週に一度、恋をする

 『……私もです』

 送信したあと、日菜はスマホを胸の上へ置いて目を閉じた。

 もう駄目だ。

 本当に。

 “会いたい”なんて。

 言葉にしてはいけなかった。

 でも、遠野へ気持ちを返した瞬間、不思議なくらい苦しくて、少しだけ安心している自分もいた。

 スマホが震える。

 胸が跳ねる。

『嬉しいって思ってしまいました』

 その一文を見た瞬間、日菜は唇を噛んだ。

 嬉しい。

 自分も同じだった。

 でも、それを認めたら終わる。

『先生』

 打って、消す。

 何を書けばいいのか分からない。

 “やめましょう”?

 “もう連絡しないで”?

 本当にそうしたいなら、こんな時間にメッセージなんて返していない。

『寝ないとですね』

 結局、それしか送れなかった。

 数秒後。

『そうですね』

 そのあとに、もう一通。

『でも、少しだけ声聞きたいです』

 呼吸が止まりそうになる。

 日菜はスマホを見つめたまま動けなかった。

 こんなの駄目だ。

 分かっている。

 深夜。
 夫はまだ帰っていない。
 子どもは隣の部屋で眠っている。

 そんな状況で、別の男性の声を聞きたいと思っている。

 最低だ。

 なのに。

 指は通話ボタンを押していた。

「……はい」

 小さな声。

 電話の向こうで、遠野が静かに息を吐く。

『よかった』

 その声だけで、胸が苦しくなる。

「先生」

『はい』

「本当に、駄目ですよね」

 遠野は少し黙った。

『……そうですね』

 否定しない。

 それが余計につらい。

 しばらく沈黙が続く。

 でも嫌じゃない。

 ただ相手の呼吸を聞いているだけで、安心してしまう。

『月島さん』

「はい」

『今日、会いたかったです』

 涙が出そうになる。

 こんなの、反則だ。

「……会ってます」

『ちゃんとは会えてない』

 低い声。

 静かな夜に溶けるみたいな声だった。

『目、全然合わせてくれなかったし』

 日菜は思わず目を閉じる。

 気づかれていた。

 全部。

「だって……」

『だって?』

「先生見ると、普通でいられないから」

 言ってしまった。

 遠野が息を呑む気配がする。

 数秒、沈黙。

 それから、苦しそうに笑った。

『それ、僕もです』

 胸がいっぱいになる。

 嬉しい。
 苦しい。
 怖い。

 全部一緒に押し寄せる。

『月島さん』

「はい」

『今、隣に行きたいって思ってます』

 その言葉に、日菜の呼吸が止まる。

 窓の外は静かな夜だった。

 誰も知らない。

 でも。

 もう、自分たちは戻れない場所に立っている気がした。