週に一度、恋をする

夫が帰宅した夜から、日菜は遠野へ連絡をしていなかった。

 遠野からも来ない。

 それでいい。

 それが正しい。

 そう言い聞かせながら過ごした数日間は、驚くほど長かった。

 仕事をしていても。

 娘と話していても。

 買い物をしていても。

 心のどこかが空っぽだった。

 火曜日。

 外来へ入る前から、日菜は落ち着かなかった。

 遠野に会う。

 たぶん。

 それだけで胸が苦しくなる。

 診察室の前で足が止まる。

 深呼吸。

 大丈夫。

 普通にする。

 そう決めていた。

「おはようございます」

 聞き慣れた声。

 日菜はゆっくり顔を上げた。

「……おはようございます」

 遠野だった。

 一週間ぶりなのに、もっと長く会っていなかった気がする。

 二人とも、それ以上は何も言わなかった。

 言えなかった。

 午前中は忙しかった。

 むしろ忙しくて助かった。

 考える暇がない。

 会話も業務連絡だけ。

 それでいい。

 そう思っていた。

 昼休憩。

 日菜は一人で休憩室の隅に座っていた。

 スマホを見ても何もない。

 当たり前だ。

 それなのに。

 どこか期待している自分がいる。

 その時、画面が光った。

 メッセージ。

 遠野だった。

『今日、少しだけ話せませんか』

 胸が大きく鳴る。

 数秒、画面を見つめる。

 返信しない方がいい。

 本当は。

 でも。

『少しだけなら』

 送ってしまった。

 数分後。

 人気のない階段踊り場。

 遠野は窓の近くに立っていた。

 春の光が白衣へ落ちている。

「すみません」

 先に口を開いたのは遠野だった。

「呼び出して」

「いえ」

 沈黙。

 何を話せばいいのか分からない。

 でも会いたかった。

 たぶんお互いに。

「月島さん」

「はい」

「距離を置こうと思いました」

 胸が痛む。

 やっぱり。

 そうなると思っていた。

「僕たち、たぶんこのままだと駄目になる」

 正しい言葉だった。

 何も間違っていない。

 なのに。

 日菜は泣きそうになる。

「……そうですね」

 ようやく答える。

 遠野は少しだけ笑った。

 寂しそうに。

「だから」

「はい」

「最後に少しだけ」

 低い声。

「ちゃんと話したかった」

 日菜は目を閉じた。

 最後。

 その言葉が苦しい。

 本当に終わるみたいで。

「先生」

「はい」

「最後って言わないでください」

 気づけば口にしていた。

 遠野が驚いたように目を見開く。

 日菜も、自分で何を言ったのか分からなかった。

 ただ。

 終わるのが嫌だった。

 その気持ちだけは、もう隠せなかった。