曇天の淀む、15時。強い海風に波も高い。
なんとか横須賀鎮守府の異能部隊執務室についた唄子は、緊張した面持ちで彼女の席についた。
すっかり馴染んでしまった「自分の机」。照昌の隣、一番下座にある位置にあるそこには、彼女の訓練日誌や篁物語などの教本が並んでいる。
軍には入らない。そう言ったのは確かだ。だが改めて自分の机を見ると、唄子はその言葉を守れている自信がなくなってきた。
ひときわ大きな机から、4人を見渡す長澤。いつもの豪快さは鳴りを潜め、真剣な表情で口を開いた。
「揃ったな。議題は昨夜の件と瑞樹の見た予知の件だ。」
議題、なんて仰々しく言われてしまうと、唄子は居心地が悪い。天珠が昨夜の唄子行方不明の発覚経緯から再会までのあらましを報告するのを聞いていると、余計にそう感じた。
まさに軍隊。日ごろの歌の訓練や瑞樹の優しい授業で忘れかけて居た本質が、唄子の目に迫ってきた。
「堂児は〜ん!小野ちゃん縮こまってるやん!」
「えっ、すまん…!そんなつもりは…!」
照昌が彼の向かいの先輩を茶化す。そうして少し空気が和んだところで、彼はペンを手で回しながら唄子へ尋ねた。
「ってことで、気軽に教えてや。昨日の夜、結局どこで何しとったん?」
「えっと…実は…」
ほ、と息をついてから彼女は話し始めた。
帰り際に小野篁から声をかけられたこと。彼から冥府への行き方を教わり、冥府で歌っていたこと。
夜見之宮との穏やかな会話は、あえてぼかすことにした。何となく、彼との思い出は大事に胸の宝箱に入れておきたかったのだ。
「まあ死ぬわけじゃねぇなら冥府に行くのは自由だが…。せめて言伝くらいおいてやれ。お前の兄貴分2人が取り乱す。」
「兄貴分…」
長澤の言葉に、唄子は照昌、天珠の2人をつい伺う。照昌は同意して笑い、天珠は困ったようにそっぽを向いている。
一緒に暮らす2人の男性。カフェーのように媚びも接待も要らないのに、唄子のことを贔屓どころではなく大事にしてくれる人達。
「…わかりました。心配かけてごめんなさい、堂児さん、安倍さん。」
唄子は改めて、お兄ちゃん達に謝罪を伝えたのだった。
これにて1つ目の議題は終了。続く2つ目を前に、瑞樹は資料を全員へ手渡した。
「私が昨夜見た予知夢の内容と、関連するであろう過去の事件の資料です。」
瑞樹が告げる。手元に届いた資料を唄子は見ると、そこには何とも不穏な文字が書かれていた。
「死のう団…?」
顔を曇らせる唄子に解説してくれたのは、天珠だった。
「4年前、集団で「死のう死のう」と叫びながら逗子の辺りを行進し、神奈川県警に逮捕された集団の通称だ。」
「死のう死のうと叫びながら…!?」
いったいどういうことなのだろう。口を覆う唄子に対し、照昌もまた頬杖をつきながらつぶやいた。
「なーんか気味悪う新聞で報道されとったね、京都でも。」
照昌の視線は瑞樹や長澤へ向く。士官2人は、どうも渋い顔だ。
「あれはなぁ………」
重い溜息とともに長澤の声が漏れる。彼を代弁するように、瑞樹は口を開いた。
「危険思想を警戒して警察の特高が対応したそうですが…。報道された暗殺計画などは殆ど虚偽。彼らはただ、仏教の宗派の教えを広めたくて実行しただけだったそうです。」
「んー?なんで仏教の教えで死のう!になるん?」
「私も詳しくはないですが…たしか、不惜身命、つまり命を惜しまず仏道の教えを修めなさい、という教えを一般向けの言葉になおした、だったか…。」
「いやいや、略しすぎとちゃう!?余計わからんわ!」
関西人魂のツッコミに、その場全員の同意の空気がのる。その中で、瑞樹の解説は続く。
「特高とは、拷問警察とも揶揄される組織。彼らは逮捕した青年たちを危険思想集団、暗殺計画の主犯と勝手に断定し、拷問によって自白を強要したそうです。」
「うへぇ…。ただの仏教徒に?」
「えぇ…。釈放されたのち、警察相手に訴訟も起こったほどです。」
瑞樹と照昌の会話を聞きながら、唄子もまた顔をしかめた。事実無根の計画を認めざるをえないほど追いつめられる拷問だなんて、考えただけで背筋が凍るようだ。
「神宮寺少佐が見た予知に彼らを思わせる言葉が出てきたということは…。また、何か不穏な行動を起こすのでしょうか?
