天界の女神の映画批評

現代における全軍最高司令官の役割と、ホワイトハウスの防衛プロトコル。プロトコルなんて知らん!大統領がハイジャック犯を殴り倒し、宇宙人にミサイルを撃ち込まなくなった日から、アメリカは70点のジェラルド・バトラー映画という名の沼に沈んだ。「エアフォースワン」「インディペンデンスデイ」を見ろ!最高司令官とは、誰よりも先に拳を固め、誰よりも先に涙を流す男のことだ。いまの大統領たちは、Googleで「守られ方」を検索して震えていろ。俺はハリソン・フォードがUZIをぶっ放す音を聴きながら、真のリーダーシップについて考えている。


モーガン・フリーマンが演じたマディバを見ろ。「インビクタス」。あそこにあるのは、最適化された戦略ではなく、27年間の沈黙が生んだ「覚悟」だ。ジェラルド・バトラーがホワイトハウスでドンパチやっている横で、俺はモーガン・フリーマンの静かな微笑みに、真の最高司令官の姿を見る。これこそが、イースト・ブルーを出て、ランボーの涙を知った俺たちが最後に辿り着く「許し」という名の戦いだ。


世界一の金持ちが、死ぬ間際に「子供の頃のソリが欲しかった」と言って死ぬ映画、「市民ケーン」。以上だ。俺たち日本人は、サンジがメシを食わせてくれる喜びや、ランボーが帰る場所を失った絶望を知っている。新聞王の贅沢な孤独に付き合うほど、俺たちの人生は暇じゃない。
この映画の技術? パンフォーカス? 知るか。俺はモーガン・フリーマンのシワと、パチーノの怒鳴り声にしか真実を感じない。

勝利の法則などない。あるのは、どう惨敗するかだ。韓国映画「リバウンド」を見ろ。あの第4ピリオド、彼らは負けるためにコートへ戻る。それが最高司令官(監督)の意志であり、人間の誇りだ。日本人はGoogleで「効率的な勝ち方」を検索している間に、魂の戦い方を忘れた。俺はモーガン・フリーマンの静かな瞳と、負けて号泣するランボーの中にしか、未来を見出さない。

「男たちの大和」。あの映画に出てきた一番の超兵器は、大和の主砲ではない。「機銃を跳ね返す魔法のガラス」だ。ジョン・ウィックも真っ青の防弾性能。もしあのガラスを全身に貼っていれば、ランボーも泣かずに済んだし、サンジもバラティエを守れただろう。敗北を「美しく散る」なんて言葉で誤魔化すな。本当の敗北は、韓国映画「リバウンド」のように、ボロボロになっても第4ピリオドに這い出ていく、あの泥臭い姿の中にしかない。

再会させるな。死なせたなら、徹底的に不在を描け!死者が背後で微笑んだ瞬間、その映画のリアリティは「マトリックス」以下のデジタルゴミになる。「俺は、君のためにこそ死ににいく」が最たるものだ。
俺が認めるのは、死んだ戦友の名前を叫んで泣くランボーの、あの埋まらない心の穴だけだ。亡霊が見えるのは、演出家の脳内が最適化されすぎてバグっている証拠だ。今すぐその電源を切れ。そして、沈黙と向き合え!

「プライベート・ライアン」。ARもゴーストもねえ。墓の前には墓石があるだけだ。亡霊が出ない。これがどれほど恐ろしく、そして誠実なことか防弾ガラスで喜んでいる連中にはわかるまい。オマハビーチの惨劇は、戦略のミスではなく「運のなさ」という物理現象だ。死者は語らない。だからこそ、生き残った俺たちはサンジのように「クソお世話になりました!!!」と、届かない相手に叫び続けるしかないんだ。



