「ベッドに座っててくださいね」
案内された部屋におれが入ると、夏目くんは音を立てずにドアを閉めた。
おれたちが泊まっている部屋と同じ、簡素な和室の部屋だ。ベッドが一つしかないぶん、ちょっと狭い。
言われた通りベッドの端へ座らせてもらうと、さっき自販機で買ったらしいミネラルウォーターを差し出された。
「どうぞ」
「でも……」
「二本あるんで、大丈夫です」
「ありがとう。ごめんね」
遠慮したものの、寝起きで本当はものすごく喉が渇いていたのでありがたい。
フタを開けようとしたけれど、手にうまく力が入らない。なかなか緩まないフタに悪戦苦闘していると、夏目くんが「貸してください」と代わりに開けてくれた。
その優しい行為に少しだけほっとして、おれは受け取ったペットボトルに口をつけた。冷たい水が美味しい。
「今日はいろいろあって大変でしたね」
「……うん。けど、皆が居てくれたから、なんとかなったよ」
「それじゃあ、調査は進んだんですね」
「ちょっとだけだけど」
ボトルのフタを閉めると、隣に夏目くんが腰かけた。
「聞かせてもらってもいいですか。あの家は、一体なんなんでしょう」
その真剣な眼差しに、おれは息を呑んだ。
まただ。
あの桜の下で話した時と同じ、なにかを問い詰めるような瞳。平静を装っていても、彼の感情があきらかに揺れているのを感じた。
「……あの貼り紙の家は、田辺さんっていう小学校の先生が住んでた家なんだ。火事のあと、先生のご家族は引っ越したって聞いた。けどおれは、先生の息子さんがまだあの家にいるんじゃないかと思ってる」
「なぜ?」
間髪入れず、夏目くんが聞く。
「先生と住んでた家を、守るため……かな。あの家は火事で人が死んでホラースポットになって、たくさんの人に踏みにじられてる。だから外から見えないように、先生が大事にしてた生徒の作品で家を覆った」
それが、いままでの出来事でおれが導き出した結論だった。
家に住み着いている不審者や、肝試しで侵入する輩が、あそこまで大量の紙を貼る意味なんてない。家に入ったら殺すと、脅迫するような電話をかける理由もない。
もし、あの紙に家を守る結界のような意味合いがあるのだったら。それをするのは、田辺先生の家族だけだ。
「家中に貼り紙なんてすれば、余計にオカルトマニアたちが興味を持って近づいてくるのに?」
夏目くんが首をかしげる。
「おれが聞いたあの苦情電話、すごく追い詰められてる声だった。普通の判断ができなくなっててもおかしくない。もちろんこれは全部、おれの想像だよ。だけど、おれが先生の息子だったらそうすると思う。そうすれば先生が、守ってくれるって」
「じゃあ、あの足音も昭一さんのもの?」
夏目くんの口から飛び出てきたその名前に、おれは硬直した。
ラーメン屋のおかみさんから聞いた名前を、その場にいなかった夏目くんが知るはずないのに。
「どうして、昭一さんのこと」
知ってるの、と最後まで言えなかった。
とつぜん夏目くんの手が伸びてきて、左手首を握られる。見かけ以上に強い力に、全身がぎょっと強張った。
「ッ……」
「もうひとつ、聞いても良いですか」
その顔は、もう笑っていなかった。
「事故物件研究会は、なにが目的なんですか」
「も……もく、てき?」
「怖い場所をただ調べたいのなら、オカルト研究会にでも入ればいい。なのに、どうしてあなたは事故物件だけにそこまでこだわるんですか。かたくなに中への立ち入りを禁止するのは、なぜですか」
「それは、事故物件に無断で入るのは、法律違反だし」
「そんなこと聞いてるんじゃないのは分かりますよね」
手首を締め付ける力が強くなり、心臓がドクドクと激しく拍動する。冷たい汗が滲み、全身にぶわっと鳥肌が立つのがわかった。
「お……おれ……」