天珠の言葉をきっかけに、予知の内容の吟味が始まった。
警察への恨みを晴らすための報復かもしれない。
また布教をしたいだけの可能性もある。
もしも暴力沙汰を起こすとしたら、どうやって事前に警察や憲兵に警戒を促すか。
など、など…。
唄子は、彼らの会話を聞いているだけで精一杯だ。
「ともかく。」
終わりの見えない会議を制するように、長澤が口を開く。その重たい声に応じるように、白熱していた意見交換はピタリと止まる。そして瑞樹ら3人は、彼らの司令官へ向き直った。
「安倍、瑞樹の予知を元に詳細を占え。」
「げぇぇ!」
「占いは陰陽師の基礎だろう。無理にでもやれ。宮内庁にいるお前の親戚共に先を越されたら、せっかく戦果を立てる機会を棒に振るだろうが!」
「大旦那様や当主に勝てと??無理やわぁ??」
即答で白旗をあげる照昌だが、長澤は一切の容赦をしなかった。
照昌の言う大旦那様は、死霊使いの能力についても教えてくれたらしい人だ。きっとすごい陰陽師なのだろうなと、唄子はぼんやりと思っていた。
「堂児」
「はっ!」
「瑞樹が見た都内要所の巡回警備を行え。誰かしら一般兵を連れて行くこと。警備計画書と同行者案を今日中に俺に提出しろ。確認し問題なければ、そいつの上官を黙らせてくる。」
「承知しました」
簡易敬礼と共に承諾する天珠。彼はすぐに、やるべきことを手帳にメモをしていた。
「瑞樹はより詳しいことが分かったらすぐに知らせろ。今見えてる範囲も報告書に詳細を記入するように。」
「は」
簡潔なやりとりを交わす長澤と瑞樹。付き合いの長さは、こういったところからもにじみ出ている。
「小野」
「え!?あ、はい」
肩が跳ね、唄子は慌てて返事をした。まさか名前を呼ばれると思っていなかったのだ。
「お前は変わらず能力強化訓練だ。詳細は瑞樹と相談して決めろ。冥府でもこの鎮守府でも、使えるもんは何でも使え。」
「わ…わかりました…。」
「瑞樹、修正した小野の訓練計画書も、明日の1500までに出せ」
「承知しました、中佐。」
当然のように言われる唄子への指示。瑞樹の返事も、彼女に長澤が命令することに何も疑問を抱いていないようにスムーズだ。
(私にも、指示出すんだ…)
唄子本人だけが、この現状に戸惑いを隠せないでいるのだった。
なんとか横須賀鎮守府の異能部隊執務室についた唄子は、緊張した面持ちで彼女の席についた。
すっかり馴染んでしまった「自分の机」。照昌の隣、一番下座にある位置にあるそこには、彼女の訓練日誌や篁物語などの教本が並んでいる。
軍には入らない。そう言ったのは確かだ。だが改めて自分の机を見ると、唄子はその言葉を守れている自信がなくなってきた。
ひときわ大きな机から、4人を見渡す長澤。いつもの豪快さは鳴りを潜め、真剣な表情で口を開いた。
「揃ったな。議題は昨夜の件と瑞樹の見た予知の件だ。」
議題、なんて仰々しく言われてしまうと、唄子は居心地が悪い。天珠が昨夜の唄子行方不明の発覚経緯から再会までのあらましを報告するのを聞いていると、余計にそう感じた。
まさに軍隊。日ごろの歌の訓練や瑞樹の優しい授業で忘れかけて居た本質が、唄子の目に迫ってきた。
「堂児は〜ん!小野ちゃん縮こまってるやん!」
「えっ、すまん…!そんなつもりは…!」
照昌が彼の向かいの先輩を茶化す。そうして少し空気が和んだところで、彼はペンを手で回しながら唄子へ尋ねた。
「ってことで、気軽に教えてや。昨日の夜、結局どこで何しとったん?」
「えっと…実は…」
ほ、と息をついてから彼女は話し始めた。
帰り際に小野篁から声をかけられたこと。彼から冥府への行き方を教わり、冥府で歌っていたこと。
夜見之宮との穏やかな会話は、あえてぼかすことにした。何となく、彼との思い出は大事に胸の宝箱に入れておきたかったのだ。
「まあ死ぬわけじゃねぇなら冥府に行くのは自由だが…。せめて言伝くらいおいてやれ。お前の兄貴分2人が取り乱す。」
「兄貴分…」
長澤の言葉に、唄子は照昌、天珠の2人をつい伺う。照昌は同意して笑い、天珠は困ったようにそっぽを向いている。
一緒に暮らす2人の男性。カフェーのように媚びも接待も要らないのに、唄子のことを贔屓どころではなく大事にしてくれる人達。
「…わかりました。心配かけてごめんなさい、堂児さん、安倍さん。」
唄子は改めて、お兄ちゃん達に謝罪を伝えたのだった。