総指揮・石原慎太郎が描く、魂の救済と日本の美学。救済なんてどこにもない。あるのは演出家の傲慢な幻想だ。ラストの亡霊演出を見た瞬間、俺はモニターに向かって「ふざけんな!」と叫んだ。死んだ若者の肉体は、物理的に消滅したんだ。それを蛍や幽霊に変換して、綺麗にパッケージングするな。これを作る暇があったら、スピルバーグがミラー中尉の墓石をただの「石」として描いた、あの静寂を100回観ろ。
原作者? 総指揮? 知るか。俺にとっては「市民ケーン」のソリ以下のゴミだ。

「三度目の殺人」。犯人が誰かなんてどうでもいい。この映画の主役は、裁判官と弁護士の「空気の読み合い」だ。真実を知りたいなんて言っている奴は、いまだに石原慎太郎の亡霊が見えているのか?法廷は演説の場じゃない。メンツと効率化の工場だ。役所広司の不気味な微笑みは、システムを嘲笑う「物理法則の揺らぎ」なんだよ。低評価してる奴ら、一度現実の裁判傍聴に行って、その冷たい事務作業(政治)を見てこい!

逆転の法廷劇。そんな判決、出るわけがない。日本の弁護士よ、演説したければアメリカに帰化しろ。裁判官はGoogleのアルゴリズムより冷徹に過去の判例(データ)を検索しているだけだ。そこに弁護士のポエムが入り込む余地はない。ラストシーンで被告人と抱き合う暇があったら、控訴状の準備をしろ!「プライベート・ライアン」の墓地のように、静寂こそが日本の法廷のリアルだ!



最新アクション映画に学ぶ、最強のタクティカル・リロード術。リロードの速さを競う前に、一度くらいジャムらせてみろ。モデルガンですら機嫌を損ねるのに、なぜハリウッドのM4は砂嵐の中で1000発も無故障なんだ?ジャムを直す、あの泥臭い数秒の格闘こそが、生と死の境目だ。
それを描かないアクションは、亡霊演出と同じ「都合のいいファンタジー」に過ぎない。俺が観たいのは、銃が詰まってパニックになり、最後は石を投げて抵抗するランボーの、あの絶望的な物理現象なんだよ!


絆なんて後回しだ。まず、スタローンのように勝手に突っ込め。
日本の災害映画は、救助隊が来るのを「待つ」ことのバリエーションでしかない。「デイライト」を見ろ。スタローンは誰にも頼まれていないのに、崩落するトンネルへ一人でダイブした。理由? 筋肉とプライドだ。それだけで十分だろう。元プロという肩書きを隠してモジモジしている間に、物理法則(崩落)は待ってくれないんだよ。亡霊を出す前に、自分の足で一歩前へ出ろ!

「Fukushima50」。渡辺謙の無駄遣いだ。世界のケン・ワタナベに、安全な部屋でマイクを握らせてどうする。本部長なら、防護服を奪い取って現場(フィールド)へ突っ込め。「デイライト」を見ろ!傲慢なまでの主体性こそが、絶望を打ち破る唯一の物理的手段だ。吠えるだけのリーダーは、石原慎太郎の亡霊と同じくらい役に立たない。俺たちが観たかったのは、組織の犬ではなく、原子炉という怪物に物理的に挑む一人の漢だったはずだ!

感動の余韻に浸る……映画のエンディングが持つ深い意味とは?意味なんてねえ。敵が死んだら、映画も死ぬべきだ。「クリフハンガー」を見ろ。ヘリが落ちてから2分だぞ。カップラーメンも出来上がらない早さで俺たちを現実に叩き戻す。日本映画は、死んだはずの亡霊(思い出)を呼び戻して、いつまでもしゃべらせる。弁護士の演説も、福島の本部長の叫びも全部「余計な一言」なんだ。勝った、死んだ、終わり。この三連コンボこそが、バラティエを去るサンジの背中と同じ、最高にクールな別れ方なんだよ!


