整列し、相手校と挨拶を交わす。
握った手の感覚も、校歌が流れるスピーカーの音も、どこか遠い世界の出来事のようだった。
スタンドへ挨拶に行き、土を払うことも忘れてベンチ裏に引き上げた途端、張り詰めていた糸が音を立てて切れた。
「……っ、……ぁ、」
喉の奥から、自分でも聞いたことがないような情けない声が漏れた。
野球なんて大嫌いだった。
早く辞めたかった。
土で汚れるのも、打てなくて惨めな思いをするのも、もう十分だったはずなのに。
「……せんぱ、い……」
隣で、同じように泥だらけになった後輩が、僕のユニフォームの裾を強く掴んで泣きじゃくっていた。
スタメンで、僕より何倍も野球が上手くて、いつも生意気だった彼が、子供のように肩を震わせている。
「すんません、……っ、僕が、最後……っ、ごめんなさい、……っ!」
「……馬鹿。お前が謝んなよ。お前がいたから、ここまで来れたんだろ」
先輩らしいことを言いたいのに、声の震えが止まらない。
後輩の頭に手を置くと、その熱さが手のひらに伝わってきた。
中学で挫折して、ずっと逃げてきた。
でも、今こうして僕の胸で泣いている後輩も、一緒に監督の悪口を言った仲間たちも、僕を「チームの一員」としてここにいさせてくれたんだ。
「来年、……絶対勝てよ。お前らが勝たなきゃ、俺の三年間が報われないだろ」
しゃくり上げる声に混じりながら、精一杯の言葉を絞り出す。
野球は大嫌いだけど、こいつらと流すこの涙だけは、これまでの人生のどんな瞬間よりも本物だと思えた。
球場の外に出ると、熱を帯びた風が、濡れた頬をなでた。
少し離れた自動販売機の横に、見慣れたシルエットが立っていた。
一つ年上の幼なじみ。
彼女は僕の真っ赤に腫れた目を見ると、呆れたように鼻を鳴らした。
「……何泣いてんだよ、ばーーか」
そう言って、僕の頭をパコーンと軽く叩いた。
いつもの、遠慮のない衝撃。
「……うるせぇ。お前には関係ねーだろ」
「関係あるし。あんたの引退試合、わざわざ見に来てあげたんだから」
彼女はそう言うと、持っていた冷たいスポーツ飲料を僕の頬に押し当てた。
ひんやりとした感覚が、熱を持った顔に心地いい。
「……最後、惜しかったね。ヒットかと思った」
「……捕られた。結局、俺は最後まで何もできなかったよ。センスねーわ、やっぱ」
自嘲気味に笑うと、彼女は一瞬だけ、言葉を詰まらせた。
そして、ふいっと顔を背けて歩き出す。
「……センスないんだから、泣くほど頑張んなきゃよかったのにさ」
ぶっきらぼうな言い方。
けれど、その横顔を盗み見た僕は、足を止めた。
夕陽に照らされた彼女の目元が、ほんの少しだけ、赤く腫れていたからだ。
僕と同じように。
あるいは、僕よりもずっと前から、彼女は僕の「センスのない三年間」を一緒に背負ってくれていたのかもしれない。
「……お前、泣いたの?」
「はあ!? 目が充血してるだけだし!そんなじろじろ見んな!」
彼女が僕の胸に顔を埋める。
「3年間お疲れ様!」
一言残して早歩きで去っていく彼女の背中は、相変わらず強気で、でもどこか愛おしい。
僕は彼女の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩き出した。
泥だらけのエナメルバッグが、歩くたびに腰に当たる。
明日からはもう、この重みを感じることもない。
「……なあ。明日から何すればいいかな、俺」
「……知らないよ。あんたのやりたいことすればいいんじゃない?」
「じゃあさ、明日どっか行く? 暇だし」
「……気が向いたらね」
相変わらず素っ気ない返事。
けれど、別れ際の「またね」の声は、いつもより少しだけ優しく、夏の夜気に溶けていった。
