幼なじみと後輩と1ヶ月

整列し、相手校と挨拶を交わす。

握った手の感覚も、校歌が流れるスピーカーの音も、どこか遠い世界の出来事のようだった。

スタンドへ挨拶に行き、土を払うことも忘れてベンチ裏に引き上げた途端、張り詰めていた糸が音を立てて切れた。

「……っ、……ぁ、」

喉の奥から、自分でも聞いたことがないような情けない声が漏れた。

野球なんて大嫌いだった。

早く辞めたかった。

土で汚れるのも、打てなくて惨めな思いをするのも、もう十分だったはずなのに。

「……せんぱ、い……」

隣で、同じように泥だらけになった後輩が、僕のユニフォームの裾を強く掴んで泣きじゃくっていた。

スタメンで、僕より何倍も野球が上手くて、いつも生意気だった彼が、子供のように肩を震わせている。

「すんません、……っ、僕が、最後……っ、ごめんなさい、……っ!」

「……馬鹿。お前が謝んなよ。お前がいたから、ここまで来れたんだろ」


先輩らしいことを言いたいのに、声の震えが止まらない。

後輩の頭に手を置くと、その熱さが手のひらに伝わってきた。

中学で挫折して、ずっと逃げてきた。

でも、今こうして僕の胸で泣いている後輩も、一緒に監督の悪口を言った仲間たちも、僕を「チームの一員」としてここにいさせてくれたんだ。

「来年、……絶対勝てよ。お前らが勝たなきゃ、俺の三年間が報われないだろ」

しゃくり上げる声に混じりながら、精一杯の言葉を絞り出す。

野球は大嫌いだけど、こいつらと流すこの涙だけは、これまでの人生のどんな瞬間よりも本物だと思えた。

球場の外に出ると、熱を帯びた風が、濡れた頬をなでた。

少し離れた自動販売機の横に、見慣れたシルエットが立っていた。

一つ年上の幼なじみ。

彼女は僕の真っ赤に腫れた目を見ると、呆れたように鼻を鳴らした。

「……何泣いてんだよ、ばーーか」

そう言って、僕の頭をパコーンと軽く叩いた。
いつもの、遠慮のない衝撃。

「……うるせぇ。お前には関係ねーだろ」

「関係あるし。あんたの引退試合、わざわざ見に来てあげたんだから」

彼女はそう言うと、持っていた冷たいスポーツ飲料を僕の頬に押し当てた。

ひんやりとした感覚が、熱を持った顔に心地いい。

「……最後、惜しかったね。ヒットかと思った」

「……捕られた。結局、俺は最後まで何もできなかったよ。センスねーわ、やっぱ」

自嘲気味に笑うと、彼女は一瞬だけ、言葉を詰まらせた。

そして、ふいっと顔を背けて歩き出す。

「……センスないんだから、泣くほど頑張んなきゃよかったのにさ」

ぶっきらぼうな言い方。

けれど、その横顔を盗み見た僕は、足を止めた。

夕陽に照らされた彼女の目元が、ほんの少しだけ、赤く腫れていたからだ。

僕と同じように。

あるいは、僕よりもずっと前から、彼女は僕の「センスのない三年間」を一緒に背負ってくれていたのかもしれない。

「……お前、泣いたの?」

「はあ!? 目が充血してるだけだし!そんなじろじろ見んな!」

彼女が僕の胸に顔を埋める。

「3年間お疲れ様!」

一言残して早歩きで去っていく彼女の背中は、相変わらず強気で、でもどこか愛おしい。

僕は彼女の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩き出した。

泥だらけのエナメルバッグが、歩くたびに腰に当たる。

明日からはもう、この重みを感じることもない。

「……なあ。明日から何すればいいかな、俺」

「……知らないよ。あんたのやりたいことすればいいんじゃない?」

「じゃあさ、明日どっか行く? 暇だし」

「……気が向いたらね」

相変わらず素っ気ない返事。

けれど、別れ際の「またね」の声は、いつもより少しだけ優しく、夏の夜気に溶けていった。