これにて1つ目の議題は終了。続く2つ目を前に、瑞樹は資料を全員へ手渡した。
「私が昨夜見た予知夢の内容と、関連するであろう過去の事件の資料です。」
瑞樹が告げる。手元に届いた資料を唄子は見ると、そこには何とも不穏な文字が書かれていた。
「死のう団…?」
顔を曇らせる唄子に解説してくれたのは、天珠だった。
「4年前、集団で「死のう死のう」と叫びながら逗子の辺りを行進し、神奈川県警に逮捕された集団の通称だ。」
「死のう死のうと叫びながら…!?」
いったいどういうことなのだろう。口を覆う唄子に対し、照昌もまた頬杖をつきながらつぶやいた。
「なーんか気味悪う新聞で報道されとったね、京都でも。」
照昌の視線は瑞樹や長澤へ向く。士官2人は、どうも渋い顔だ。
「あれはなぁ………」
重い溜息とともに長澤の声が漏れる。彼を代弁するように、瑞樹は口を開いた。
「危険思想を警戒して警察の特高が対応したそうですが…。報道された暗殺計画などは殆ど虚偽。彼らはただ、仏教の宗派の教えを広めたくて実行しただけだったそうです。」
「んー?なんで仏教の教えで死のう!になるん?」
「私も詳しくはないですが…たしか、不惜身命、つまり命を惜しまず仏道の教えを修めなさい、という教えを一般向けの言葉になおした、だったか…。」
「いやいや、略しすぎとちゃう!?余計わからんわ!」
関西人魂のツッコミに、その場全員の同意の空気がのる。その中で、瑞樹の解説は続く。
「特高とは、拷問警察とも揶揄される組織。彼らは逮捕した青年たちを危険思想集団、暗殺計画の主犯と勝手に断定し、拷問によって自白を強要したそうです。」
「うへぇ…。ただの仏教徒に?」
「えぇ…。釈放されたのち、警察相手に訴訟も起こったほどです。」
瑞樹と照昌の会話を聞きながら、唄子もまた顔をしかめた。事実無根の計画を認めざるをえないほど追いつめられる拷問だなんて、考えただけで背筋が凍るようだ。
「神宮寺少佐が見た予知に彼らを思わせる言葉が出てきたということは…。また、何か不穏な行動を起こすのでしょうか?
天珠の言葉をきっかけに、予知の内容の吟味が始まった。
警察への恨みを晴らすための報復かもしれない。
また布教をしたいだけの可能性もある。
もしも暴力沙汰を起こすとしたら、どうやって事前に警察や憲兵に警戒を促すか。
など、など…。
唄子は、彼らの会話を聞いているだけで精一杯だ。
「ともかく。」
終わりの見えない会議を制するように、長澤が口を開く。その重たい声に応じるように、白熱していた意見交換はピタリと止まる。そして瑞樹ら3人は、彼らの司令官へ向き直った。
「安倍、瑞樹の予知を元に詳細を占え。」
「げぇぇ!」
「占いは陰陽師の基礎だろう。無理にでもやれ。宮内庁にいるお前の親戚共に先を越されたら、せっかく戦果を立てる機会を棒に振るだろうが!」
「大旦那様や当主に勝てと??無理やわぁ??」
即答で白旗をあげる照昌だが、長澤は一切の容赦をしなかった。
照昌の言う大旦那様は、死霊使いの能力についても教えてくれたらしい人だ。きっとすごい陰陽師なのだろうなと、唄子はぼんやりと思っていた。
「堂児」
「はっ!」
「瑞樹が見た都内要所の巡回警備を行え。誰かしら一般兵を連れて行くこと。警備計画書と同行者案を今日中に俺に提出しろ。確認し問題なければ、そいつの上官を黙らせてくる。」
「承知しました」
簡易敬礼と共に承諾する天珠。彼はすぐに、やるべきことを手帳にメモをしていた。
「瑞樹はより詳しいことが分かったらすぐに知らせろ。今見えてる範囲も報告書に詳細を記入するように。」
「は」
簡潔なやりとりを交わす長澤と瑞樹。付き合いの長さは、こういったところからもにじみ出ている。
「小野」
「え!?あ、はい」
肩が跳ね、唄子は慌てて返事をした。まさか名前を呼ばれると思っていなかったのだ。
「お前は変わらず能力強化訓練だ。詳細は瑞樹と相談して決めろ。冥府でもこの鎮守府でも、使えるもんは何でも使え。」
「わ…わかりました…。」
「瑞樹、修正した小野の訓練計画書も、明日の1500までに出せ」
「承知しました、中佐。」
当然のように言われる唄子への指示。瑞樹の返事も、彼女に長澤が命令することに何も疑問を抱いていないようにスムーズだ。
(私にも、指示出すんだ…)
唄子本人だけが、この現状に戸惑いを隠せないでいるのだった。


