事故研のプロモ動画は、思っていた以上に高評価のようだった。
夏目くんがチラシを貼っている様子を見た女子生徒が話のきっかけのためQRコードを読み取り、その動画を見ているところをまた別の男子生徒が見て興味を持ち、だんだんと話がひろまってゆき……という具合で、部室にもちらほら顔を出してくれる一年生が増えた。
いつもの昼休み。
4人で部室で待機している間も、見物に来てくれる一年生がちらほらいた。
「この動画、マジでやばいっすね。いつもこんな怖い事故物件を調べてるんすか? てか、モザイクなしバージョンって観れないんすか?」
「あ~、プライバシーの都合もあって、モザイクは取れないんだわ。怖い場所もあれば、べつに見た目は普通の家も調べたりするけど。てか、基本的に現地までは行かねぇしな」
興味を持ってきてくれる一年生は、だいたい皆こんな感じだ。現地取材はあくまで演出であって、後半の資料提示が主な活動だと述べると大半は去ってしまう。
思った通り興味をなくした一年生が帰ってしまうと、相手をしていた葛西くんが大きくため息をついた。
「集客効果はあったけど、なかなか入部までには漕ぎつけねぇな。あと一押し、なんかアピールポイントがほしいよなぁ」
「ちょっとだけ家の図面に詳しくなるから、建築か不動産関係の就職に有利です、はどうすか」
「ピンポイントすぎねーか? それ。夏目はなんか良い案ねぇの」
「部長の懐が深いので、毎日楽しく活動できます。というのはどうでしょう」
「どうでしょうって、お前のほうがどうしたんだよ。最近すっかりマコトになついてんじゃん? っつーか先に言っとくけど、俺はマコトと一年のとき同じクラスだし、それからずっと顔合わせてっから。ぜんぜんお前よりマコト歴長げぇから!」
「そうですか」
「ちょっとは相手にしろって! なぁマコト、お前もなんか良い案ねぇか?」
話を振られたのに、すぐ反応できなかった。自分が名指しされたことに気付けず、おれはふらふらと視線を部室にさまよわせた。
「え……あ、ご、ごめん。なんだっけ」
鈍いおれの反応に、部室にいた3人が眉を寄せる。
「お前、大丈夫か。こないだの体験入部あたりから、ずっと様子変だよな」
「体調、悪いんすか」
「いや、べつに風邪とかではないと思うんだけど……。そんなにおれ、おかしいかな」
「ずっとぼんやりしてるし、名前呼んでも反応ねぇし。なんか心配事とかあんなら言えよ」
「うん……。動画作りで、ちょっと疲れちゃったのかな。心配かけてごめん」
曖昧に笑うと、葛西くんと志度くんはさらに表情を曇らせた。
あの苦情電話のファイルが消失したことは、二人に言えなかった。
警察が触ってファイルが消えたということは、まだ理解できる。
だけど、電話応対した安藤さんと、それを聞いたおれの記憶が異なっている理由が分からない。
あの電話では、たしかに彼はタナベと名乗っていた。そうじゃなきゃ、おれはあの家に隠れている人物が田辺昭一さんだなんて気付けなかったはずだ。
そして、電話が切れる直前のあの声。
あれは、本当に昭一さんの声だったんだろうか。
この耳で聞いて文字起こしまでしたのに、昭一さんだと言い切れる自信がない。
もしあれが別人の声だとしたら。
それはいったい、誰の声なんだ?
「マコ先輩」
ふと、夏目くんの優しい声がした。そして、額にそっと手をあてられる。
「先輩、ちょっと熱ありますよ。やっぱり風邪じゃないですか」
「え……そ、そうかな」
「自覚がないんなら、なおさら良くないですね。保健室で休ませてもらいましょう」
「でも」
椅子を立とうとしないおれに、葛西くんと志度くんが「行った方がいい」と口々に促す。
「早退するんなら、あとでカバン持っててやるから」
「部室の戸締りも、ちゃんとしとくんで」
本当に、風邪なんかひいてない。と、自分では思うのに。
あんまりごねても心配させるだけなので、おれは夏目くんに腕を引かれるまま部室を出た。
「昼休みなのに、迷惑かけてごめんね。夏目くん」
廊下へ出てそう言うと、夏目くんはくるりと振り返っておれを見つめた。黒い瞳の中に、グレーと青の光が散っている。初めて会ったときと同じ、不思議な色の目だ。
「少しクマができてますし、寝不足なのでは?」
「……そうかも。最近、よく夜中に目が覚めちゃうんだよね」
眠っている間に夢を見て、必ず同じ時間帯に目が覚めてしまう。べつに怖い夢を見たとか、うなされて起きたとか、そういうわけじゃない。むしろ楽しかったり懐かしかったり、ずっと見ていたい夢のほうが多いのに。
目が覚めると、もうそれきり眠れなくなってしまうのだ。
「おれ、元々あんまり寝つき良いほうじゃないから。そのせいもあるのかな」
話しながら階段を降りようとして、おれはつい足を踏み外してしまった。
落ちる、と思った瞬間。隣を歩く夏目くんに腕を掴まれ、引っ張り上げられた。
「び、びっくりした……ありがとう、夏目く……」
助けてくれた彼を見上げると、綺麗な顔がすっと近付いてきた。額が触れ合ってしまいそうなほどの距離に、驚きで心臓が飛び出しそうになる。
「え……っ?」
「初めてマコ先輩に会ったときから、ずっと思ってたんです」
囁くような小声で、彼はこう続けた。