握った手の感覚も、校歌が流れるスピーカーの音も、どこか遠い世界の出来事のようだった。
スタンドへ挨拶に行き、土を払うことも忘れてベンチ裏に引き上げた途端、張り詰めていた糸が音を立てて切れた。
「……っ、……ぁ、」
喉の奥から、自分でも聞いたことがないような情けない声が漏れた。
野球なんて大嫌いだった。
早く辞めたかった。
土で汚れるのも、打てなくて惨めな思いをするのも、もう十分だったはずなのに。
「……せんぱ、い……」
隣で、同じように泥だらけになった後輩が、僕のユニフォームの裾を強く掴んで泣きじゃくっていた。
スタメンで、僕より何倍も野球が上手くて、いつも生意気だった彼が、子供のように肩を震わせている。
「すんません、……っ、僕が、最後……っ、ごめんなさい、……っ!」
「……馬鹿。お前が謝んなよ。お前がいたから、ここまで来れたんだろ」
先輩らしいことを言いたいのに、声の震えが止まらない。
後輩の頭に手を置くと、その熱さが手のひらに伝わってきた。
中学で挫折して、ずっと逃げてきた。
でも、今こうして僕の胸で泣いている後輩も、一緒に監督の悪口を言った仲間たちも、僕を「チームの一員」としてここにいさせてくれたんだ。
「来年、……絶対勝てよ。お前らが勝たなきゃ、俺の三年間が報われないだろ」
しゃくり上げる声に混じりながら、精一杯の言葉を絞り出す。
野球は大嫌いだけど、こいつらと流すこの涙だけは、これまでの人生のどんな瞬間よりも本物だと思えた。
球場の外に出ると、熱を帯びた風が、濡れた頬をなでた。
少し離れた自動販売機の横に、見慣れたシルエットが立っていた。
一つ年上の幼なじみ。
彼女は僕の真っ赤に腫れた目を見ると、呆れたように鼻を鳴らした。
「……何泣いてんだよ、ばーーか」
そう言って、僕の頭をパコーンと軽く叩いた。
いつもの、遠慮のない衝撃。
「……うるせぇ。お前には関係ねーだろ」
「関係あるし。あんたの引退試合、わざわざ見に来てあげたんだから」
彼女はそう言うと、持っていた冷たいスポーツ飲料を僕の頬に押し当てた。
ひんやりとした感覚が、熱を持った顔に心地いい。
「……最後、惜しかったね。ヒットかと思った」
「……捕られた。結局、俺は最後まで何もできなかったよ。センスねーわ、やっぱ」
自嘲気味に笑うと、彼女は一瞬だけ、言葉を詰まらせた。
そして、ふいっと顔を背けて歩き出す。
「……センスないんだから、泣くほど頑張んなきゃよかったのにさ」
ぶっきらぼうな言い方。
けれど、その横顔を盗み見た僕は、足を止めた。
夕陽に照らされた彼女の目元が、ほんの少しだけ、赤く腫れていたからだ。
僕と同じように。
あるいは、僕よりもずっと前から、彼女は僕の「センスのない三年間」を一緒に背負ってくれていたのかもしれない。
「……お前、泣いたの?」
「はあ!? 目が充血してるだけだし!そんなじろじろ見んな!」
彼女が僕の胸に顔を埋める。
「3年間お疲れ様!」
一言残して早歩きで去っていく彼女の背中は、相変わらず強気で、でもどこか愛おしい。
僕は彼女の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩き出した。
泥だらけのエナメルバッグが、歩くたびに腰に当たる。
明日からはもう、この重みを感じることもない。
「……なあ。明日から何すればいいかな、俺」
「……知らないよ。あんたのやりたいことすればいいんじゃない?」
「じゃあさ、明日どっか行く? 暇だし」
「……気が向いたらね」
相変わらず素っ気ない返事。
けれど、別れ際の「またね」の声は、いつもより少しだけ優しく、夏の夜気に溶けていった。
