事故物件シークレット研究会

「部長、照明はさすがにデカいんでオレが持ちます。落としてケガすると危ないんで」
「ご、ごめん志度くん。借り物だもんね……」
「あれ、パソコン持ってきたっけ? おお、あったあった。予備バッテリーもあるし……こっちのノートとかはマコト頼む」
「分かった。そっちのバッグ重くない?」
「ぜんぜん。志度はなんか、テレビ局のADみてぇだな。本物の番組スタッフって言っても通用すんじゃね」
「はぁ……ウス」
 土曜日の正午。駅の改札で集まるなり、おれたちは荷物の最終チェックを始めた。
 スマさえあればどうにかなると思ってたけれど、実際に取材するとなると準備物がどんどん増えていく。大きな照明が必要になる場面もあるかもしれないし、ICレコーダーやバッテリー、動画確認用のパソコンも欲しい。おれが用意した資料なども合わせると、なかなかの量の荷物になってしまった。
 照明とレコーダーは志度くんが新聞部から拝借してきた備品だから、壊さないよう特に丁重に扱う必要がある。栄養補給のためにグミや飴やらのお菓子を持ってきたけれど、余計な荷物になった気がしておれはちょっと後悔した。

「つーか、夏目は来てないんだな」
 荷物を背負って、葛西くんが辺りを見回す。
 今日は夏目くん不在だ。
「さすがに、仮入部の子を遠征に連れていくわけにはいかないしね。それに夏目くん、もともと土日はお稽古があるって噂で聞いたことある。多分、誘っても来れなかったと思うよ」
「稽古って、あいつ格闘技でもやってんの」
「小さいころから、弓道とピアノ続けてるって」
「……大富豪のお嬢様?」
「電車、来たみたいっす。乗りましょう」
 目的地行きの電車はだいぶ空いていた。三人並んでロングシートへ座れたので、ホッとする。
 今日は学校の制服ではなく私服姿なので、大荷物を抱えた自分たちはテレビ局のアルバイトに見えなくもない。ラフなトラックパンツを履いた葛西くんと、頭にタオルを巻いたスウェット姿の志度くん。そしてサイズがあまり合っていない、適当なカーディガンを羽織ったおれ。相変わらず統一感がない三人組だ。

 電車は時間通りに発車して、見慣れた町をすいすい突き進んでいく。おれはスマホを取り出すと、地図アプリを開いた。
「終点で降りて、そこから徒歩5分くらいだった気がするけど」
 知らない土地を歩くのだから、途中で迷ってしまう恐れだってある。今のうちに経路を確認したほうがよさそうだ。下車するバス停を出発点にして、目的地を設定する。ストリートビューに切り替えると、どこにでもありそうな小さなバス停の画像が出てきた。
 道路をまっすぐ進み、住宅街の中へ入り、狭い路地をどんどん進む。
「え……ッ」
 けれど、そろそろ目的地というところで画面の奥がかすんでいることに気付いた。さらに進んで目的の住所へ近づくと、そこ一帯はモザイクで覆われて見えないようになっていた。
「二人とも、これ……」
 おれがスマホを見せると、葛西くんが「うわ」と声を上げる。
「どう見もワケアリじゃん。つーか、ここって売ってる家なんだよな。ネットで外観が見えないってアリなのかよ」
「表札とか住んでる人の顔が映ってると、プライバシー保護のために自動でモザイクかかっちゃうらしいよ」
「にしても、家全体を隠す必要はねぇだろ」
 事故物件の噂が広まったせいで、所有者がモザイクをかけるよう申請した可能性もある。だけどこれでは、余計に悪目立ちしてしまいそうだ。
「まぁ絵的には、お化け屋敷みたいな感じだとインパクトあるんだけどな」
「リフォームして売ってるんだから、さすがにお化け屋敷はないんじゃないすか」
 しばらく画面を覗き込んでいた志度くんが、「ちょっと借りても良いすか」とおれのスマホを手に取った。
「ど、どうしたの」
「これ、隣の家との間になんか映ってる気が」
 目的地の隣には、5メートルほどの幅を空けて別の家が建っている。モザイクのかかった家と、モヤが晴れたかのように鮮明に映っている隣家、そのちょうど間に黒い何かが映っていた。
 タップして拡大してみると、その姿がよりはっきり見えた。
 ――人だ。
 まるでモザイクから逃れるようにして、男の人が家の間で棒立ちしている。黒いダウンジャケットに黒いズボン、赤いブーツだけがやけに目立つ。
 顔にはモザイクがかかっていて、表情は分からない。それなのに、そのモヤのかかった顔と視線が合ったような気がした。
 背筋がぞっと冷たくなる。

