火曜日が終わると、次に遠野が来るのは一週間後だった。
たった七日。
以前なら気にも留めなかった時間が、今は妙に長い。
日菜は自分に呆れていた。
連絡先も知らない。
プライベートを話したこともない。
ただ同じ外来で働いているだけ。
それなのに、遠野のいない処置室は少し静かすぎる気がした。
「月島さん、最近なんか機嫌いい?」
昼休憩中、後輩看護師に笑いながら言われ、日菜は思わず顔を上げた。
「え?」
「なんか雰囲気柔らかいです」
「そんなことないよ」
「あるある」
冗談っぽく笑われ、日菜は曖昧に笑い返す。
自分では隠しているつもりだった。
けれど、少しずつ何かが変わっているのかもしれない。
怖い。
そう思った。
こんな感情、持ってはいけない。
仕事は仕事。
家庭は家庭。
ちゃんと分けなければいけない。
日菜はそう言い聞かせるように、その日は必要以上に仕事へ集中した。
カルテ確認。
採血準備。
患者誘導。
忙しく動いていれば、余計なことを考えずに済む。
――そのはずだった。
「月島さん」
夕方、背後から名前を呼ばれる。
振り返ると、遠野が立っていた。
「先生。まだいたんですか?」
「書類が終わらなくて」
遠野は少し疲れたように笑った。
外来は診療時間を過ぎ、スタッフも少なくなっていた。
昼間の騒がしさが嘘みたいに静かだった。
「月島さんは?」
「処置の片付けです」
「毎回最後まで残ってますよね」
「みんなそうですよ」
「でも、月島さんは特に頑張りすぎる」
まただ。
遠野は時々、日菜が見ないようにしている部分を簡単に見つける。
「そんなことないです」
「無理してませんか?」
その言葉に、日菜は一瞬返事ができなかった。
無理なんて、していない。
みんなしている。
母親も、看護師も、妻も。
そう思っているのに。
誰かに“無理してる”と気づかれるだけで、泣きそうになる。
「……大丈夫です」
ようやくそう答えると、遠野は少しだけ困ったように笑った。
「医療者って、“大丈夫”って言いますよね」
「先生もじゃないですか」
「ああ、確かに」
二人で小さく笑う。
その空気が心地良すぎて、日菜は怖くなった。
これ以上は駄目だ。
こんなの、ただの錯覚だ。
疲れているから。
優しくされ慣れていないから。
そう思わなければいけないのに。
「先生」
「はい?」
「……変な誤解されたら困るので」
言った瞬間、自分でも胸が痛んだ。
遠野は少しだけ目を伏せ、それから静かに頷いた。
「そうですね」
それだけだった。
責めるでもなく、引き止めるでもなく。
ただ、ちゃんと距離を戻した。
その大人な反応が、余計に苦しかった。
たった七日。
以前なら気にも留めなかった時間が、今は妙に長い。
日菜は自分に呆れていた。
連絡先も知らない。
プライベートを話したこともない。
ただ同じ外来で働いているだけ。
それなのに、遠野のいない処置室は少し静かすぎる気がした。
「月島さん、最近なんか機嫌いい?」
昼休憩中、後輩看護師に笑いながら言われ、日菜は思わず顔を上げた。
「え?」
「なんか雰囲気柔らかいです」
「そんなことないよ」
「あるある」
冗談っぽく笑われ、日菜は曖昧に笑い返す。
自分では隠しているつもりだった。
けれど、少しずつ何かが変わっているのかもしれない。
怖い。
そう思った。
こんな感情、持ってはいけない。
仕事は仕事。
家庭は家庭。
ちゃんと分けなければいけない。
日菜はそう言い聞かせるように、その日は必要以上に仕事へ集中した。
カルテ確認。
採血準備。
患者誘導。
忙しく動いていれば、余計なことを考えずに済む。
――そのはずだった。
「月島さん」
夕方、背後から名前を呼ばれる。
振り返ると、遠野が立っていた。
「先生。まだいたんですか?」
「書類が終わらなくて」
遠野は少し疲れたように笑った。
外来は診療時間を過ぎ、スタッフも少なくなっていた。
昼間の騒がしさが嘘みたいに静かだった。
「月島さんは?」
「処置の片付けです」
「毎回最後まで残ってますよね」
「みんなそうですよ」
「でも、月島さんは特に頑張りすぎる」
まただ。
遠野は時々、日菜が見ないようにしている部分を簡単に見つける。
「そんなことないです」
「無理してませんか?」
その言葉に、日菜は一瞬返事ができなかった。
無理なんて、していない。
みんなしている。
母親も、看護師も、妻も。
そう思っているのに。
誰かに“無理してる”と気づかれるだけで、泣きそうになる。
「……大丈夫です」
ようやくそう答えると、遠野は少しだけ困ったように笑った。
「医療者って、“大丈夫”って言いますよね」
「先生もじゃないですか」
「ああ、確かに」
二人で小さく笑う。
その空気が心地良すぎて、日菜は怖くなった。
これ以上は駄目だ。
こんなの、ただの錯覚だ。
疲れているから。
優しくされ慣れていないから。
そう思わなければいけないのに。
「先生」
「はい?」
「……変な誤解されたら困るので」
言った瞬間、自分でも胸が痛んだ。
遠野は少しだけ目を伏せ、それから静かに頷いた。
「そうですね」
それだけだった。
責めるでもなく、引き止めるでもなく。
ただ、ちゃんと距離を戻した。
その大人な反応が、余計に苦しかった。
