あやかしの寄る辺に従い

清人「冗談だよ、ほむら。私が君の婚約者を奪ったりなんて、するわけないでしょう?」

ほむら「……」

妖艶な笑みを浮かべる清人。

清人「ただ、彼女の気が変わったら話は別だ。君は彼女の意思を尊重するだろう?」

ほむら「貴様……」

清人「私は客人だ。そんな態度で、いいと思ってるのか?」

ほむら「行くぞ、澪」

澪「えっ、ほむら様?」

清人「またね、澪ちゃん」

澪「失礼いたします」

ほむらの後を追って部屋を出て行く澪。
少し先の廊下で立ち止まるほむら。

ほむら「カッとなって、すまなかった。君の本当の婚約者でもないのに」

澪「いえ……私の為に怒ってくださったのでしょう? 私は嬉しかったです」

ほむら「……」

澪「……」

雪仁「あの、仲良くするは別の場所でお願いします」

二人の後を追いかけてきた雪仁は、その場の空気に耐えきれなくなったのかそう言った。
焦る澪とほむら。

澪「仲良くだなんて、そんな……」

ほむら「そうだぞ、雪仁。適当なことを言うんじゃない」

雪仁「若旦那様。若奥様をあやかし商店街へ連れて行ったら、いかがです? この世界のことを、説明しないままこちらの世界へ連れてきたのでしょう? 何も知らない若奥様がかわいそうです」

ほむら「そ、そうだな……」

雪仁「こちらは研修ということで、若奥様は午後はお休みで構いません。若旦那様も今日の予定は何もありませんよね?」

雪仁の勢いに押されるほむら。

澪「ふふっ……」

ほむら「なにが、おかしい。澪」

澪「いえ、ごめんなさい。ほむら様もそのような表情をされるのですね」

そういわれて、自分の頬に手を当てるほむら。

ほむら「行くか? あやかし商店街へ」

澪「行ってみたいです」

そう言って笑った澪の表情に安心するほむら。

雪仁「逢い引き、楽しんできてくださいね。行ってらっしゃい」

逢い引きと言う言葉に固まる澪とほむら。

ほむら「行こう」

そう言って、澪に手を差し出すほむら。

澪「はい、ほむら様」

鬼船(少し大きめのボート)に乗って、出掛けるほむらと澪。
見送りに出てくる屋敷の使用人たち。

ほむら「行ってくる」

使用人たち「行ってらっしゃいませ」

ほむら「すぐに戻って来るよ」

雪仁「たまには、ゆっくりしてきてください」

ほむら「ありがとう……」

船は、鬼屋敷(5階建て)の3階にある船着き場から出ると、空中を浮かびながら飛んでいた。

澪「すごいですね」

ほむら「鬼火が動力になっているのだ。澪、危ないから顔を出すのはやめなさい」

澪の肩を掴んで船内に引き戻そうとするほむら。
慌てた澪は、船から落ちそうになってしまう。
澪を引き寄せ、抱きしめるほむら。

澪「……」

ほむら「ほら、言ってるそばから……」

至近距離で見つめ合う、ほむらと澪。

ほむら「見えて来たぞ」

船の上から、大きな街が見えた。街の入り口には船着き場が設置されており、『大船』『小舟』『ボート』で船着き場が分かれており、停船する場所が白い線で区切られていた。

ほむら「これを持って街の入り口で提示して欲しい」

ほむらは澪に長方形の木札を手渡した。

澪「これは?」

ほむら「鬼人の連れという証だ」

澪「連れですか?」

ほむら「それと、これを……」

そう言ったほむらは、狐の仮面を袂から取り出すと澪に手渡した。
ほむらは自分が着ていた羽織を脱いで、澪に着せた。

澪「え?」

ほむら「清人みたいに鼻の効く妖もいるだろう。念のため着ていて欲しい。これは、私の匂いがするだろうから」

そう言われて、羽織の匂いを嗅いだ澪。

澪「匂いなんか、しませんけど?」

ほむら「いいんだ、着ていてくれ」

澪「はい」

仮面をつける澪。
二人が街の入り口で門番に木札を見せると、門番をしていたタヌキの妖が言った。

タヌキの妖「ほむら様、この度はご婚約、おめでとうございます」

ほむら「ああ……あまり騒がないでもらえると助かる。彼女が人見知りなのでな」

タヌキの妖「さようでございましたか。どうぞ、ごゆっくり」

タヌキが一礼をすると、街へ入るほむら。
その後をついて行く澪。

澪「婚約の話が広まっているのですね」

ほむら「妖は、噂話が好きだからな。狭い世界だし、噂はあっという間に広がるさ」

澪「とても狭い世界には思えないのですが……」

人通りの多い商店街を見つめる澪。

ほむら「この商店街には、1000万もの妖が出入りしていると言われているか。だから、多く見えるのだろう」

澪「1000万?!」

ほむら「この狭い世界に、大勢の妖が住んでいるんだ。妖同士で衝突もあるから、門番と警備を置いている」

澪「確か雪仁さんが、鬼界以外からも人が来ていると言っておりましたわ」

ほむら「ああ。鬼界以外に天狐界、天狗界、連合会、タヌキの会がある」

歩きながら、手を繋いでくるほむら。
焦りながらも、これはフリなのだと思う澪。

澪「そんなにあるのですね」

ほむら「毎年、年明けに評議会があるので、その時に彼らと顔を合わせるのだが、それ以外で他種族と顔を合わせる機会があるのは、この商店街くらいかな」

澪「では、鬼界には鬼人だけが住んでいるのですか?」

ほむら「そうとは、限らない。雅は鬼人ではないだろう? ただ、鬼人は鬼界以外の場所では生活がしづらいらしくてな。鬼界以外で住んでいる人は、ほとんどいない」

澪「住みづらい?」

ほむら「だいたいの鬼が怯えられるそうだ。友達も出来ない。そんな場所に住みたいと思うか?」

澪「いいえ……妖であっても、そんなことがあるんですね」

ほむら「澪……」

澪「あっ、ごめんなさい」

ほむら「いいんだ、事実だし。鬼人は今も昔も怯えられる。澪は、私が怖いか?」

澪「私は……」

ほむら「私は?」

澪「初めてお会いした時、怖いと思いました。でも今は……」

ほむら「……」

澪「ほむら様に親しみを感じています」

そう言った澪は顔を赤くした。

ほむら「それは……」

串焼き屋の大将「へい、らっしゃい。焼きたて美味しいよ。おまけするから、買ってかないか?」

元気な声が聞こえて振り返る澪とほむら。
そこでは、ハチマキを頭に巻いたかまいたちの妖が串焼きを売っていた。