夏目くんに掴まれた手首が冷たくて、そこから身体がバラバラにされてしまうような気がした。頭の奥で、自分の歯がカチカチ鳴っている音が聞こえる。
我慢できなかった涙がこみ上げ、おれは強く両目を閉じた。
すると、掴まれていた左手が急に軽くなった。
詰め寄るように近くにあった夏目くんの顔が、ゆっくり離れていく。
「な、夏目くん……?」
「……すみません、痛かったですよね。ケガしてませんか」
そう言った彼の顔には、いまにも笑いそうな、泣き出しそうな、どっちにも見える表情が浮かんでいた。目元が、悲しそうに引きつっている。
だけど、夏目くんは笑いも泣きもしなかった。
「タオル冷やしてきますね。足の捻挫も、応急処理をしないと」
そう言って立ち上がった彼のシャツを、おれはそっと掴んだ。
引き止められた夏目くんが、目を丸めて振り返る。
「南さん?」
「……おれの父さんね。8年前に亡くなってるんだ。家のガレージで、車の中に排気ガスを引き込んで、そのまま」
遠い日の記憶が、鮮明によみがえる。
薄暗いガレージ。
車の窓いっぱいに貼られたガムテープ。
唸り声のようなエンジン音。
わずかに漂う、ガスの臭い。
あの日、おれは自分の居場所を失った。
◇◆◇
日曜日の朝だった。
古い記憶なのに、とても良く晴れた日だったことを覚えている。
おれは家族の中でいちばん早起きで、日曜日だとしても必ず最初に起きて皆を起こすのが日課だった。
なのにその朝は、ベッドに父さんがいなかった。一階に降りてみても、庭に回ってみても、父さんの姿はない。
もしやと思ってガレージに行ってみると、予想通り車にはエンジンがかかっていた。
どこかに出かけるつもりなんだろうかと、ちょっとワクワクしながら近寄ってみる。だけど、ドアは開かなかった。
車高のあるミニバンは、小学生のおれでは中が覗けない。だけど、窓ガラスにめちゃくちゃに貼られたガムテープだけはなんとか見えた。
「とうさん?」
運転席に回って、父さんを呼んでみる。
返事が聞こえたと思ったのは、おれの幻聴だったのかもしれない。
ヴウウウウウン……とエンジンの唸る音だけが、永遠に響いているような気がした。
おれは怖くなってガレージを飛び出し、寝室にいる母親を呼んだ。
そこからの記憶は、ひどく曖昧で飛び飛びだ。
警察が来て、叔父が来て、家の周りに近所の人がたくさん集まった。
母さんはいつもと別人のように取り乱し、叔父になにかを必死に訴えていた。
小さな弟は、大泣きしながら「おとうさんどうしたの」と何度もおれにきいた。おれも分からなかった。
その三日後、おれと弟は母に連れられて祖父母の家へ向かった。
「すぐに帰ってくるから、何も持たないで」
その言葉を信じて、着の身着のままおれたちは真夜中に家を出た。だけど、それきり家に帰ることはできなかった。おれは小学校を転校し、家へ近寄ることもなくなった。
今思えば、あれは夜逃げと言うやつだったんだなと、ぼんやり思う。だけど当時は何が起きたのか分からず、おれはずっとあの家に帰れるのだと信じていた。
父と過ごした、あの温かい家に。
「なぁ南、お前も今度一緒に肝試しにいかね?」
中学二年の夏休み前だった。
クラスメイトたちで出かける話になり、めずらしくおれも誘われた。
「お化け屋敷に行くの? そういうのは嫌だな……」
中学生になったおれは、すでに叔父と一緒に暮らしていた。あの一件以来、母さんは体調を崩すようになって、祖父母も弟の世話で手一杯だった。進学希望先だった青葉学園が祖父母宅から遠いこともあり、おれは叔父のマンションへ引っ越したのだ。
仕事で忙しい叔父は早い時間に帰れないことを気にしていて、頻繁にメッセージを送ってくれる。あちこち遊び歩いて、叔父を心配させたくなかった。
「違うよ。お化け屋敷なんて、そんなニセモンに見に行ったってつまんないだろ。これだよ、これ」