「――あなた、家に憑かれていますね」
夏目くんがチラシを貼っている様子を見た女子生徒が話のきっかけのためQRコードを読み取り、その動画を見ているところをまた別の男子生徒が見て興味を持ち、だんだんと話がひろまってゆき……という具合で、部室にもちらほら顔を出してくれる一年生が増えた。
いつもの昼休み。
4人で部室で待機している間も、見物に来てくれる一年生がちらほらいた。
「この動画、マジでやばいっすね。いつもこんな怖い事故物件を調べてるんすか? てか、モザイクなしバージョンって観れないんすか?」
「あ~、プライバシーの都合もあって、モザイクは取れないんだわ。怖い場所もあれば、べつに見た目は普通の家も調べたりするけど。てか、基本的に現地までは行かねぇしな」
興味を持ってきてくれる一年生は、だいたい皆こんな感じだ。現地取材はあくまで演出であって、後半の資料提示が主な活動だと述べると大半は去ってしまう。
思った通り興味をなくした一年生が帰ってしまうと、相手をしていた葛西くんが大きくため息をついた。
「集客効果はあったけど、なかなか入部までには漕ぎつけねぇな。あと一押し、なんかアピールポイントがほしいよなぁ」
「ちょっとだけ家の図面に詳しくなるから、建築か不動産関係の就職に有利です、はどうすか」
「ピンポイントすぎねーか? それ。夏目はなんか良い案ねぇの」
「部長の懐が深いので、毎日楽しく活動できます。というのはどうでしょう」
「どうでしょうって、お前のほうがどうしたんだよ。最近すっかりマコトになついてんじゃん? っつーか先に言っとくけど、俺はマコトと一年のとき同じクラスだし、それからずっと顔合わせてっから。ぜんぜんお前よりマコト歴長げぇから!」
「そうですか」
「ちょっとは相手にしろって! なぁマコト、お前もなんか良い案ねぇか?」
話を振られたのに、すぐ反応できなかった。自分が名指しされたことに気付けず、おれはふらふらと視線を部室にさまよわせた。
「え……あ、ご、ごめん。なんだっけ」
鈍いおれの反応に、部室にいた3人が眉を寄せる。
「お前、大丈夫か。こないだの体験入部あたりから、ずっと様子変だよな」
「体調、悪いんすか」
「いや、べつに風邪とかではないと思うんだけど……。そんなにおれ、おかしいかな」
「ずっとぼんやりしてるし、名前呼んでも反応ねぇし。なんか心配事とかあんなら言えよ」
「うん……。動画作りで、ちょっと疲れちゃったのかな。心配かけてごめん」
曖昧に笑うと、葛西くんと志度くんはさらに表情を曇らせた。
あの苦情電話のファイルが消失したことは、二人に言えなかった。
警察が触ってファイルが消えたということは、まだ理解できる。
だけど、電話応対した安藤さんと、それを聞いたおれの記憶が異なっている理由が分からない。
あの電話では、たしかに彼はタナベと名乗っていた。そうじゃなきゃ、おれはあの家に隠れている人物が田辺昭一さんだなんて気付けなかったはずだ。
そして、電話が切れる直前のあの声。
あれは、本当に昭一さんの声だったんだろうか。
この耳で聞いて文字起こしまでしたのに、昭一さんだと言い切れる自信がない。
もしあれが別人の声だとしたら。
それはいったい、誰の声なんだ?
「マコ先輩」
ふと、夏目くんの優しい声がした。そして、額にそっと手をあてられる。
「先輩、ちょっと熱ありますよ。やっぱり風邪じゃないですか」
「え……そ、そうかな」
「自覚がないんなら、なおさら良くないですね。保健室で休ませてもらいましょう」
「でも」
椅子を立とうとしないおれに、葛西くんと志度くんが「行った方がいい」と口々に促す。
「早退するんなら、あとでカバン持っててやるから」
「部室の戸締りも、ちゃんとしとくんで」
本当に、風邪なんかひいてない。と、自分では思うのに。
あんまりごねても心配させるだけなので、おれは夏目くんに腕を引かれるまま部室を出た。
「昼休みなのに、迷惑かけてごめんね。夏目くん」
廊下へ出てそう言うと、夏目くんはくるりと振り返っておれを見つめた。黒い瞳の中に、グレーと青の光が散っている。初めて会ったときと同じ、不思議な色の目だ。
「少しクマができてますし、寝不足なのでは?」
「……そうかも。最近、よく夜中に目が覚めちゃうんだよね」
眠っている間に夢を見て、必ず同じ時間帯に目が覚めてしまう。べつに怖い夢を見たとか、うなされて起きたとか、そういうわけじゃない。むしろ楽しかったり懐かしかったり、ずっと見ていたい夢のほうが多いのに。
目が覚めると、もうそれきり眠れなくなってしまうのだ。
「おれ、元々あんまり寝つき良いほうじゃないから。そのせいもあるのかな」
話しながら階段を降りようとして、おれはつい足を踏み外してしまった。
落ちる、と思った瞬間。隣を歩く夏目くんに腕を掴まれ、引っ張り上げられた。
「び、びっくりした……ありがとう、夏目く……」
助けてくれた彼を見上げると、綺麗な顔がすっと近付いてきた。額が触れ合ってしまいそうなほどの距離に、驚きで心臓が飛び出しそうになる。
「え……っ?」
「初めてマコ先輩に会ったときから、ずっと思ってたんです」
囁くような小声で、彼はこう続けた。
「――あなた、家に憑かれていますね」
