比丘尼様の祭は、豊漁を願う祭りだ。毎年、一月九日から一月十日にかけて行われる。
九日になると、島民たちは岬にある比丘尼様の巨石にお参りして、お供えものをする。夕方からは忌籠祭が行われる。灯りを消し、戸締りをして、決して外へ出ずに夜明けを待つ。
十日が本祭。島唯一の小さな神社で神楽が奉納され、参道に少しだけ屋台が出る。
とはいえ、祭の本番は忌籠祭を口実にして行われる宴会だ。
島に住む大人たちは集会所に集まり、わずかな灯りだけをともして飲み明かす。時期が時期だけに、島を挙げて行われる新年会のようなものだ。
子どもたちは、その晩、学校に泊まる。
教室の隅に七つだけの机を寄せる。布団を並べて敷く。窓の外は、すっかり日が落ちて真っ暗だ。小学生たちがはしゃいで走りまわりながら、カーテンを閉めた。
暖房が入っているとはいえ、冬の教室は寒い。男女に分かれて寝間着に着替えると、みんなして布団のなかに潜り込む。
誰が言い出したのか。ただスマホの画面を眺めているだけでは長すぎる夜をしのぐために、教室の電灯を消して、怪談が始まった。
友介が、顔を真下からスマホの懐中電灯機能で照らしつつ、語る。
――あれは忌籠祭の夜のことだった。
陽那島に住むふたりの兄弟は、集会所へ出かける両親を家で見送った。当時はまだ、子どもたちは学校に集まって泊まるという決まりがなかった。
玄関の扉を固く閉め、家じゅうの灯りを消し、布団に潜る。真っ暗ななかでは遊ぶこともできないので、早々に寝てしまおうと兄弟は決めていた。
と、玄関のほうから声がする。
「おーい、ちょっと開けてくれ。忘れ物をしちまった」
父親の声だ。飛び出して行こうとする弟を、兄が止めた。
「待て! 父ちゃんは家の鍵を持っているはずだろ。……なんで自分で開けないんだ?」
兄弟は息を飲んで、玄関を見つめた。月明かりに照らされ、戸の磨りガラスごしに黒い人影が見える。真っ黒で、目鼻立ちもはっきりしないが、背格好は父に似ていた。
「おぉーい、父ちゃんだよぉ。開けておくれよぉ。鍵をなくしちまったんだよぉ」
「……」
ふたりが黙っていると、後ろから別の人影が現れた。
「おぉーい、母ちゃんだよぉ。開けておくれよぉ。鍵をなくしちまったんだよぉ」
それもたしかに、母の声だった。しかし、哀れっぽく懇願する様子は、兄弟のよく知る勝気な母とはかけ離れていた。
バン! バン!
ふたりがなおも黙っていると、父を名乗る人影と母を名乗る人影は、玄関の戸を叩き始めた。焦れたように次第に勢いが激しくなり、ガラス戸がガタガタと揺れる。
唸るような縋る声で人影は訴える。
「開けておくれよぉ、父ちゃんだよぉぉおぉぉお!」
「開けておくれよぉ、母ちゃんだよぉぉおぉぉお!」
耐えきれなくなった兄が叫んだ。
「違う、おまえらは父ちゃんでも母ちゃんでもない! 偽物だ! 絶対にここは開けないぞ!」
戸を叩く音がやんだ。ふたつの人影はぴたりと動きを止め、辺りは静寂に包まれる。
「……本物なのにねぇ」
そう言ったのは、知らない女の声だった。
ふたつの人影が、奇妙な物音とともに、次第に遠ざかっていく。
ズル……ズル……ペタ……ペタ……。
その合間には、父と母の声に似た、かすかな悲鳴が混ざっていた。
「痛いよぉ……痛いよぉ……」
「帰してよぉ……帰してよぉ……」
翌朝になっても、兄弟の両親は帰らなかった。
玄関の戸を開けると、そこには血まみれのなにかを引きずった跡と、血に汚れた足跡が残っていたという。その足跡は、五人分あった。
「……これが、かの有名な七人の人喰い人魚の話だ!」
友介は一呼吸置いて、みんなのリアクションを待った。
俺は周囲を見回したが、島では定番の怪談らしく、しらーっとした顔が並ぶ。
唯一、美咲だけがぐっと唇を引き結んで、震えている。
「人喰い人魚たちは、祭の夜に集団で現れて、出会った人間を襲う。人間を食べたら成仏できて、反対に食べられた人間はやつらの仲間になる」
「なあ、その人魚たちってどんな見た目?」
