週に一度、恋をする

 遠野の笑い声が、耳に残っていた。

 電話を切ったあとも。

 帰宅して夕飯を作っている時も。

 娘と宿題をしている時も。

 ずっと。

 たった数分の業務連絡。

 それだけだったのに。

 火曜日ですね。

 長いです。

 その言葉だけで、心が揺れてしまう。

 夜。

 夫はテレビを見ながら缶ビールを開けていた。

 娘は学校で描いた絵を嬉しそうに見せてくる。

「ママ見て!」

「上手だね」

 ちゃんと笑う。

 ちゃんと母親をする。

 でも心のどこかが空いている。

 そんな自分が嫌だった。

 寝かしつけのあと、日菜は一人でリビングに残った。

 静かだった。

 時計の音だけが聞こえる。

 スマホを手に取る。

 メッセージは来ていない。

 当たり前だ。

 それなのに。

 少しだけ期待している。

 その時。

 画面が光った。

 遠野だった。

 胸が大きく鳴る。

 短いメッセージ。

『今日、ありがとうございました』

 たったそれだけ。

 業務のことなのか。

 電話のことなのか。

 分からない。

 でも。

 日菜はしばらく返信できなかった。

 数分迷ってから打つ。

『こちらこそ』

 送信。

 すぐ既読がつく。

 また胸が苦しくなる。

 数秒後。

 遠野から返信が届く。

『本当は声を聞けただけで嬉しかったです』

 息が止まる。

 スマホを握る手が震える。

 こんなの。

 もう業務連絡じゃない。

 日菜は目を閉じた。

 言ってはいけない。

 返してはいけない。

 でも。

 嬉しい。

 どうしようもなく。

 スマホへ視線を落とす。

 返信欄が開いている。

 指が止まる。

 何度も文章を書いては消す。

 そして最後に残ったのは。

『私もです』

 たった四文字だった。

 送信。

 すぐ既読がつく。

 でも返事は来ない。

 一分。

 二分。

 三分。

 静かな時間だけが流れる。

 日菜は少し後悔し始めていた。

 送らなければよかった。

 やっぱり重かっただろうか。

 その時。

 画面が震えた。

 遠野からだった。

『会いたくなります』

 たった一行。

 それだけ。

 それだけなのに。

 日菜の胸は、どうしようもなく痛くなった。

 会えないから苦しい。

 会いたいから苦しい。

 どちらを選んでも苦しいのなら。

 自分たちは、いったいどこへ向かっているのだろう。

 窓の外では、春の雨が静かに降り始めていた。