ戻って来た。
「長澤さん、夜見之宮さんから何を預かったんですか?いつの間に??」
「んー?」
キョトン、と見上げてくる。あの冬とは最早別人な彼女の背を、長澤は優しく叩いた。
「こっちの話だ。」
「えー??」
そうして2人は、家の中へ戻っていくのだった
◇
船がゆっくりと、横須賀の地を離れていく。
轍のようにおこる白波も、海の穏やかさに掻き消される。
はためく日章旗。その下で、軍人たちは忙しなく動き回る。その中に、小柄な少女の姿もあった。
やがて、洋上の城が水平線へ溶けていく。
月はただ、彼らの未来を見守り続けた。


