それからも華道くんは僕を食事に誘い、僕はその招待を受けた。
クラスで一番の人気者がクラスのはぐれ者と一番仲がいいという事実にクラスのみんなの心中は当然面白くなかったっぽいけど、華道くんに注意を受けた男子生徒がみんなに彼の様子を話したのだろう。クラスでの嫌がらせもあの日以来パタリと止んだ。
陰口や妬みの心の声が止むことはないけれど、そういうのも耐えられる範囲で収まっている。なにより、僕は十六歳にして初めて友達が出来たんだ。今では華道くんを「創くん」と名前で呼ぶほどの仲良しになった。
華道くんも大きな屋敷にひとり。僕もひとり。
ふたりで過ごす理由はそれだけで十分だった。
「ああぁ、またやっちゃった。うう、ごめん」
「直生、そこ苦手だね」
華道くんがクスッと笑う。
「難しいー。ちゃんとボタン押してるのに」
「側面の二つのボタンを同時に押すとジャンプするよ」
食事が終わり華道くんの部屋でゲームに興じながら、何気なく質問した。
「創くんって料理上手だよね。なんでも作れちゃうし。いつもご飯は創くんが作るの?」
「そうだね」
サッパリした表情で応える。そこに悲しみも怒りも存在しない。これが華道くんの通常だけど、華道くんに感情がないからこそ、僕は浮かんだ疑問を簡単にぶつけていた。
「おばさんは? 今日も仕事?」
「仕事」
「遅くまで大変だね。創くんも一人っ子なの?」
更なる問いに華道くんは表情を変えることなく言った。
「兄がいたよ。もう会えないけどね」
過去形……。
今度ばかりは無邪気な質問は出来なかった。
華道くんの表情はいつもと変わらないけれど、冷たい空気が流れたのを感じた。
触れてはいけなかったかな……何かの事情で亡くなったとか……それとも離婚して父親に引き取られ離れ離れになっちゃったとか……。
そんな詮索をすることもなんだか申し訳ないような気がして、すぐに考えるのを止めた。
話を逸らそうとコントローラーへ視線を落とす。
「難しいなぁ、ちゃんとボタン押してるんだけどなぁ」
本当に難しい。今までずっと避けてきたことだったから。こんな時、みんなはなんて声をかけるんだろう。
「ほら、側面の二つのボタンを同時に押すとジャンプするよ」
華道くんがわざわざ戻って来てくれて、もう一度やって見せてくれる。
「うーん、そうなんだけど……ああ、またっ」
僕のキャラクターは道路に開いた大きな穴をジャンプできずまたもや転落してしまう。
「これ、一生抜け出せないかも」
泣き言を言うと僕のコントローラーを華道くんが握った。
「貸して。……ほい」
僕のキャラクターが難所を悠々とジャンプする。
「ありがとー。なんで出来ないんだろうな~」
ウームと口を尖らせ、小首をかしげると、華道くんが妙に楽しそうな表情になる。
「そこは慣れないと落ちるところだから」
「創くんも落ちていたの?」
「……僕は一発でクリアしてたかな」
「へ?」
何度も落ちてたのは創くんじゃないってこと? ……あ、お兄さん?
僕は咄嗟に思ったけど、口には出さなかった。
きっと、お兄さんは僕みたいに不器用で、ここでよく落ちていた。それを創くんがさっきやってくれたように代わりに操作していたんだろうな。
僕は楽しそうな華道くんの表情をこっそり盗み見て、その真実を確かめるのを控えた。
「せいちゃんは……、兄の名前は誠一っていうんだ。僕の五歳年上で、すごく仲良しだったんだ」
突然、話し始めた華道くんにそっと目を向けると、彼はゲーム画面を見つめたままだった。
だから僕もテレビ画面に視線を向けた。
「うん」
相槌を打つと、華道くんは器用にコントローラーを操りながら、またポツンと続ける。
「せいちゃんは風邪を引くと喘息になっちゃって。よく学校を休んでた。だから、小学校から帰った僕と、よくこうやってゲームをしたんだ」
「そうなんだね」
「僕の得意なゲームに付き合ってくれて、せいちゃんが上手にできないところを僕がクリアすると、創はゲームが上手いなって、いつも褒めてくれた」
華道くんの心の声は聞こえないけど、寂しい気持ちが伝わってきた。お兄さんへの気持ちと一緒に。でも……だからこそ。
「いいなぁ、僕は兄弟がいないから華道くんが羨ましい」
もうお兄さんには会えないって華道くんは言ったけど、それでもお兄さんとの思い出はきっとずっと華道くんにとって宝物だって思うんだ。
華道くんのキャラクターを追いかけながらダンジョンを進んでいく。前方に青いクリスタルが見えた。
やった! ホームポイントだ。体力(HP)もそろそろ半分近くになって来たし、回復アイテムも温存したいもんね。
「あ、そうだ」
華道くんがなにかを思い出したような声を出すと、テレビ画面がブッと突然、真っ暗になった。
え! なに? 停電!?
