その週の火曜日。
日菜は朝から落ち着かなかった。
理由は分かっている。
遠野が来る日だからだ。
白衣へ袖を通しながら、自分に呆れる。
何を期待しているんだろう。
会って、少し話して、それだけ。
それ以上なんて何もない。
それなのに、火曜日だけは朝の空気まで違って感じる。
「月島さん、今日の非常勤の先生お休みらしいですよ」
更衣室で後輩に言われた瞬間、日菜の動きが止まった。
「……え?」
「体調不良だって。代診入るみたいです」
「あ、そうなんだ」
平静を装って返した。
返したつもりだった。
けれど胸の奥が、静かに沈んでいく。
たったそれだけのことなのに。
外来へ向かう廊下が、やけに長く感じた。
診察室には、知らない代診医が座っていた。
声も違う。
空気も違う。
当たり前なのに。
日菜は、自分がどれだけ“遠野がいる火曜日”に慣れていたのかを思い知らされる。
「月島さん、採血追加お願いします」
「はい」
仕事はいつも通り忙しい。
患者は待ってくれない。
点滴も処置も山ほどある。
なのに、ふとした瞬間に思ってしまう。
今日は会えないんだ。
昼休憩。
いつものように紙コップへコーヒーを淹れて、休憩室の隅へ座る。
火曜日のこの時間、遠野がふらりと入ってくることがあった。
『五分だけ休憩です』
そう言って笑う顔を、勝手に探している自分がいる。
日菜は小さく息を吐いた。
駄目だ。
こんなの。
依存みたいだ。
スマホが震えたのは、その時だった。
画面を見る。
夫からだった。
『今日遅くなる』
短いメッセージ。
日菜は数秒画面を見つめ、それから静かにスマホを伏せた。
寂しいとも、腹が立つとも違う。
ただ、“何も感じなくなっている自分”に気づく。
昔は、帰りが遅いだけで不安になっていた。
ちゃんと待っていた。
今はもう、生活の一部でしかない。
そのことが、少し悲しかった。
午後の診療が終わる頃には、外は暗くなっていた。
帰り支度をしながら、日菜は無意識に診察室の方を見る。
当然、遠野はいない。
そんな自分が情けなかった。
病院の出口を出ると、夜風が冷たかった。
駐車場へ向かいながら、日菜はふと思う。
会えないだけで、こんなにも一日が長いなんて。
恋なんて、もう自分には関係ないと思っていたのに。
車へ乗り込み、エンジンをかける。
その時。
スマホがもう一度震えた。
知らない番号だった。
一瞬迷ってから、日菜は通話ボタンを押す。
「……はい」
『あ、月島さん?』
遠野の声だった。
胸が、大きく鳴った。
日菜は朝から落ち着かなかった。
理由は分かっている。
遠野が来る日だからだ。
白衣へ袖を通しながら、自分に呆れる。
何を期待しているんだろう。
会って、少し話して、それだけ。
それ以上なんて何もない。
それなのに、火曜日だけは朝の空気まで違って感じる。
「月島さん、今日の非常勤の先生お休みらしいですよ」
更衣室で後輩に言われた瞬間、日菜の動きが止まった。
「……え?」
「体調不良だって。代診入るみたいです」
「あ、そうなんだ」
平静を装って返した。
返したつもりだった。
けれど胸の奥が、静かに沈んでいく。
たったそれだけのことなのに。
外来へ向かう廊下が、やけに長く感じた。
診察室には、知らない代診医が座っていた。
声も違う。
空気も違う。
当たり前なのに。
日菜は、自分がどれだけ“遠野がいる火曜日”に慣れていたのかを思い知らされる。
「月島さん、採血追加お願いします」
「はい」
仕事はいつも通り忙しい。
患者は待ってくれない。
点滴も処置も山ほどある。
なのに、ふとした瞬間に思ってしまう。
今日は会えないんだ。
昼休憩。
いつものように紙コップへコーヒーを淹れて、休憩室の隅へ座る。
火曜日のこの時間、遠野がふらりと入ってくることがあった。
『五分だけ休憩です』
そう言って笑う顔を、勝手に探している自分がいる。
日菜は小さく息を吐いた。
駄目だ。
こんなの。
依存みたいだ。
スマホが震えたのは、その時だった。
画面を見る。
夫からだった。
『今日遅くなる』
短いメッセージ。
日菜は数秒画面を見つめ、それから静かにスマホを伏せた。
寂しいとも、腹が立つとも違う。
ただ、“何も感じなくなっている自分”に気づく。
昔は、帰りが遅いだけで不安になっていた。
ちゃんと待っていた。
今はもう、生活の一部でしかない。
そのことが、少し悲しかった。
午後の診療が終わる頃には、外は暗くなっていた。
帰り支度をしながら、日菜は無意識に診察室の方を見る。
当然、遠野はいない。
そんな自分が情けなかった。
病院の出口を出ると、夜風が冷たかった。
駐車場へ向かいながら、日菜はふと思う。
会えないだけで、こんなにも一日が長いなんて。
恋なんて、もう自分には関係ないと思っていたのに。
車へ乗り込み、エンジンをかける。
その時。
スマホがもう一度震えた。
知らない番号だった。
一瞬迷ってから、日菜は通話ボタンを押す。
「……はい」
『あ、月島さん?』
遠野の声だった。
胸が、大きく鳴った。
