週に一度、恋をする

 次の火曜日が来るのが怖かった。

 会いたい。

 でも、会ったらきっと平気ではいられない。

 日菜は朝から落ち着かなかった。

 メイクをしても。
 髪を整えても。
 何をしていても、頭の中にあるのは遠野の言葉だった。

『勘違いじゃなかったら?』

 あれは、どういう意味だったんだろう。

 聞かなくても分かっている。

 分かっているから怖い。

「ママ、今日仕事?」

 娘に声を掛けられ、日菜は慌てて笑った。

「そうだよ」

「火曜日?」

「うん」

「最近、火曜日好きだよね」

 胸が大きく揺れる。

「……なんで?」

「だって朝ちょっと楽しそう」

 子どもは残酷なくらいよく見ている。

 日菜は何も言えなかった。

 病院へ向かう車の中で、何度も深呼吸する。

 今日は普通にする。

 ただの同僚として接する。

 それだけ。

 そう決めていた。

 なのに。

「おはようございます」

 遠野の声を聞いた瞬間、全部が崩れる。

「……おはようございます」

 顔を見られない。

 見たら、自分の気持ちが全部伝わってしまいそうだった。

 遠野もいつもより静かだった。

 必要以上に話さない。
 距離を測っているのが分かる。

 それが少し寂しくて、少し安心した。

 午前の診療中。

「先生、採血結果です」

「ありがとうございます」

 指先が、一瞬だけ触れた。

 本当に、ほんの少し。

 なのに胸が苦しくなる。

 触れた方が先に離れたのか、自分でも分からなかった。

「……すみません」

 思わず日菜が言うと、遠野は少し困ったように笑う。

「謝らないでください」

 その声が優しすぎる。

 昼休憩。

 日菜は一人になりたくて、普段使わない階段横のベンチへ座っていた。

 外は曇り空だった。

「ここにいたんですね」

 振り返る。

 遠野だった。

「先生」

「探しました」

 さらりと言われて、心臓が跳ねる。

「どうして……」

「ちゃんと話したかったから」

 遠野は少し離れた場所へ腰を下ろした。

 近づきすぎない距離。

 その気遣いが余計に苦しい。

「月島さん」

「はい」

「困らせたいわけじゃないんです」

 静かな声。

「でも、なかったことにはできなかった」

 日菜は息を止める。

 遠野は視線を落としたまま続けた。

「火曜日が楽しみだったんです」

 胸が痛い。

 自分と同じだった。

 会える一日を待ってしまう感覚。

「先生……」

「こんな歳で、情けないですよね」

 少しだけ笑う遠野に、日菜は首を振りそうになる。

 情けなくなんてない。

 そう言いたかった。

 でも言えない。

 言った瞬間、戻れなくなる。

「私は……」

 声が震える。

 本当は、もう答えなんて出ている。

 会いたかった。
 声を聞きたかった。
 火曜日が特別になっていた。

 全部、同じだった。

 それでも。

「……駄目です」

 ようやく出た声は、小さかった。

 遠野は少しだけ目を閉じる。

 傷ついた顔をした。

 その顔を見た瞬間、日菜の胸が締めつけられる。

 違う。

 本当は駄目じゃないと言いたい。

 でも、言ってはいけない。

「そうですよね」

 遠野は静かに笑った。

 その笑顔が、泣きそうなくらい優しかった。