週に一度、恋をする

 火曜日が来るのが怖かった。

 でも、会えないのも苦しかった。

 日菜は朝から落ち着かなかった。

 ショッピングモールで見た遠野の姿。

 向かいに座っていた女性。
 子ども用のジュース。
 家族の空気。

 全部が頭から離れない。

 当然だ。

 遠野には家庭がある。

 自分と同じように、守るべき場所がある。

 それを忘れそうになっていた自分が怖かった。

 病院へ着くと、外来はいつも通り慌ただしかった。

 受付の声。
 電子カルテの音。
 待合のざわめき。

 いつも通り。

 だからこそ、余計に苦しい。

「おはようございます」

 遠野の声。

 胸が強く揺れる。

「……おはようございます」

 日菜は目を合わせられなかった。

 遠野も少しだけ静かだった。

 たぶん同じことを考えている。

 日曜日のこと。

 午前の診療中。

「月島さん、処置お願いします」

「はい」

 必要な会話しかしない。

 それでいい。

 それが正しい。

 そう思っているのに。

 遠野の声を聞くたび、胸が痛む。

 昼休憩。

 日菜は意識的に休憩室を避け、人気の少ない資料室へ入った。

 一人になりたかった。

 頭を冷やしたかった。

 でも。

「……やっぱりここでしたか」

 静かな声。

 振り返る。

 遠野だった。

「先生」

「最近、逃げますよね」

 苦笑するみたいに言う。

 責める声じゃない。

 だから余計につらい。

「逃げてません」

「逃げてます」

 遠野は静かに扉を閉めた。

 二人きり。

 その状況だけで、呼吸が浅くなる。

「日曜日」

 遠野が先に口を開く。

 日菜の胸が跳ねる。

「……はい」

「見ましたよね」

 誤魔化さなかった。

 その真っ直ぐさが苦しい。

「奥さんですか」

 聞きたくなかった。

 でも聞かずにはいられなかった。

 遠野は少しだけ目を伏せる。

「はい」

 胸が痛い。

 分かっていたはずなのに。

「月島さんも、ご家族いましたよね」

「……いましたね」

 変な返事だった。

 でも、自分の家庭を“ちゃんとあるもの”として言えないくらい、心が揺れていた。

 遠野は少し苦しそうに笑った。

「こういうところが駄目なんでしょうね」

「え?」

「会わない方がいいって思うのに、会いたくなる」

 静かな声。

 日菜は何も言えない。

「昨日」

 遠野が小さく息を吐く。

「ご主人といる月島さん見て、安心しました」

 その言葉に、胸が締めつけられる。

「安心……?」

「ちゃんと幸せそうだったから」

 違う。

 そう言いたかった。

 本当は全然、幸せそうなんかじゃなかった。

 でも。

 その言葉を口にしてしまったら、本当に戻れなくなる。

「先生」

「はい」

「優しくしないでください」

 もう何度目か分からないその言葉。

 遠野は少しだけ笑った。

「無理です」

 即答だった。

 その優しさが、今日も痛いほど苦しかった。