孤島・オブ・ザ・デッド

 宿を出た俺たちは、屋根のある場所を探してさまよった。少なくとも朝になるまで、この島を出ることはできない。まったくの素人の俺たちが、夜の海に出るのは自殺行為だ。だから落ち着く場所が欲しかった。
 あの女たちが消えてから、宿もまた廃墟同然に戻ってしまい、大島の街なかには安全な場所はなさそうだった。
 ふと、藪内が「例の軍需工場なら、煉瓦とか鉄骨とか、簡単に壊れない材料で作られてるんじゃないすか」と言い出し、町から続く大きな道の跡をたどって歩くことにした。
 やがて、月明かりに照らされてもなお暗い工場跡が姿を現した。俺たちは窓を割って鍵を開け、なかに入った。内部は広大だったが、ほとんどなにも残されていない。それは、あの宿とは対照的な光景だった。ここでなにが開発されていたのか、徹底して証拠を隠滅しようとする誰かの意思を感じた。
 俺が荷物からジャンバーを取り出して床に敷くと、藪内がおぶっていた美咲をその上におろした。美咲は連日の寝不足と、精神的なショックのためか、宿を出たあたりで眠ってしまった。
「……ありがとな。みさきちをおぶってくれて」
「別に……あんた、手首痛そうだったし……」
 幻想のなかで墓石を殴った祟りか、実際に物理的な衝撃を食らったのか、俺は手首を痛めてしまった。美咲をおぶろうとして、うめいた俺に気が付いて、藪内が代わってくれたのだ。
「マジで重かったっすわー、ハハ」
 ……本人は寝ているとはいえ、こういうことを口に出してしまうところが人に嫌われる理由なのだが、わかっていないようだ。
 しかし、俺はやっぱり甘い。
「それだけじゃなくて、みさきちを助けてくれてありがとう」
「は?」
 藪内が顔をしかめた。
「あのとき、撃つのをためらっただろ。撃とうとしてる相手が美咲だったらと思って、ためらったんじゃないか?」
「……いや、貴重な最後の一発を無駄遣いしたくなかっただけです」
「……ふふ」
 最後に天井に一発撃ちこんだことと矛盾する発言だ。あくまで素直になれない――なろうとしない藪内を、しかし、今は憎いとは思わなかった。
「俺のことも守ろうとしてくれたよな。名前も呼んで……」
 咄嗟に「諒ちゃん」という呼び名が出てくるということは、心のなかでは、ずっとそういうふうに俺を呼んでいたのかもしれない。
「ありがとな、あかりん?」
「うわっ、キモ……ちょっとやめてもらえますか?」
 藪内は早口で言って、抱えた膝に顔をうずめた。
 しばらく、沈黙が落ちる。俺は、ぼんやりと起きたことを思い出す。
「あの女たち、俺たちを逃がしたのかな」
「さあ」
 藪内が投げやりに言う。そりゃそうだ。知るわけがない。
「逃がしたんだとしたら、なんでだろうな」
「……」
 答えが返ってくるのは期待していなかった。しかし、藪内はゆっくりと口を開いた。
「守ってもらえたからじゃないですか?」
「……」
 その意味が、すぐにはわからなかった。藪内はそれを悟って、静かに続けた。
「同じ化け物でも、オレたちはゾンビを倒して、あの女たちは倒さなかったでしょ。それを見て、ずっと誰かにしてほしかったことを、ついにしてもらえたと思ったのかもしれない。被害者の自分が、なんで加害者と同じ化け物扱いされなきゃいけないんだって、そういう悲しみが救われた……」
 それは、あの女たちのことを語っているようではなかった。
 藪内は、膝に顔をうずめたまま、くぐもった声で話した。
「オレもね。同じだから、なんとなくわかったんです」
 小さく息を吸って、続ける。
「本当に、オレは、みさきちを守ろうとしたわけじゃなくって……」
「うん」
 俺は、静かに相槌を打つ。
「だって、こいつ、いっつもオレを嫌なあだ名で呼んでくるし……」
「うん」
「夢見がちで、ぼんやりしてて、足手まといだし……」
「……うん」
「……あんたに、守ってもらえてるし……」
 藪内の肩が震えた。
「だから、オレはこいつを守りたくなかった。でも、あんたがそうするから……」
 俺は、藪内の肩に手を伸ばした。指先が触れると、びくりと震える。
 藪内がゆっくりと顔をあげる。月明かりを反射するレンズの奥で、ぽろりと涙がこぼれた。
「……っ、オレだって、ほんとは、ずっとあんたに守ってほしかったよ……!」
 胸が苦しくなる。俺は、藪内の肩を抱き寄せた。藪内が声を殺して泣き始める。
「おまえは、もうじゅうぶん強いよ。俺が守る必要なんてないぐらいに。むしろ俺が、おまえに守られっぱなしだった」
「っ……く……う……」
 ぱたぱたと藪内は首を横に振る。まったく、こんなになっても素直じゃない。
 俺は工場跡の窓から覗く月を見上げた。ちょうど雲が切れて、明るい光が差し込んだところだ。
 こんな世界でも、月はうつくしい。
「今だけは俺が守ってやるからさ。ちょっと休めよ」
 そう言っても、藪内はしばらく泣きじゃくっていた。やがて少しずつ、その間隔が開いてきて、藪内は俺の胸のなかで「はは」と照れたように笑った。
「……ヤバい。うれしすぎて寝れないかも」