あやかしの寄る辺に従い

時は明治。京都先斗町の川の側に建つ一軒家には、発明家である高徳要と養子縁組で三歳の時に娘になった高徳(みお)が住んでいた。澪は両親を幼いころに亡くし、遠い親戚である要に引き取られていた。

要「あっー、また失敗した。どれ、金具を変えてもう一回」

澪「おじいちゃん、お茶でも淹れてくるわ」

戸籍上は父だが、見た目は祖父と孫。
澪は「お父さん」ではなく、「おじいちゃん」と呼んでいる。
要の性格は穏やか。何を言っても怒らない。

要「いつもありがとう。からくり人形で頼む」

澪「分かったわ」

澪は女学校を卒業した後、嫁に行かずに要の実験を手伝っていた。
淹れ終わったお茶を、からくり人形が持ったおぼんの上にのせると、澪はスイッチを押した。
からくり人形は、ゆっくり動いて要の前で止まる。

澪「ちょっと、濃くなっちゃったかな」

要「そんなことないさ。美味しいよ」

その時、家の外から声が聞こえた。

尋ね人(小山田)「ごめんください」

澪「はぁい」

澪は階段を下りていくと、玄関へ向かった。玄関を開けると、そこには隊服を着た大勢の兵隊がいる。

小山田「この家に、高徳先生はいらっしゃいますか?」

澪「高徳要でしょうか?高徳要は、私の父ですが……」

小山田「ご在宅でしょうか?」

澪「はい。呼んできましょうか?」

小山田「いえ。それには、およびません。尾坂隊長、準備を」

尾坂「はっ」

小山田は、後ろに控えていた部下たちに合図を送った。
すると、家の中に兵隊が雪崩れ込むように入って来る。

澪「何ごとですか?」

小山田「高徳要。貴殿に爆発物製造の疑いがかかっている。神妙にせよ。さすれば、そなたに害はない」

小山田は、帽子を被りなおすと全体の指揮を執っていた。

尾坂「小山田隊長! その女も実験を手伝っていたようです」

要「待て。澪は何もしてない。家の中では、炊事洗濯をしてるだけだ」

要は既に縄で縛りあげられていた。髪を振り乱しながら、小山田へ食ってかかるように何もしていないと言い張る。

尾坂「隊長、どうされますか?」

小山田「やむを得ん。疑いがある以上、連れて行くしかあるまい」

澪「……」

澪と要は拘置所へ移送された。

※※※※※

澪と要は別々の牢屋へ移送された。
牢屋にうずくまるように座っている澪。
牢屋の扉が開き、小山田が入って来る。

小山田「高徳澪」

澪「はい」

小山田「そなたに掛けられた疑いは、爆発物製造のほう助だ。高徳要は天皇暗殺の疑いがあったため、処刑された」

澪「……え?」

小山田「君は関わっていないとのことだったが、真実が明らかになるまで大人しくしていろ」

澪「待ってください。おじいちゃんは、本当に何も……」

澪の目に涙が溢れる。視線を逸らす小山田。

小山田「すまない。私にも分からないが、裏で糸を引いていた者がいると思う。どうにか出来ないか、こちらでも可能な限り動いてみる」

小山田が話していると、牢屋に誰かが入って来る足音が聞こえた。
澪の顔の前に人差し指を立てる小山田(仕草で合図を送る)

尾坂「小山田隊長、こちらへいらしたんですか」

小山田「ああ。今しがた訃報を知らせに来たところだ」

尾坂「そんなこと言って……。一人で楽しむつもりだったんじゃありませんか?」

小山田「何を言っている」

尾坂「死刑確定の女子をどうにかしたって、誰も咎めはしませんよ」

尾坂の言葉に、怯える澪。涙を拭い、睨むように尾坂を見ている。

小山田「死刑が決まった訳じゃない」

尾坂「またまた……小山田隊長も気がついてるんじゃないんですか。裏で糸を引いている人物がいることに」

小山田「……」

尾坂「上には逆らわない方が利口ですよ。しかも、あなたはエリートだ。出世に響くようなことはしない方が賢明です。ですから、今から、ここで起こったことには目をつぶっててください。私から父に話をしましょう。彼女も死刑を免れれば、私に恩を感じるはずです。なに、釈放前に遊郭に渡せばいい」

尾坂の父は、警察のトップである。
今まで幾度となく問題を起こし、その度に小山田は尻拭いをさせられてきた。
拳を握りしめ、顔を顰めながら俯く小山田。

澪「やめてください」

尾坂「目をつむっていれば、すぐに終わる。死にたくなければ、大人しくしていろ」

澪の手を掴み、押し倒そうとする尾坂。

澪「いやー!」

その時、目の前に風が起こった。
風がやむと、目の前には角の生えた小山田。
眼は赤く光っている。

尾坂「お前……」

小山田は尾坂の首を掴むと、壁に投げつけた。
壁が凹み、床に倒れる尾坂。
尾坂の意識はなく、血を流して倒れている。

澪「ひっ……」

小山田「澪と言ったか。私について来るか?」

手を差しだす小山田。戸惑う澪。
その時、小山田は澪に微笑んだ。寡黙な小山田が笑ったことに驚きつつも彼に見惚れる澪。

澪「……えっと」

小山田「ついてこなくても、殺したりはせん。ただ、ここにいれば死刑か遊郭は確定だろう」

兵隊の声「なんの物音だ?」

近づいてくる足音。

澪「行きます!」

澪が小山田の手を掴んだ瞬間、小山田は壁に穴をあけて空中に舞い上がった。
身体を抱えられていたが、飛んでいることに驚いて青ざめる澪。
小山田の隊服を掴んで震えていたが、小山田が澪の身体をそっと抱きしめる。

兵隊の声「脱走だ。脱走ー」

遥か下の地上から声が聞こえる。
小山田に抱きしめられて安心した澪は、意識を失ったのだった。