美咲の話を聞いて、俺たちが真っ先に確認したのは、部屋の電灯が点くかどうかだった。
……点かない。どうやらブレーカーの問題ではない。そういえば、妙に寒いと思ったらエアコンが止まっている。さっきも美咲が押していたはずの玄関のチャイムが鳴らなかった。
停電が始まった。そうだ、これは終わりの始まりだ。
スマホはまだ繋がった。電波はある。しかし、調べてみたところ――このまま停電が続けば、一日から数日で基地局が稼働しなくなるという。
「諒ちゃん、あかりん!」
リビングルームで休んでいたはずの美咲が、ブレーカーの前で腕組みしている俺たちのもとへ駆けてくる。
「どうした?」
「叩いてる! 窓を外から叩いてるよぉ……!」
「クソ、嗅ぎつけられたか!」
俺たちはリビングルームの掃き出し窓に駆け寄った。カーテンを引いている向こうから、バン、バン、と窓ガラスを叩く音がする。
「ヴ〜〜〜〜……」
うめき声がこちらまで届く。それも、複数だ。
藪内が窓のほうを睨んだまま、コーヒーテーブルから武器を取り、俺に警棒を渡した。自分の手元には拳銃を残す。それを見た美咲が、ギョッとした顔をする。
「それを使って、なにするの……?」
藪内が馬鹿にしたように浅く笑った。しかし、やつが口を開く前に、俺は言葉を被せた。
「みさきち。もし、あいつらが家のなかに入ってきたら、二階へ逃げて隠れていてくれ。朝が来るまで、絶対に出てきちゃいけない」
この街灯の少ない島で、夜に外へ出るのは自殺行為だ。せめて朝まで待たなくては。
俺の言葉に、藪内が舌打ちをする。一体なにがそんなに気に食わないのか。
俺は挑発に乗らず、静かに提案した。
「ひとまず、バリケードを作ろう。あいつら、頭は弱いが力は強い。このまま叩き続けられると、ガラスが割れて家に入ってくるかもしれない」
「バリケードを作ってるあいだ、オレたちは丸腰になる。……そいつにも手伝わせてくださいよ」
「藪内」
俺はたしなめるように名前を呼んだ。
「まだ小学生だぞ」
「だったら、なんだってんですか!? そいつが大声を出したからゾンビたちが集まって、オレの家に人がいるってバレたんでしょうが! 小学生だって、銃の引き金ぐらいは引けるはずです!」
美咲が大声で助けを呼ばず、ゾンビに襲われて死んだほうがマシだったって言うのか?
そう問い返したかったが、さすがに美咲自身の前では口に出せなかった。
俺はわかりはじめていた。「守りたいものの優先順位を決めたほうがいい」と語った藪内の順位で――美咲はかなり下のほうなのだ。
自分の母親が、一番。そして、どうしたことか、俺も上のほうにいるらしい。単なる打算――体力のある俺が味方だと助かるという理由かもしれないが……。
そのとき、凛と涼やかな声が場に落ちた。
「あたし、やる」
「……美咲」
「ふたりがバリケードを作ってくれてるあいだ、その銃を持って見張ってればいいんでしょう? できるよ。あたしには、人魚様のご加護があるんだもん」
美咲は心から「人魚様」と「ゾンビ」とのあいだに関係がないと信じている。それどころか、「人魚様」が自分を守ってくれると考えているようだ。
その根幹にあるのは、単なる「夢」――おそらくは解離のさなかの空想――というよりも、救い主としての「人魚様」を繰り返し頭に思い描いたことで強化された、信仰のようなもの。
「ア゙ーーーー……ア゙ーーーー……」
バンバンバンバン!!
ゾンビたちのうめき声はやまない。
俺たちは壁を埋め尽くす本棚のひとつを選び、中身を抜き出して、掃き出し窓にぴったりと沿わせた。さらに二人掛けソファを本棚の前に付け、その二人掛けソファのうえに重しとして一人掛けソファをふたつ載せて、本棚が動かないようにする。
ダメ押しで、抜き出した本をソファの前に山のように積み上げた。ゾンビが本を踏むことをためらうとは思えないので、大した効果があるとは思えないが……積み上がった本で転んで、時間が稼げたりはするかもしれない。
「ハァ、マジで疲れた……ちょっと休憩……」
家具が一箇所に寄せられて、部屋の中央に空間ができた。そこに藪内は大の字に転がった。
「俺は、ほかの窓の鍵を確認してくる」
そう伝えると藪内は舌打ちして、半身を起こす。
「待てよ。あんたひとりで行かせるわけにはいかないでしょうが。ひとりで危ない目にあったら……」
「いや、俺ひとりでいい。おまえはみさきちと一緒にいてくれ」
藪内がこちらを見上げて、唇を震わせた。なにか言いたげだった――たぶん、「優先順位」に関することを。
俺は、藪内のそばにしゃがみこんだ。顔を近づけ、やつにだけ聞こえる大きさの声でささやく。
「俺はおまえの共犯者だけど……価値判断まで譲り渡したわけじゃない。こんな状況で、みんなを救うことはできないかもしれない。それなら俺は、より小さい者を、より弱い者を助ける。それが俺の贖罪だからだ」
友介を、父を――そしてあるいは母を、守れなかったことの贖罪。
藪内が、あきらめたような顔で笑った。ちょっと前まで、よく見た表情だ。……こいつは、なにをあきらめたというんだろう。
「なんかふたりとも仲良くなったねぇ」