藪内が尋ねた。友介のスマホのライトが眼鏡に反射していて、表情は見えない。けれど、初めて聞いたはずのこいつも怯えていないのはわかる。
「なんすか、急に」
「学術的好奇心」
うーん、と友介は唸った。
「一応、この話にはバリエーションがあって。兄弟が玄関を開けて、喰われちゃうバージョンもあるんですよ。その話には人魚たちの描写もあるんですけど……辻褄合わないじゃないですか」
「喰われて死んだなら、誰がその話を語り継いだんだよ、ってこと?」
「そっす」
「でも知りたい。どうせフィクションなんだし、辻褄もクソもないだろ」
藪内は被せるように言った。友介は「えー」と苦笑を浮かべながらも答えた。
「白い脚絆と、白い襦袢。裾はからげて、白い腰巻をしている……だったかな。よくわかんねえけど。あと全員若くて、美人で、歳を取らない」
「なるほど」
うなずいた藪内は「人魚じゃねえな」と呟いた。
友介以外の面々が、口々に同意する。
「それ。前から思ってた」
「だいたい人魚は歩けないじゃん」
「なんか知んないけど、やつらは歩けるんだよ。尾っぽがなくて足があるから」
「それはもう人間じゃん!」
俺は、唯一口を開かない美咲の様子をうかがった。じっと一点を見つめて、ぶるぶる震えている。これまでの怪談は楽しそうに聞いていたが、どうやら、この話は苦手なようだった。それとも、友介のオーバーな語り口のせいで怯えているのか。
会話が途切れた瞬間を見計らって、俺は尋ねた。
「友介。オチは?」
美咲が、ほっと息を吐く。友介は、みんなの冷めた反応にむっと唇を尖らせたまま、言った。
「そういう事件があったので、俺たちはみんな、忌籠祭の夜、学校に集まることになりました! たとえ忘れ物をしても、夜が明けるまでは絶対に外に出ないこと! 以上!」
「さっきの話ってさ、四国地方とか中国地方に伝わる怪談『七人ミサキ』のバリエーションだよな。それと、たぶん全国各地に伝わる八百比丘尼伝説がごちゃ混ぜになってる」
せっかく話題を終わらせたというのに、藪内が空気を読まずに語りだした。
「あ、八百比丘尼っていうのは、人魚の肉を食って八百年生きるようになった尼さんの伝説。なんでか、この島では『人間の肉を食う人魚』の話になって、人魚と人が入れ替わってるみたいだけど。友介の話した『人喰い人魚』の見た目は、昔の熊野比丘尼にそっくりだ」
「へえ」と、どこからか気のない相槌があった。俺も半分ぐらいは耳を素通りしている――大方、母親からの受け売りだろう。藪内は気にする様子もなく続ける。
「でも八百比丘尼伝説って、このあたりではほとんど聞かないんだよ。それに、若くて綺麗な女性が人魚って呼ばれるのは、昔じゃありえない。昔の日本で人魚って言ったら、人面魚だったんだから」
岬の人魚像のことを思い出した。たしかにあの巨石も人魚姫というより人面魚のようだったが、そういうことか。
「あかりん先輩〜、オチは〜?」
まだ拗ねている友介が混ぜっ返した。藪内は「その呼び方やめろっつってんだろ」と毒々しく吐き捨てると、自分のスマホを取り出した。
「つまり、七人の人喰い人魚は最近作られた怪談じゃねえの、ってこと。少なくとも明治以降にな。……それよりさ、もっとリアルな話をしねえ?」
小さな画面のうえに、みんなが顔を寄せ合う。
映っていたのは、動画の再生画面だった。黒一色の背景に、おどろおどろしいフォントの赤文字で「次回予告」とある。再生数は数万で、さほど伸びてはいないが、まったくの無名チャンネルというわけでもなさそうだ。
藪内が再生ボタンをタップし、音声が流れだす。不安を煽るようなBGM。
スタジオらしきアパートの一室に、車座になる男たちが映った。その場で次回の企画内容を知らされ、リアクションを撮られているという体だ。
カットインで、黒背景に白文字のテロップが入る――「地図に載らない島」「立ち入り禁止の元『売春島』に潜入!?」。
「おい、藪内」
少なくとも小学生にはふさわしくない内容に感じて名前を呼ぶが、当人は「だいじょぶですって」と軽い。