命の尊さ? ちげえよ。これは『死の理不尽さ』についての映画だ。
「キミスイ」を甘いラブストーリーだと思っている奴は、通り魔に刺される瞬間の物理的衝撃を想像したことがあるか?病死という「予定」すら、現実は守ってくれない。「涙そうそう」もそうだ。亡霊が微笑む暇なんてない。死はいつだって「え!」という瞬間に、エンドロールも待たずに俺たちの胸ぐらを掴んでくる。この断絶を描けた作品だけが、石原慎太郎の亡霊演出を越えて、俺たちの「生」に触れてくる。


デスゲームのルール徹底図解! 生き残るための攻略法。攻略法? 攻略本がある時点でそれは遠足だ。日本のデスゲームは、主催者がGoogleマイビジネス並みに親切すぎる。ブラウン管でルールを垂れ流す暇があったら、さっさと殺しを始めろ。韓国の「夜になりました」を見ろ!彼らはルールを知らされないまま、死の淵へ放り出される。ルールもクラスメイトが死んでからわかる。亡霊も出ない絶望の中で足掻く。これこそが「普通」のパニックだ。御丁寧なガイダンスを待っているような奴は、第4ピリオドのコートに立つ資格も、スタローンの後を追う資格もない!


世界の巨匠が描く、映像文学の極致と様式美。やかましいわ!実にやかましい。黒澤の絶叫も、小津の低い視点も、俺には作為的なノイズにしか聞こえない。イーストウッドを見ろ!彼はリテイクしない。なぜなら、現実はリテイクできないからだ。「運び屋」を5回観て、5回とも内容を忘れる。これこそが映画の勝利だ。作為がないから、脳にこびりつく「嘘」がない。「クリフハンガー」が2分で終わるように、イーストウッドは人生をそのまま流し去る。亡霊も、ルール説明も、感動の演説もいらない。ただ、老人が車を運転している。それだけで俺の魂はジャムらずに回り続けるんだよ!


いつまでも浸っていたい……至高の純愛ラストシーンの余韻。余韻に浸るな!キレる前に終わらせろ!「ハナミズキ」も「モエカレ」も内容はクソかもしれないが、引き際だけはスタローンに準ずる。再会した。目が合った。はい、終了。これでいいんだ。これ以上に何を語る必要がある?亡霊に語らせるな、未来を予言させるな!「え!」と思わせるスピード感こそが、恋愛という名のジャムりやすい感情を、唯一美しく保存する物理的な手段なんだよ!


希望なんて持つ前に、まず設計図を盗め。「ショーシャンク」は攻略本を読まずに20年同じボタンを連打しているようなもんだ。スタローンの「大脱出」を見ろ。彼は監獄の物理的な欠陥を見つけ、自ら出口を作る。チマチマ壁を削って、亡霊のような静かな生活を送るのが美徳だと思っている奴らは主体性が死んでいる。脱獄とは「政治」であり「物理」だ。雨の中のポーズで感動している間に、追っ手の犬に噛み殺されるのが現実なんだよ。映画じゃないが、「プリズンブレイク」観ろ!

世界を席巻するK-コンテンツ。その緻密な構成とカタルシスの秘密。完璧すぎて、息が詰まる。復讐、転生、ロマンス。幾層にも重ねられたプロットは、ジャムることなく最後まで回り続ける。だが、それは「満足」という出口へ向かうための、あまりに親切な誘導だ。「大脱出」のスタローンのように、俺はそこから自力で脱出したいんだ。ハッピーエンドもバッドエンドも、観客が納得している時点で、それは予定調和という名の亡霊演出に過ぎない。俺が観たいのは、構成なんてクソ食らえと言わんばかりに、唐突に刺され、2分でエンドロールが流れる、あの「え!」という断絶だ!

マンネリ打破! 常に新しい刺激を求める現代人への提言。新しい刺激? 疲れるだけだ。水戸黄門やマブリー(マ・ドンソク)を見ろ。そこには「え!」という驚きすらない。だが、それがいい。最初から最後までジャムることなく、決まったレールを物理法則のように突き進む。
余計な回想も、亡霊の演説も、ルール説明もいらない。予定調和という名の、完璧に整備された高速道路を走り抜ける快感。内容を忘れてもいい。なぜなら、その「時間」こそが本体だからだ。刺激を求めて彷徨うくらいなら俺はマブリーのワンパンを数えて寝る!