週に一度、恋をする

 『会いたくなります』

 その一行を見たまま、日菜は動けなかった。

 春の雨が窓を叩いている。

 リビングの時計が静かに秒を刻む。

 会いたい。

 その言葉を、遠野は送ってこなかった。

 でも同じ意味だった。

 日菜はスマホを伏せる。

 返事ができない。

 嬉しい。

 でも怖い。

 会いたいと思うだけならまだ戻れた。

 けれど今は違う。

 会いたくなります。

 その言葉には未来があった。

 会うことを想像してしまう未来が。

 翌朝。

 雨はまだ降っていた。

 娘を学校へ送り出し、日菜は仕事へ向かう。

 車のワイパーが規則的に動く。

 その音だけが妙に大きく聞こえた。

 信号待ち。

 スマホの通知画面が目に入る。

 遠野とのやり取り。

 消そうと思った。

 本当に。

 でも消せなかった。

 そのまま画面を閉じる。

 それだけだった。

 午後。

 病院は慌ただしかった。

 予約変更。
 検査説明。
 点滴対応。

 次々と業務が流れていく。

 忙しいのに。

 ふとした瞬間、遠野の言葉を思い出してしまう。

 会いたくなります。

 それだけで胸が痛い。

 仕事が終わる頃には、どっと疲れていた。

 駐車場へ向かう途中。

 スマホが震える。

 遠野だった。

 日菜は少し立ち止まる。

 深呼吸してから開く。

『会いません』

 短い一文。

 胸が締めつけられる。

 続けてメッセージが届く。

『会わない方がいいから』

 雨音だけが聞こえる。

 日菜は画面を見つめたまま動けなかった。

 正しい。

 本当に。

 その通りだと思う。

 なのに。

 涙が出そうになる。

 しばらくして、また通知が届く。

『だから会いたい理由を探さないことにします』

 日菜は小さく目を閉じた。

 遠野も苦しいのだ。

 自分と同じように。

 だから離れようとしている。

 その優しさが苦しい。

 震える指で返信を打つ。

 何度も消して。

 何度も書き直して。

 最後に送ったのは。

『私も探さないようにします』

 それだけだった。

 送信。

 すぐ既読がつく。

 でも返事は来ない。

 それでよかった。

 たぶん。

 本当はよくなかった。

 でも。

 そうしなければいけない気がした。

 車へ乗り込み、エンジンをかける。

 フロントガラスに雨粒が流れていく。

 会わない。

 その約束は正しい。

 それなのに。

 日菜はずっと、遠野の声を思い出していた。