火曜日が来た。
でも遠野はいない。
それだけのことなのに、病院の空気が違って感じた。
朝の申し送り。
診察準備。
患者対応。
全部いつも通り。
それなのに、どこか色が薄い。
日菜は自分で自分が嫌になった。
何を期待しているんだろう。
たった週に一度会うだけの相手だったのに。
昼前。
採血室から戻る途中、診察室の前で足が止まる。
遠野が座っていた椅子。
いつも書類を広げていた机。
今日は別の医師が座っている。
当たり前の光景。
なのに。
胸が少し痛んだ。
「月島さん?」
後輩看護師が不思議そうな顔をする。
「どうしたんですか?」
「ううん、何でもない」
慌てて笑う。
本当に何でもない。
そう言い聞かせる。
昼休憩。
スマホを見てもメッセージはない。
昨日のやり取りで終わったまま。
日菜も送らない。
送ってはいけない気がする。
だから何もしない。
ただ。
何度も画面を開いてしまう。
既読の付いた最後のメッセージ。
それだけを見つめてしまう。
午後。
診療が落ち着いた頃だった。
受付から電話が入る。
「月島さん、先生から折り返しお願いされてます」
「先生?」
「学会の先生」
胸が跳ねる。
まさか。
受話器を取る。
「お電話代わりました」
少しだけ緊張した声になる。
数秒後。
『月島さん?』
遠野だった。
一週間ぶりの声。
それだけで胸が熱くなる。
「先生」
『すみません。患者さんの紹介状の件で』
業務連絡だった。
ちゃんと。
当たり前に。
仕事の話。
それなのに。
二人とも少しだけ声がぎこちない。
『以上です』
「はい」
沈黙。
本当ならここで終わる。
終わるはずだった。
『今日』
遠野が小さく言った。
「はい?」
『火曜日ですね』
胸が苦しくなる。
日菜は思わず目を閉じた。
「……そうですね」
『長いです』
掠れた声。
何が、とは言わない。
でも分かってしまう。
遠野がいない火曜日。
日菜も同じことを思っていた。
『すみません』
遠野は小さく笑う。
『今の忘れてください』
「無理です」
反射だった。
言ってから気づく。
以前、遠野が言った言葉と同じだった。
電話の向こうで沈黙が落ちる。
それから。
遠野が静かに笑った。
久しぶりに聞く、本当に嬉しそうな笑い声だった。
その声を聞いただけで。
日菜はまた、忘れられなくなる気がした。