学内持ち込み禁止のはずのスマホをこっそり取り出すと、クラスメイトはとある画像を見せてきた。
「〇〇市の心霊スポットなんだけど、すっげーヤバいんだって! 父親がおかしくなって、一家無理心中したらしいんだよ。この家のどこかには、まだ見つかってない妻と子どもが埋まってて……」
恐怖を煽るようなクラスメイトの口調に、隣にいた女子が「怖い話やめて」と耳を塞いだ。
「この家……」
スマホの画面に映っている写真は、おれが幼少期を過ごし、そして父さんが亡くなった、あの家だった。
『戦慄! 一家無理心中の果て……呪いの家』
どろどろしたタイトルの下に、懐かしい写真がいくつも掲載されている。
毎日靴を脱いだ玄関、陽だまりのできる廊下、母さんが毎日立っていたキッチン、弟と遊んだ子供部屋、見覚えのある家具や家財道具。そのすべてが、おどろおどろしい画像へと書き換えられている。
いつか帰れると思っていた家は、肝試しで荒らされた心霊スポットになっていた。
「この家の子ども、ぜったいに俺らと同世代じゃね? ほら、このゲームとか小学生の頃オレもやったし」
無邪気にそう話すクラスメイトの笑顔が、卑劣で恐ろしい悪魔みたいに見えた。
一家心中なんて、父さんはしてない。
人の死体なんて、家のどこにも埋まってない。
全部、でたらめなのに。
「ごめん……ちょっと、おれ」
胸の奥から抑えようのない熱がこみ上げてきて、おれは慌ててトイレに駆け込んだ。
吐きそうだし、叫び出しそうだった。だけど、溢れるように出てきたのは涙だけだった。
母さんは、あの家を捨てたんだ。
もしかしたら、手放すしかなかったのかもしれない。
そんな事情を想像できるくらいに、おれは少しだけ成長していた。それでも、涙が止まらなかった。
夕方になって、夜になって、トイレが真っ暗になってようやく涙が枯れたとき、おれはひとつの誓いを立てた。
呪いの事故物件なんてないことを、おれが証明してやる。
案内された部屋におれが入ると、夏目くんは音を立てずにドアを閉めた。
おれたちが泊まっている部屋と同じ、簡素な和室の部屋だ。ベッドが一つしかないぶん、ちょっと狭い。
言われた通りベッドの端へ座らせてもらうと、さっき自販機で買ったらしいミネラルウォーターを差し出された。
「どうぞ」
「でも……」
「二本あるんで、大丈夫です」
「ありがとう。ごめんね」
遠慮したものの、寝起きで本当はものすごく喉が渇いていたのでありがたい。
フタを開けようとしたけれど、手にうまく力が入らない。なかなか緩まないフタに悪戦苦闘していると、夏目くんが「貸してください」と代わりに開けてくれた。
その優しい行為に少しだけほっとして、おれは受け取ったペットボトルに口をつけた。冷たい水が美味しい。
「今日はいろいろあって大変でしたね」
「……うん。けど、皆が居てくれたから、なんとかなったよ」
「それじゃあ、調査は進んだんですね」
「ちょっとだけだけど」
ボトルのフタを閉めると、隣に夏目くんが腰かけた。
「聞かせてもらってもいいですか。あの家は、一体なんなんでしょう」
その真剣な眼差しに、おれは息を呑んだ。
まただ。
あの桜の下で話した時と同じ、なにかを問い詰めるような瞳。平静を装っていても、彼の感情があきらかに揺れているのを感じた。
「……あの貼り紙の家は、田辺さんっていう小学校の先生が住んでた家なんだ。火事のあと、先生のご家族は引っ越したって聞いた。けどおれは、先生の息子さんがまだあの家にいるんじゃないかと思ってる」
「なぜ?」
間髪入れず、夏目くんが聞く。
「先生と住んでた家を、守るため……かな。あの家は火事で人が死んでホラースポットになって、たくさんの人に踏みにじられてる。だから外から見えないように、先生が大事にしてた生徒の作品で家を覆った」
それが、いままでの出来事でおれが導き出した結論だった。