「これ、大人たちが話してた例の配信者の動画?」
「そ」
画面のなかでは、中年以上の男たちが「ええ?」「やばくね?」とざわついている。
映し出されるテキストは、どんどんセンセーショナルになっていく――「旧軍の実験場」「禁じられた生物兵器」。
「あー」と、友介がげんなりした声を挙げた。
「……大島に渡ろうとしてたやつらだ」
「というわけで、次回は某県にある、禁足地の孤島に行ってもらいます!」
スタッフの宣言に、配信者たちが不安と不満を装ったリアクションをする。「炎上必至じゃん」「ここから先は日本国憲法が通じないやつ?」などなど。
「ちなみに島にはまだ旧軍の開発した毒ガスが充満していて、足を踏み入れたら死ぬかもしれないそうです」
スタッフの言葉に、「えー!」と湧く配信者たち。一方で、画面のこちらの側では冷え切った空気が流れていた。
「……あれ? なんかみんなシラけてる?」
次の動画に自動で遷移する前に、藪内が再生を止める。
「だって大島、地図に載ってるし」
「旧軍の工場? かなんかがあったのは本当だけど、今、島に入っちゃいけないのは、島が私有地だからっす。どっかの製薬会社の土地らしい」
「え、友介までなんだよ。さっきまであんなに楽しそうに、この島の怪談をしてたくせに」
藪内が解せないという様子で尋ねた。友介は呆れたような顔をしている。
「全然違いますよ。自分たちの地元の怖い話を自分たちですんのと、部外者に面白おかしくネタにされんのは」
「えー、そういうもん?」
まったく、藪内らしい鈍感さだ。
美咲のあくびをきっかけに、「そろそろ寝よう」という話になり、怪談大会は盛り上がりを欠いたまま、お開きとなった。
九日になると、島民たちは岬にある比丘尼様の巨石にお参りして、お供えものをする。夕方からは忌籠祭が行われる。灯りを消し、戸締りをして、決して外へ出ずに夜明けを待つ。
十日が本祭。島唯一の小さな神社で神楽が奉納され、参道に少しだけ屋台が出る。
とはいえ、祭の本番は忌籠祭を口実にして行われる宴会だ。
島に住む大人たちは集会所に集まり、わずかな灯りだけをともして飲み明かす。時期が時期だけに、島を挙げて行われる新年会のようなものだ。
子どもたちは、その晩、学校に泊まる。
教室の隅に七つだけの机を寄せる。布団を並べて敷く。窓の外は、すっかり日が落ちて真っ暗だ。小学生たちがはしゃいで走りまわりながら、カーテンを閉めた。
暖房が入っているとはいえ、冬の教室は寒い。男女に分かれて寝間着に着替えると、みんなして布団のなかに潜り込む。
誰が言い出したのか。ただスマホの画面を眺めているだけでは長すぎる夜をしのぐために、教室の電灯を消して、怪談が始まった。
友介が、顔を真下からスマホの懐中電灯機能で照らしつつ、語る。
――あれは忌籠祭の夜のことだった。
陽那島に住むふたりの兄弟は、集会所へ出かける両親を家で見送った。当時はまだ、子どもたちは学校に集まって泊まるという決まりがなかった。
玄関の扉を固く閉め、家じゅうの灯りを消し、布団に潜る。真っ暗ななかでは遊ぶこともできないので、早々に寝てしまおうと兄弟は決めていた。
と、玄関のほうから声がする。
「おーい、ちょっと開けてくれ。忘れ物をしちまった」
父親の声だ。飛び出して行こうとする弟を、兄が止めた。
「待て! 父ちゃんは家の鍵を持っているはずだろ。……なんで自分で開けないんだ?」
兄弟は息を飲んで、玄関を見つめた。月明かりに照らされ、戸の磨りガラスごしに黒い人影が見える。真っ黒で、目鼻立ちもはっきりしないが、背格好は父に似ていた。
「おぉーい、父ちゃんだよぉ。開けておくれよぉ。鍵をなくしちまったんだよぉ」
「……」
ふたりが黙っていると、後ろから別の人影が現れた。
「おぉーい、母ちゃんだよぉ。開けておくれよぉ。鍵をなくしちまったんだよぉ」
それもたしかに、母の声だった。しかし、哀れっぽく懇願する様子は、兄弟のよく知る勝気な母とはかけ離れていた。
バン! バン!
