週に一度、恋をする

『……また火曜日に』

 その言葉だけで、一週間が少し短く感じた。

 日菜は自分に呆れる。

 たったそれだけ。

 会えると分かっただけで、こんなにも心が軽くなるなんて。

 火曜日の朝。

 空はよく晴れていた。

 病院の駐車場へ車を止めると、深く息を吸う。

 今日は普通に。

 ただの看護師と医師。

 それだけ。

 そう決めて外来へ向かった。

「おはようございます」

 聞き慣れた声。

 振り向く。

 遠野がいた。

 一週間ではなく、一か月ぶりのような気がした。

「……おはようございます」

 二人とも少し笑う。

 その笑顔だけで十分だった。

 午前の外来は忙しかった。

 患者が途切れず、二人はほとんど言葉を交わせない。

 それでも。

「ありがとうございます」

「お願いします」

 そんな短い会話だけで、お互いがそこにいることを確かめていた。

 昼前。

 高齢の女性患者が診察室を出るとき、足元をふらつかせた。

「危ない!」

 日菜はとっさに駆け寄る。

 同時に、遠野も患者の腕を支えた。

 三人の距離が一気に近づく。

「大丈夫ですよ」

 遠野が穏やかに声を掛ける。

 患者は安心したように笑った。

「看護師さんと先生、息ぴったりねぇ」

 何気ない一言。

 日菜の心臓が跳ねる。

 遠野も一瞬だけ固まった。

「長く一緒に働いてますから」

 遠野は自然に答えた。

 その笑顔は、医師として完璧だった。

 患者は満足そうに帰っていく。

 二人だけが、その場に取り残された。

「……助かりました」

 日菜が小さく言う。

「こちらこそ」

 視線が重なる。

 ほんの数秒。

 それだけなのに、空気が変わる。

「先生」

「はい」

「来てくれて、よかったです」

 言ってしまってから、日菜は目を伏せた。

 また本音が零れた。

 遠野は驚いたように日菜を見つめ、それから小さく笑った。

「僕もです」

 短い言葉。

 でも、十分だった。

 午後の診療が始まる直前。

 遠野は白衣のポケットから一枚の封筒を取り出した。

「月島さん」

「はい?」

「これ、学会のお土産です」

 小さな焼き菓子だった。

「スタッフみなさんに、です」

 最後の一言だけ、少しだけ強調した。

 周囲への配慮。

 その優しさが遠野らしかった。

 日菜は封筒を受け取り、小さく頷く。

「ありがとうございます」

 指先が、ほんの一瞬だけ触れた。

 すぐに離れた。

 それだけなのに。

 胸の鼓動は、外来のざわめきよりも大きく響いていた。

 火曜日は、また始まってしまった。

 そして日菜は気づく。

 遠野が戻ってきたのではない。

 自分の心が、また遠野のいる火曜日へ戻ってしまったのだと。