早朝の陽光を反射するまばゆい海を、漁船が横切っていく。
俺たちは東へ向かっていた。俺の母親を探すために、写真という手土産を持って、陽那島へ。
太陽の光はあたたかく、冷たい潮風も気にならないほどだ。ずっと付きまとっていた不安も、今はない。
美咲が俺の隣に立った。
「なんだか諒ちゃん、顔色がよくなったみたい。比丘尼様への祈りが通じたのかな」
俺はなにも言わずに、美咲の背を叩いた。それから、ちらりと、舵輪を握っている藪内を振り返った。藪内は目が合うと、顔をしかめて視線を逸らした。けれど、その頬がほのかに赤い。
と、俺のスマホが震えた。また気のせいかと尻ポケットから取り出した手のうちでも、ブー、ブー、と震えている。
まさか。これは、夢だろうか?
ディスプレイには「高遠千代」と、母の電話番号が記されている。
俺は震える手で、通話ボタンを押した。
会話をするうちに泣き出した俺の背を、今度は美咲がニコニコと叩く。「やったね」と口の形だけで言って、親指を立てた。それから手を合わせると、「比丘尼様、ありがとうございます」と小声でなんども唱えだす。
藪内がこちらを気にしている。俺は通話を終えると、振り向いて、「本土へ!」と叫んだ。
本当に夢のようだった。
母は集会所から逃げ出して、山にしばらく潜伏した。たまたま一緒に逃げた島民が漁師だったので、その人の船に乗って本土の最寄りの港へ逃げたらしい。スマホの充電は忌籠祭の夜に切れてしまい、山から出たあとに一度家へ立ち寄ったが、すでに停電のあとだったという。本土に着いて、ようやく充電ができたわけだ。
母は家にあったはずの遺体について、なにも言わなかった。今の瞬間まで母が、そして俺が見たはずの恐ろしいことについても、なにも言わなかった。ただ、「早く帰っておいで」と言った。今のところは、それでじゅうぶんだった。生きて、母のもとに――故郷に帰ることができれば、それだけで。
「母さんが、港で待ってるって……!」
藪内は、俺の言葉にちょっと切ないような顔をして笑った。……藪内の母は、おそらく、もう人間ではないのだ。
「一緒に帰ろう」
そう重ねると、藪内は、やっぱりちょっと切ないような顔をしていた。けれど、今度はうれしそうにも見えた。
本土の航空基地から飛んできた戦闘機が、隊列を組んで陽那島へ向かっていく。いよいよ、島にも救助の手が届くのだろうか。
進路を変えて三十分ほど経つと、岸が見えてくる。清潔な朝日に照らされた、静かで、平和な土地。俺は港に母の姿を探す。いた。
次第に母がよく見えるようになる。彼女は、こちらへ大きく手を振っている。そのそばに、一緒に逃げたという漁師がひとり、ふたり……並んで彼らも手を振っている。
彼らの背後に、もうひとり、女が立っている。逞しい男の背後にいるからか、顔は陰になっていてよく見えない。けれど彼女は日本髪を結い、着物をまとっていた。
彼女は、ゆうるりと白い手を持ち上げて、こちらへ手を振った。ひとりの漁師が、突然、その場に膝をついて、苦しみだす――。
俺たちは東へ向かっていた。俺の母親を探すために、写真という手土産を持って、陽那島へ。
太陽の光はあたたかく、冷たい潮風も気にならないほどだ。ずっと付きまとっていた不安も、今はない。
美咲が俺の隣に立った。
「なんだか諒ちゃん、顔色がよくなったみたい。比丘尼様への祈りが通じたのかな」
俺はなにも言わずに、美咲の背を叩いた。それから、ちらりと、舵輪を握っている藪内を振り返った。藪内は目が合うと、顔をしかめて視線を逸らした。けれど、その頬がほのかに赤い。
と、俺のスマホが震えた。また気のせいかと尻ポケットから取り出した手のうちでも、ブー、ブー、と震えている。
まさか。これは、夢だろうか?
ディスプレイには「高遠千代」と、母の電話番号が記されている。
俺は震える手で、通話ボタンを押した。
会話をするうちに泣き出した俺の背を、今度は美咲がニコニコと叩く。「やったね」と口の形だけで言って、親指を立てた。それから手を合わせると、「比丘尼様、ありがとうございます」と小声でなんども唱えだす。
藪内がこちらを気にしている。俺は通話を終えると、振り向いて、「本土へ!」と叫んだ。
本当に夢のようだった。
母は集会所から逃げ出して、山にしばらく潜伏した。たまたま一緒に逃げた島民が漁師だったので、その人の船に乗って本土の最寄りの港へ逃げたらしい。スマホの充電は忌籠祭の夜に切れてしまい、山から出たあとに一度家へ立ち寄ったが、すでに停電のあとだったという。本土に着いて、ようやく充電ができたわけだ。
母は家にあったはずの遺体について、なにも言わなかった。今の瞬間まで母が、そして俺が見たはずの恐ろしいことについても、なにも言わなかった。ただ、「早く帰っておいで」と言った。今のところは、それでじゅうぶんだった。生きて、母のもとに――故郷に帰ることができれば、それだけで。
「母さんが、港で待ってるって……!」
藪内は、俺の言葉にちょっと切ないような顔をして笑った。……藪内の母は、おそらく、もう人間ではないのだ。
「一緒に帰ろう」
そう重ねると、藪内は、やっぱりちょっと切ないような顔をしていた。けれど、今度はうれしそうにも見えた。
本土の航空基地から飛んできた戦闘機が、隊列を組んで陽那島へ向かっていく。いよいよ、島にも救助の手が届くのだろうか。
進路を変えて三十分ほど経つと、岸が見えてくる。清潔な朝日に照らされた、静かで、平和な土地。俺は港に母の姿を探す。いた。
次第に母がよく見えるようになる。彼女は、こちらへ大きく手を振っている。そのそばに、一緒に逃げたという漁師がひとり、ふたり……並んで彼らも手を振っている。
彼らの背後に、もうひとり、女が立っている。逞しい男の背後にいるからか、顔は陰になっていてよく見えない。けれど彼女は日本髪を結い、着物をまとっていた。
彼女は、ゆうるりと白い手を持ち上げて、こちらへ手を振った。ひとりの漁師が、突然、その場に膝をついて、苦しみだす――。