ふたりがなおも黙っていると、父を名乗る人影と母を名乗る人影は、玄関の戸を叩き始めた。焦れたように次第に勢いが激しくなり、ガラス戸がガタガタと揺れる。
唸るような縋る声で人影は訴える。
「開けておくれよぉ、父ちゃんだよぉぉおぉぉお!」
「開けておくれよぉ、母ちゃんだよぉぉおぉぉお!」
耐えきれなくなった兄が叫んだ。
「違う、おまえらは父ちゃんでも母ちゃんでもない! 偽物だ! 絶対にここは開けないぞ!」
戸を叩く音がやんだ。ふたつの人影はぴたりと動きを止め、辺りは静寂に包まれる。
「……本物なのにねぇ」
そう言ったのは、知らない女の声だった。
ふたつの人影が、奇妙な物音とともに、次第に遠ざかっていく。
ズル……ズル……ペタ……ペタ……。
その合間には、父と母の声に似た、かすかな悲鳴が混ざっていた。
「痛いよぉ……痛いよぉ……」
「帰してよぉ……帰してよぉ……」
翌朝になっても、兄弟の両親は帰らなかった。
玄関の戸を開けると、そこには血まみれのなにかを引きずった跡と、血に汚れた足跡が残っていたという。その足跡は、五人分あった。
「……これが、かの有名な七人の人喰い人魚の話だ!」
友介は一呼吸置いて、みんなのリアクションを待った。
俺は周囲を見回したが、島では定番の怪談らしく、しらーっとした顔が並ぶ。
唯一、美咲だけがぐっと唇を引き結んで、震えている。
「人喰い人魚たちは、祭の夜に集団で現れて、出会った人間を襲う。人間を食べたら成仏できて、反対に食べられた人間はやつらの仲間になる」
「なあ、その人魚たちってどんな見た目?」
藪内が尋ねた。友介のスマホのライトが眼鏡に反射していて、表情は見えない。けれど、初めて聞いたはずのこいつも怯えていないのはわかる。
「なんすか、急に」
「学術的好奇心」
うーん、と友介は唸った。
「一応、この話にはバリエーションがあって。兄弟が玄関を開けて、喰われちゃうバージョンもあるんですよ。その話には人魚たちの描写もあるんですけど……辻褄合わないじゃないですか」
「喰われて死んだなら、誰がその話を語り継いだんだよ、ってこと?」
「そっす」
「でも知りたい。どうせフィクションなんだし、辻褄もクソもないだろ」
藪内は被せるように言った。友介は「えー」と苦笑を浮かべながらも答えた。
「白い脚絆と、白い襦袢。裾はからげて、白い腰巻をしている……だったかな。よくわかんねえけど。あと全員若くて、美人で、歳を取らない」
「なるほど」
うなずいた藪内は「人魚じゃねえな」と呟いた。
友介以外の面々が、口々に同意する。
「それ。前から思ってた」
「だいたい人魚は歩けないじゃん」
「なんか知んないけど、やつらは歩けるんだよ。尾っぽがなくて足があるから」
「それはもう人間じゃん!」
俺は、唯一口を開かない美咲の様子をうかがった。じっと一点を見つめて、ぶるぶる震えている。これまでの怪談は楽しそうに聞いていたが、どうやら、この話は苦手なようだった。それとも、友介のオーバーな語り口のせいで怯えているのか。
会話が途切れた瞬間を見計らって、俺は尋ねた。
「友介。オチは?」
美咲が、ほっと息を吐く。友介は、みんなの冷めた反応にむっと唇を尖らせたまま、言った。
「そういう事件があったので、俺たちはみんな、忌籠祭の夜、学校に集まることになりました! たとえ忘れ物をしても、夜が明けるまでは絶対に外に出ないこと! 以上!」
「さっきの話ってさ、四国地方とか中国地方に伝わる怪談『七人ミサキ』のバリエーションだよな。それと、たぶん全国各地に伝わる八百比丘尼伝説がごちゃ混ぜになってる」
せっかく話題を終わらせたというのに、藪内が空気を読まずに語りだした。