僕はビックリして慌てて部屋を見渡したけど、照明はちゃんとついていた。華道くんが僕を見てニッコリしてる。
「……華道くん?」
「ちょっと待ってて」
コントローラーを手放すと、僕の手からもコントローラーをサッと取りあげてしまう。そのままクローゼットの戸を開いて、白くて四角い箱を持ってきた。床に置いたコントローラーを手で押し退けて、僕の前にあぐらをかく。
「はい、これ」
ズイ、と差し出された白い箱。
「な、なに?」
「プレゼントだよ」
「あ、ありがとう」
プレゼントって……なんで? 僕の誕生日はまだまだずっと先だし、何の日でもないよね?
「開けて」
「う、うん」
白い箱を開けたら中にはみんなが学校に持って来てる携帯が入ってた。
「え、これって」
「直生のだよ」
「え、でも。僕、お金ないし」
「大丈夫。プレゼントだから気にしなくていいよ」
華道くんが箱の中の携帯を手に取った。ボタンを押すとパッと明るくなる。上部には時間が表示されてて、背景の写真は華道くんが作ったこの前作ってくれたオムライス。”なお” ってケチャップで名前を書いてくれたやつ。
そういえば、名前を書いてくれたあと、写真撮ってたっけ。”なお”のオムライスの奥には、僕が”そうくん”って名前を書いた華道くんのオムライスが小さく映っていた。
あの時は、すごく照れ臭かったんだよね。いきなりケチャップを渡されて「僕の名前書いて」なんて言われて。ドキドキしながら書いたのを覚えてる。だって、腕がぴったりくっつくくらい近い距離で僕が書くのを見つめてきたんだもん。華道くんは喜んでくれたけど、手が震えちゃって、変な字になっちゃったんだよね。
この写真では距離があるから僕の書いた文字は見えないけど。
華道くんが画面をスライドすると、アイコンが並んだ画面に変わった。
そのひとつをタッチすると鳩のアイコンの横に”創”の文字。
「ここタッチしたら、いつでも僕と会話できるからね」
「へぇ~」
「僕の携帯のアドレスも入れておいたよ。万が一……にもないとは思うけど、もし既読マークがつかなかったら、電話から普通にかけてきてもいいからね」
「……それって」
携帯画面からそろりと顔を上げると、華道くんがキラキラした目で僕を真っ直ぐに見ていた。
「これからは、いつでもどこにいても一緒ってこと」
いつでも……どこにいて……も?
華道くんがニッコリ笑った。その顔を見たら、どんどんふわぁ~って気持ちが軽くなって、なんだかわからないけど頬っぺたまで緩くなって、僕は「うん!」って頷いていた。
◇ ◇ ◇
それからもふたりの夕食の時間は続いた。
最初は奇怪な目で僕らを見ていたクラスメイトたちも、いつしか慣れたのか、今ではやっかみの心の声すらも聞こえてこない。
華道くんを、地味な生徒にも心を配る素晴らしいリーダーだと教師も含めてみんなが納得していた。
華道くんの本音は今もわからない。もしかすると恐ろしい人なのかもしれない。
そう考えちゃうこともあった。ほんとうにたまにだけど、華道くんの目に光がないように見えるときもあって。
でも、他人の感情が流れ込んでくることに苦しんできた僕にとって、華道くんの隣は安全だし、居心地がいい。それがたまに感じる恐怖を麻痺させていたのか、錯覚させていたのか。僕にもよくわかっていなかった。
時々、布団にもぐった時なんかに考える。
もし華道くんがいなかったらって……。
僕は今、ここにいなくて、あの時屋上から飛び降りていたんだ……よねって。
それとも、やっぱり飛び降りられなかったんだろうか?
考えると怖くなる。
あの時、死ねなかったら、僕は今もひとりぼっちのまま……。雑音だらけの教室で耳を塞ぐ僕。笑うクラスメイト。
どこに行っても笑い顔がつきまとって、きっと僕は、静寂を求めて公園に向かう。
ひとりぼっちで鳩に話しかけて……。もう、あの頃には戻りたくないな。
天井をジッと見つめてると、木板の節のところがぐにゃりと笑った顔に見えたりしてギュッと目を閉じて布団をかぶる。
早く朝が来ますように。早く華道くんに会えますようにって祈って。それでそのまま眠っちゃって、朝が来て、明るい部屋をグルリと見回して、僕は携帯を掴むんだ。
『おはよう。今日も学校で話そうね』
届いているメッセージに心がほどけてホッとする。
華道くん……。