家に住み着いている不審者や、肝試しで侵入する輩が、あそこまで大量の紙を貼る意味なんてない。家に入ったら殺すと、脅迫するような電話をかける理由もない。
もし、あの紙に家を守る結界のような意味合いがあるのだったら。それをするのは、田辺先生の家族だけだ。
「家中に貼り紙なんてすれば、余計にオカルトマニアたちが興味を持って近づいてくるのに?」
夏目くんが首をかしげる。
「おれが聞いたあの苦情電話、すごく追い詰められてる声だった。普通の判断ができなくなっててもおかしくない。もちろんこれは全部、おれの想像だよ。だけど、おれが先生の息子だったらそうすると思う。そうすれば先生が、守ってくれるって」
「じゃあ、あの足音も昭一さんのもの?」
夏目くんの口から飛び出てきたその名前に、おれは硬直した。
ラーメン屋のおかみさんから聞いた名前を、その場にいなかった夏目くんが知るはずないのに。
「どうして、昭一さんのこと」
知ってるの、と最後まで言えなかった。
とつぜん夏目くんの手が伸びてきて、左手首を握られる。見かけ以上に強い力に、全身がぎょっと強張った。
「ッ……」
「もうひとつ、聞いても良いですか」
その顔は、もう笑っていなかった。
「事故物件研究会は、なにが目的なんですか」
「も……もく、てき?」
「怖い場所をただ調べたいのなら、オカルト研究会にでも入ればいい。なのに、どうしてあなたは事故物件だけにそこまでこだわるんですか。かたくなに中への立ち入りを禁止するのは、なぜですか」
「それは、事故物件に無断で入るのは、法律違反だし」
「そんなこと聞いてるんじゃないのは分かりますよね」
手首を締め付ける力が強くなり、心臓がドクドクと激しく拍動する。冷たい汗が滲み、全身にぶわっと鳥肌が立つのがわかった。
「お……おれ……」
夏目くんに掴まれた手首が冷たくて、そこから身体がバラバラにされてしまうような気がした。頭の奥で、自分の歯がカチカチ鳴っている音が聞こえる。
我慢できなかった涙がこみ上げ、おれは強く両目を閉じた。
すると、掴まれていた左手が急に軽くなった。
詰め寄るように近くにあった夏目くんの顔が、ゆっくり離れていく。
「な、夏目くん……?」
「……すみません、痛かったですよね。ケガしてませんか」
そう言った彼の顔には、いまにも笑いそうな、泣き出しそうな、どっちにも見える表情が浮かんでいた。目元が、悲しそうに引きつっている。
だけど、夏目くんは笑いも泣きもしなかった。
「タオル冷やしてきますね。足の捻挫も、応急処理をしないと」
そう言って立ち上がった彼のシャツを、おれはそっと掴んだ。
引き止められた夏目くんが、目を丸めて振り返る。
「南さん?」
「……おれの父さんね。8年前に亡くなってるんだ。家のガレージで、車の中に排気ガスを引き込んで、そのまま」
遠い日の記憶が、鮮明によみがえる。
薄暗いガレージ。
車の窓いっぱいに貼られたガムテープ。
唸り声のようなエンジン音。
わずかに漂う、ガスの臭い。
あの日、おれは自分の居場所を失った。
◇◆◇
日曜日の朝だった。
古い記憶なのに、とても良く晴れた日だったことを覚えている。
おれは家族の中でいちばん早起きで、日曜日だとしても必ず最初に起きて皆を起こすのが日課だった。
なのにその朝は、ベッドに父さんがいなかった。一階に降りてみても、庭に回ってみても、父さんの姿はない。
もしやと思ってガレージに行ってみると、予想通り車にはエンジンがかかっていた。
どこかに出かけるつもりなんだろうかと、ちょっとワクワクしながら近寄ってみる。だけど、ドアは開かなかった。
車高のあるミニバンは、小学生のおれでは中が覗けない。だけど、窓ガラスにめちゃくちゃに貼られたガムテープだけはなんとか見えた。
「とうさん?」
運転席に回って、父さんを呼んでみる。