「あ、八百比丘尼っていうのは、人魚の肉を食って八百年生きるようになった尼さんの伝説。なんでか、この島では『人間の肉を食う人魚』の話になって、人魚と人が入れ替わってるみたいだけど。友介の話した『人喰い人魚』の見た目は、昔の熊野比丘尼にそっくりだ」
「へえ」と、どこからか気のない相槌があった。俺も半分ぐらいは耳を素通りしている――大方、母親からの受け売りだろう。藪内は気にする様子もなく続ける。
「でも八百比丘尼伝説って、このあたりではほとんど聞かないんだよ。それに、若くて綺麗な女性が人魚って呼ばれるのは、昔じゃありえない。昔の日本で人魚って言ったら、人面魚だったんだから」
岬の人魚像のことを思い出した。たしかにあの巨石も人魚姫というより人面魚のようだったが、そういうことか。
「あかりん先輩〜、オチは〜?」
まだ拗ねている友介が混ぜっ返した。藪内は「その呼び方やめろっつってんだろ」と毒々しく吐き捨てると、自分のスマホを取り出した。
「つまり、七人の人喰い人魚は最近作られた怪談じゃねえの、ってこと。少なくとも明治以降にな。……それよりさ、もっとリアルな話をしねえ?」
小さな画面のうえに、みんなが顔を寄せ合う。
映っていたのは、動画の再生画面だった。黒一色の背景に、おどろおどろしいフォントの赤文字で「次回予告」とある。再生数は数万で、さほど伸びてはいないが、まったくの無名チャンネルというわけでもなさそうだ。
藪内が再生ボタンをタップし、音声が流れだす。不安を煽るようなBGM。
スタジオらしきアパートの一室に、車座になる男たちが映った。その場で次回の企画内容を知らされ、リアクションを撮られているという体だ。
カットインで、黒背景に白文字のテロップが入る――「地図に載らない島」「立ち入り禁止の元『売春島』に潜入!?」。
「おい、藪内」
少なくとも小学生にはふさわしくない内容に感じて名前を呼ぶが、当人は「だいじょぶですって」と軽い。
「これ、大人たちが話してた例の配信者の動画?」
「そ」
画面のなかでは、中年以上の男たちが「ええ?」「やばくね?」とざわついている。
映し出されるテキストは、どんどんセンセーショナルになっていく――「旧軍の実験場」「禁じられた生物兵器」。
「あー」と、友介がげんなりした声を挙げた。
「……大島に渡ろうとしてたやつらだ」
「というわけで、次回は某県にある、禁足地の孤島に行ってもらいます!」
スタッフの宣言に、配信者たちが不安と不満を装ったリアクションをする。「炎上必至じゃん」「ここから先は日本国憲法が通じないやつ?」などなど。
「ちなみに島にはまだ旧軍の開発した毒ガスが充満していて、足を踏み入れたら死ぬかもしれないそうです」
スタッフの言葉に、「えー!」と湧く配信者たち。一方で、画面のこちらの側では冷え切った空気が流れていた。
「……あれ? なんかみんなシラけてる?」
次の動画に自動で遷移する前に、藪内が再生を止める。
「だって大島、地図に載ってるし」
「旧軍の工場? かなんかがあったのは本当だけど、今、島に入っちゃいけないのは、島が私有地だからっす。どっかの製薬会社の土地らしい」
「え、友介までなんだよ。さっきまであんなに楽しそうに、この島の怪談をしてたくせに」
藪内が解せないという様子で尋ねた。友介は呆れたような顔をしている。
「全然違いますよ。自分たちの地元の怖い話を自分たちですんのと、部外者に面白おかしくネタにされんのは」
「えー、そういうもん?」
まったく、藪内らしい鈍感さだ。
美咲のあくびをきっかけに、「そろそろ寝よう」という話になり、怪談大会は盛り上がりを欠いたまま、お開きとなった。