俺の声が聞こえていない美咲は、のほほんと感嘆していた。
……点かない。どうやらブレーカーの問題ではない。そういえば、妙に寒いと思ったらエアコンが止まっている。さっきも美咲が押していたはずの玄関のチャイムが鳴らなかった。
停電が始まった。そうだ、これは終わりの始まりだ。
スマホはまだ繋がった。電波はある。しかし、調べてみたところ――このまま停電が続けば、一日から数日で基地局が稼働しなくなるという。
「諒ちゃん、あかりん!」
リビングルームで休んでいたはずの美咲が、ブレーカーの前で腕組みしている俺たちのもとへ駆けてくる。
「どうした?」
「叩いてる! 窓を外から叩いてるよぉ……!」
「クソ、嗅ぎつけられたか!」
俺たちはリビングルームの掃き出し窓に駆け寄った。カーテンを引いている向こうから、バン、バン、と窓ガラスを叩く音がする。
「ヴ〜〜〜〜……」
うめき声がこちらまで届く。それも、複数だ。
藪内が窓のほうを睨んだまま、コーヒーテーブルから武器を取り、俺に警棒を渡した。自分の手元には拳銃を残す。それを見た美咲が、ギョッとした顔をする。
「それを使って、なにするの……?」
藪内が馬鹿にしたように浅く笑った。しかし、やつが口を開く前に、俺は言葉を被せた。
「みさきち。もし、あいつらが家のなかに入ってきたら、二階へ逃げて隠れていてくれ。朝が来るまで、絶対に出てきちゃいけない」
この街灯の少ない島で、夜に外へ出るのは自殺行為だ。せめて朝まで待たなくては。
俺の言葉に、藪内が舌打ちをする。一体なにがそんなに気に食わないのか。
俺は挑発に乗らず、静かに提案した。
「ひとまず、バリケードを作ろう。あいつら、頭は弱いが力は強い。このまま叩き続けられると、ガラスが割れて家に入ってくるかもしれない」
「バリケードを作ってるあいだ、オレたちは丸腰になる。……そいつにも手伝わせてくださいよ」
「藪内」
俺はたしなめるように名前を呼んだ。
「まだ小学生だぞ」
「だったら、なんだってんですか!? そいつが大声を出したからゾンビたちが集まって、オレの家に人がいるってバレたんでしょうが! 小学生だって、銃の引き金ぐらいは引けるはずです!」
美咲が大声で助けを呼ばず、ゾンビに襲われて死んだほうがマシだったって言うのか?
そう問い返したかったが、さすがに美咲自身の前では口に出せなかった。
俺はわかりはじめていた。「守りたいものの優先順位を決めたほうがいい」と語った藪内の順位で――美咲はかなり下のほうなのだ。
自分の母親が、一番。そして、どうしたことか、俺も上のほうにいるらしい。単なる打算――体力のある俺が味方だと助かるという理由かもしれないが……。
そのとき、凛と涼やかな声が場に落ちた。
「あたし、やる」
「……美咲」
「ふたりがバリケードを作ってくれてるあいだ、その銃を持って見張ってればいいんでしょう? できるよ。あたしには、人魚様のご加護があるんだもん」
美咲は心から「人魚様」と「ゾンビ」とのあいだに関係がないと信じている。それどころか、「人魚様」が自分を守ってくれると考えているようだ。
その根幹にあるのは、単なる「夢」――おそらくは解離のさなかの空想――というよりも、救い主としての「人魚様」を繰り返し頭に思い描いたことで強化された、信仰のようなもの。
「ア゙ーーーー……ア゙ーーーー……」
バンバンバンバン!!
ゾンビたちのうめき声はやまない。
俺たちは壁を埋め尽くす本棚のひとつを選び、中身を抜き出して、掃き出し窓にぴったりと沿わせた。さらに二人掛けソファを本棚の前に付け、その二人掛けソファのうえに重しとして一人掛けソファをふたつ載せて、本棚が動かないようにする。
ダメ押しで、抜き出した本をソファの前に山のように積み上げた。ゾンビが本を踏むことをためらうとは思えないので、大した効果があるとは思えないが……積み上がった本で転んで、時間が稼げたりはするかもしれない。
「ハァ、マジで疲れた……ちょっと休憩……」
家具が一箇所に寄せられて、部屋の中央に空間ができた。そこに藪内は大の字に転がった。
「俺は、ほかの窓の鍵を確認してくる」
そう伝えると藪内は舌打ちして、半身を起こす。
「待てよ。あんたひとりで行かせるわけにはいかないでしょうが。ひとりで危ない目にあったら……」
「いや、俺ひとりでいい。おまえはみさきちと一緒にいてくれ」
藪内がこちらを見上げて、唇を震わせた。なにか言いたげだった――たぶん、「優先順位」に関することを。
俺は、藪内のそばにしゃがみこんだ。顔を近づけ、やつにだけ聞こえる大きさの声でささやく。
「俺はおまえの共犯者だけど……価値判断まで譲り渡したわけじゃない。こんな状況で、みんなを救うことはできないかもしれない。それなら俺は、より小さい者を、より弱い者を助ける。それが俺の贖罪だからだ」
友介を、父を――そしてあるいは母を、守れなかったことの贖罪。
藪内が、あきらめたような顔で笑った。ちょっと前まで、よく見た表情だ。……こいつは、なにをあきらめたというんだろう。
「なんかふたりとも仲良くなったねぇ」
俺の声が聞こえていない美咲は、のほほんと感嘆していた。