返事が聞こえたと思ったのは、おれの幻聴だったのかもしれない。
ヴウウウウウン……とエンジンの唸る音だけが、永遠に響いているような気がした。
おれは怖くなってガレージを飛び出し、寝室にいる母親を呼んだ。
そこからの記憶は、ひどく曖昧で飛び飛びだ。
警察が来て、叔父が来て、家の周りに近所の人がたくさん集まった。
母さんはいつもと別人のように取り乱し、叔父になにかを必死に訴えていた。
小さな弟は、大泣きしながら「おとうさんどうしたの」と何度もおれにきいた。おれも分からなかった。
その三日後、おれと弟は母に連れられて祖父母の家へ向かった。
「すぐに帰ってくるから、何も持たないで」
その言葉を信じて、着の身着のままおれたちは真夜中に家を出た。だけど、それきり家に帰ることはできなかった。おれは小学校を転校し、家へ近寄ることもなくなった。
今思えば、あれは夜逃げと言うやつだったんだなと、ぼんやり思う。だけど当時は何が起きたのか分からず、おれはずっとあの家に帰れるのだと信じていた。
父と過ごした、あの温かい家に。
「なぁ南、お前も今度一緒に肝試しにいかね?」
中学二年の夏休み前だった。
クラスメイトたちで出かける話になり、めずらしくおれも誘われた。
「お化け屋敷に行くの? そういうのは嫌だな……」
中学生になったおれは、すでに叔父と一緒に暮らしていた。あの一件以来、母さんは体調を崩すようになって、祖父母も弟の世話で手一杯だった。進学希望先だった青葉学園が祖父母宅から遠いこともあり、おれは叔父のマンションへ引っ越したのだ。
仕事で忙しい叔父は早い時間に帰れないことを気にしていて、頻繁にメッセージを送ってくれる。あちこち遊び歩いて、叔父を心配させたくなかった。
「違うよ。お化け屋敷なんて、そんなニセモンに見に行ったってつまんないだろ。これだよ、これ」
学内持ち込み禁止のはずのスマホをこっそり取り出すと、クラスメイトはとある画像を見せてきた。
「〇〇市の心霊スポットなんだけど、すっげーヤバいんだって! 父親がおかしくなって、一家無理心中したらしいんだよ。この家のどこかには、まだ見つかってない妻と子どもが埋まってて……」
恐怖を煽るようなクラスメイトの口調に、隣にいた女子が「怖い話やめて」と耳を塞いだ。
「この家……」
スマホの画面に映っている写真は、おれが幼少期を過ごし、そして父さんが亡くなった、あの家だった。
『戦慄! 一家無理心中の果て……呪いの家』
どろどろしたタイトルの下に、懐かしい写真がいくつも掲載されている。
毎日靴を脱いだ玄関、陽だまりのできる廊下、母さんが毎日立っていたキッチン、弟と遊んだ子供部屋、見覚えのある家具や家財道具。そのすべてが、おどろおどろしい画像へと書き換えられている。
いつか帰れると思っていた家は、肝試しで荒らされた心霊スポットになっていた。
「この家の子ども、ぜったいに俺らと同世代じゃね? ほら、このゲームとか小学生の頃オレもやったし」
無邪気にそう話すクラスメイトの笑顔が、卑劣で恐ろしい悪魔みたいに見えた。
一家心中なんて、父さんはしてない。
人の死体なんて、家のどこにも埋まってない。
全部、でたらめなのに。
「ごめん……ちょっと、おれ」
胸の奥から抑えようのない熱がこみ上げてきて、おれは慌ててトイレに駆け込んだ。
吐きそうだし、叫び出しそうだった。だけど、溢れるように出てきたのは涙だけだった。
母さんは、あの家を捨てたんだ。
もしかしたら、手放すしかなかったのかもしれない。
そんな事情を想像できるくらいに、おれは少しだけ成長していた。それでも、涙が止まらなかった。
夕方になって、夜になって、トイレが真っ暗になってようやく涙が枯れたとき、おれはひとつの誓いを立てた。
呪いの事故物件なんてないことを、おれが証明してやる。