 その時だった。
 とつぜん、悲鳴のような甲高い金属音が車内に響き渡った。車内がガクンと大きく揺れ、天井からぶら下がっている手すりが生きているように跳ねる。
「わ……ッ」
 揺れの衝撃で、身体が座席から放り出されそうになる。両隣の二人がほぼ同時に身体を押さえてくれて、なんとかおれは転倒を免れた。
 急ブレーキをかけた電車は減速しながら数十メートルほど走り、そして停車した。トンネルの中を走っている最中だったせいで、窓の外は真っ暗だ。
 急停止した影響か、車内灯がチカチカと点滅を繰り返す。三人でぎゅっと固まっている姿が、薄暗い窓ガラスに映っては消えた。

「おい、ふたりとも大丈夫か?」
 完全に電車が停止したのを確認すると、葛西くんが慌てて声を張り上げた。
「オレはなんとも。部長は」
「だ、だいじょうぶ……ごめん、ありがとう」
 二人の腕が離れ、おれは肩から落ちかけていたカーディガンをとりあえず直した。
「なにかと接触したか?」
 葛西くんは座席を立って窓の外を眺め、志度くんがバッグの荷物が壊れていないか中身を確認し始める。
 おれはじっとうつむいたまま、まだドキドキと激しく拍動する心臓を押さえた。
「大丈夫すか、部長。水飲みます?」
 志度くんが心配そうに背中を擦ってくれる。
「平気だよ。ちょっとびっくりしただけ」
 このタイミングの急ブレーキは、さすがに心臓に悪い。もうストリートビューを確認する気にはなれなくて、おれは握りしめていたスマホをポケットへしまい込んだ。

『――ご乗車のお客様へご案内します。当列車は、車両点検のため一時停止しております。運転再開までしばらくお待ちください』
 車内アナウンスが流れ、外を眺めていた葛西くんが座席へ戻ってくる。
「人身事故とかではなさそうだし、線路になんかあったのかもな。待つしかねぇか」
「まぁ、まだあんまり乗客がいなかったから良かったっすね。満員電車だったら、ケガ人が出てかも」
「そうだね。時間もまだあるし、大丈夫だよ」
 焦っても仕方がない。まだ空気が緊張している気がして、おれはバッグからお菓子の袋を取りだした。
「グミ食べる? これ、新しくでたやつ」
「おッ、やった。俺リンゴ味ね」
「……いただきます」
 これインスタにのせていい? と聞く葛西くんに、ずっと触ってると溶けますよと志度くんが真面目な顔で言う。車内にグミの甘い匂いが漂って、なんだか遠足に来たような気分になる。
「ガキの頃さ、粉に水入れてグミ作るやつ流行んなかった? 俺、あれ好きだったんだよな」
「グミでしたっけ。ヨーグルトみたいな混ぜて作るやつなら、オレもよく食ってました」
「あった、あった。懐かしいわ」
 葛西くんの声が、いつも以上に明るい。おれと志度くんを気遣ってくれているんだろう。
「おれもよく買ってもらってたな。知育菓子って、子どものころに食べるとすごく美味しく感じるんだよね」
 あんまり心配させてはいけないと、おれも雑談にのっかって電車の運転再開を待つ。

 だけれど、そこから10分経過しても電車は動く気配がなかった。葛西くんが、心配そうにおれの顔を覗き込む。
「マコト、体調大丈夫か? お前、車酔いしやすいって言ってたよな。ずっと電車に閉じこめられてるの、しんどくねぇか」
「え……あ、大丈夫。おれ、電車とかバスでは酔わないんだ。普通の乗用車が苦手なだけで」
「そっか。ならいいんだけど」
 以前、別の場所へ遠征したときに俺が言ったことを覚えてくれていたらしい。
「タクシーとか、運転手によってはかなり揺れるもんな。ブレーキのかけ方とか人によってぜんぜん違うし」
「タクシーはプロだからまだ良いっすよ。うちの姉ちゃんが運転する車はマジでシャレにならないんで、いつも覚悟決めてから乗ってます」
「あはは……志度くんのお姉さん、免許取りたてだもんね」
 二人の話に乗っかりながら、曖昧に笑う。
 車が苦手なのは本当だ。けれど、理由は車酔いするからじゃない。
 葛西くんにも志度くんにも、本当のことを話したことはないけれど。

 小学2年生の頃、おれの父親は自宅のガレージで亡くなった。車の窓に目張りをして、排気ガスを中へ引き入れて死んでいたのだ。
 エンジンが動いたままの車を見つけたのは、おれだった。

 お葬式の後、おれと弟は母親に連れられてすぐさま祖父母の家へ身を寄せた。お気に入りのゲームも本も玩具も、すべてをあの家に残したまま。
 なにが原因だったのか、どうしてあんな結末に至ったのか、事件のことは今でも分からない。分かったのは、父さんが一酸化炭素中毒で死んだという結論だけ。車の中で、たった一人で。

 あれ以来、おれは乗用車に乗ることができない。