孤島・オブ・ザ・デッド

 新垣のじいさんへのインタビューは、複数回にわたって行われたようだ。
 そこで語られているのは、祖父母や親せきから伝え聞いた話が主だった。今70代のじいさんが戦前の話をすると、そうなるだろう。
 だから、信ぴょう性がどの程度のものかは、わからない。正確に言えば、俺たちの母親がその信ぴょう性をどのように考えていたかは、わからない。
 いずれにせよ、「旧軍の生物兵器」とやらの禍々しい実態を知ることができるという俺たちの期待は、裏切られた。
 じいさんは、戦前の島の祭祀について、それから島に伝わる怪談について、知っていることを語っているだけだった。
 曰く。
 じいさんのじいさんが小さかったころ――つまり大体、明治時代に入ってすぐぐらいのころに、比丘尼様の祭の「本祭」が行われるようになった。屋台が出て飴を買ってもらえるので嬉しかったが、父親(じいさんのひいじいさん)は「昔はこんなものなかった」と愚痴をこぼしていたそうだ。
 かつては、「人魚様」へのお供えと、「忌籠祭」だけがあったのだと。
 夜通し集落のみんなで飲み食いするようになったのも最近のことで――それまではただ、家の扉を固く閉めて、明かりを消し、息をひそめて夜明けを待つだけだったのだと。
「若い娘は、外へ出ると比丘尼様に連れて行かれてしまう。男はみんな、取って食われてしまう」
 そこまで読んで、俺は顔をあげた。
 リビングルームのソファに腰かけて、藪内と各々で母たちの集めた資料を読んでいるところだった。外に明かりが漏れないように、日が落ちても電灯をつけずに非常用の懐中電灯を使おうと話していたから、まだ日の光がある今の時間は貴重だ。
 俺の視線に気づいた藪内も、顔をあげる。
「今と昔で、『人喰い人魚』の怪談が違う」
 藪内は、少し得意そうな顔をした。
「やっぱり。七人ミサキの影響が出てくるのは、廃藩置県の明治以降のはずですからね。たぶん、七人もいないでしょ?」
「ああ。七人とは書いてない」
「人も喰わないでしょ。オレの想像どおり、『人喰い』の部分が戦時中の生物兵器に由来するものなら――」
「いや……」
 俺は、読んでいた資料を藪内に差し出し、問題の箇所を指でトントンと示した。
「……男女で違う?」
「呼び名も人魚じゃなくて、比丘尼様になってる」
「……」
 藪内は、うーんと唸った。
「石の名前については、どこかで触れられてましたか?」
「『人魚様』とは書いてあったな。でも、あの石は今でも『人魚像』って呼ばれてるだろ?」
 藪内は、二人掛けのソファに寝っ転がった。分厚い眼鏡の奥で目を細め、天井を睨みつけている。
「『人魚様』にお供えをすると、『比丘尼様』がやってくる。その夜に外へ出ると、若い女は連れて行かれ、男は取って食われてしまう……なんで女だけ若くないといけないんですかね?」
「知らん……」
 藪内は「ですよね」と応えて、考えこむように黙ってしまった。
「……おまえのほうは、なんかわかったか?」
 尋ねると意外に聞こえているようで、表情を変えずに口だけ動かす。
「まず、なんか、登記簿? っていうんですか? 大島のアレのコピーがありました。古いやつと新しいやつ」
 ずいぶん胡乱だ。藪内は自身のスマホを手に取り、しばらく操作した。俺のスマホに画像が送られてくる。……なるほど、古いやつと新しいやつだ。
 古い紙を写真で撮ったものは数枚あって、新しい紙を写真で撮ったものは一枚だった。古い紙の中央には旧字体で土地台帳と印刷されている。そう言うと、「あー。あれ、『台』って読むんですね」と藪内が納得したような声を出した。
「よくわかんねえけど、古いほうは書かれている内容がバラバラで。新しいほうには、会社の名前があります」
「ああ……複数の人間から、ひとつの会社に所有権が移ったみたいなことか」
「そそ。その会社、製薬会社っすよね? 今、大島は製薬会社の私有地だって話をみんながしてましたけど、あれ、マジだったんですね」
 ふと思い立って、例の分厚い郷土史を取ってきた。年表を探すと、大島の記述は1938年で途絶えている。その年に、島に軍需工場が置かれたとある。
 次に、例の製薬会社の社史をスマホで検索する。しかし、公式サイトには創立が1952年とあるだけで、詳細は不明だ。創立者の名前も、沿革も書かれていない。
 妙な感じがして、創立者を検索する。すると、さまざまな個人サイトがヒットした。
「……会社の創立者は、もともと軍医みたいだ」
 どこまで信じていいものかわからないが、センセーショナルな文字が踊っている。人体実験。GHQとの取引。公職追放。
 藪内が、ごくりと唾を飲んだ。突拍子がないと感じられていた藪内の説――大島へ渡った動画配信者が、陽那島にゾンビウイルスを持ち込んだ――が、次第に真実みを帯びてくる。そのことが自分でも信じられないようだ。
「それと、もうひとつ。気になったものがあって……」
 藪内から別の写真が送られてきた。
 開いたとたん、ギョッとした――今度は、ひと目見てその意味することがわかった。
 地域新聞の切り抜きだった。1959年、陽那島の岬で自殺体が見つかる。遺体は損傷が激しく身元を特定できないものの、遺族が行方不明を届け出ていた新垣よしのさんであると推測される。享年三十六――。
「新垣のじいさんの奥さんですかね?」
「それにしては歳が離れてるな。じいさんって、今、七十代後半だろ? そしたら当時は……十歳そこらだ」
「じゃあ、お母さんとか?」
 記事からは、じいさんと女性の関係はわからない。しかし、よりにもよって、あの岬で自殺をしている。なにより、その事件記事を俺の母が収集していた。
「これは……新垣のじいさんに、直接、話を聞かないといけないかもしれないな」