私の執事には謎が多すぎる ー 其の一 妖の獲物になりました

『水瀬撫子、こっちへ来い。こっちへ来い』
唸り声のような声が闇の中で私を呼ぶ。
尊も琥珀くんも誰もいなくて私しかいない。
最初は微かに聞こえる程度だった声が段々大きく聞こえるようになってきて慌てて逃げる。
その声に捕まるな……と私の脳が警鐘を鳴らすも、逃げ道はない。
どこへ走っても暗闇。
方向感覚を失い、怖くなって……。
『尊〜!琥珀くん〜!』
彼らの名を呼ぶが私の声が虚しく響くだけ。
どうして尊も琥珀くんも返事をしないの?
『助けて、尊〜!』
唯一無二の存在である彼の名を呼ぶが、やはり返事はないし、私の前に現れない。
こういう時に彼がいないと不安で仕方ない。
いつだって冷静で私がピンチの時には助けてくれる。
だが、今……私はひとり。
自分で何とかするしかない。
私だって水瀬家の女だ。
なんとか自分の力だけで逃げ切らなければ。
暗闇しか見えなくても走るしかない。
走って走って走りまくって……。
足はヘトヘトだし、もつれて転びそうだ。
あの声に捕まってはいけない。
頑張って逃げろ。立ち止まるな。
挫けそうになったが自分を叱咤する。
また声が聞こえて恐怖で足が止まった。
『私からは逃げられないぞ。諦めてこっちに来い」
痙攣を起こしたかのようにブルブル震える足。
もう立っているのがやっとだ。
息も苦しくて、呼吸する度に胸がズキズキ痛む。
背筋がゾクッとするその声に聞き覚えがあったが、パニックになっていて思い出せない。
逃げなきゃ。
そう思うのに足はピクリとも動かない。
早く動いて。動いてよ!
脳に何度も命令を出しても、結果は同じだった。
『お前は美しき私の獲物』
不気味な声が私を追い詰め、身動きが取れなくなる。
黒い渦が私を飲み込んで……。
「尊〜!」
声を限りに叫んだその刹那、誰かが私の手を掴んだ。
「撫子!撫子!」
その声は私が信頼している執事の声。
目を開けると、彼が私の手を握っていた。
あれは……夢?
そのことに安堵すると、彼は心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「また悪い夢でも見ましたか?」
「……うん。不気味な声がして闇の中を必死で逃げ回っているの。尊も琥珀くんも誰もいなくて……怖かった」
ギュッと布団を掴む私を見て、尊が優しい目で言う。
「ただの夢です。私はここにいるでしょう?だから安心して眠ってください」
「でも……もう眠れないよ。夢を見るのが怖い」
さっきの夢を思い出すだけで鳥肌が立つ。
尊に震えながら伝えると、彼はそんな私をじっと見つめた。
「仕方がない人ですね」
呆れるような言い方ではなく、とても甘い声でそう言って尊は着ていた上着を脱ぎ捨て、私のベッドに入ってきた。
彼の思いがけない行動に慌てる私。
「え?ちょっ……尊何してるの?」
起き上がろうとする私の肩に彼が手をかけて止めた。
「あなたが眠れないから私が一緒に寝るんです。昔はよく一緒に寝たでしょう?」
「そ、それは私が子供だったからよ」
狼狽えながら言い返す私を見て彼はクスッと笑った。
「今だって子供だ」
いつもの執事口調ではなく、素の口調になってる。
仕事ではなく本音で私と向き合っているのかも。
そのことを意識しながら彼の発言を訂正した。
「もう十八よ」
「ほら、興奮しない。こうしてると思い出さないか?いつも雷が鳴ると、お前が俺のベッドにが入ってきてしがみついて。あの頃は可愛かったな」
私は昔から雷が苦手で、夜中に雷が鳴るといつも尊のベッドに忍び込んだ。
最初は彼がギョッとした顔で『自分のベッドに戻れ』と私に言っていたのだけど、何度も繰り返すものだから彼も次第に諦めて、雷が鳴った時は一緒に寝るのが習慣になった。
でも、彼が成人して私の執事になってからは一緒に寝てくれなくなって、いつもブルブル震えながら布団を被って寝ていた。
「あら、今だって可愛いわよ」
少し拗ねた振りをして文句を言う私を彼はそっと抱きしめて耳元で囁いた。
「今はちょっと生意気」
楽しげな声だったが、耳元で囁かれる方はたまったものではない。
顔がボッと火がついたように熱くなり、どうしていいかわからなくなる。
とにかく沈黙になるのは避けたくてわざと強く反論した。
「だから、もう子供じゃありません!」
もうドキドキしすぎて心臓が口から飛び出しそうだ。この人は私をどうしたいのだろう。
「大人扱いそんなにしてほしいのか?だったら添い寝じゃすまなくなるが」
その不穏な声の響きに固まる。
「添い寝じゃすまなくなるって……?」
聞いてはいけないと自分でもわかっていたのに、好奇心が勝ってしまいつい口にしてしまう。
言って後悔したその時、彼は私をベッドに組み敷いた。
思わずハッと息を止める私に彼は問う。
「俺とお前は本当の兄妹のように一緒に育ってきた。だが、俺は秋と違ってお前と血が繋がっていない。それがどういうことかわかるか?」
「……妹とは思えないってこと?」
戸惑いながら答えると、彼は自嘲するように笑った。
「そうだ。女にしか見えないんだよ」
気持ちは複雑。
妹じゃないって言われているようで寂しくなる自分もいれば、妹として見られなくてホッとする自分もいる。
なぜそんな風に思うのか。
自問自答する私の耳朶を彼が急に甘噛みしてきたからつい「ギャッ」と奇声を上げた。
「み、尊……突然なにを?」
おどおどしながら尋ねると、彼は色気のある目でフッと微笑した。
「大人として扱うってことは、女として扱うってこと。俺も男だ。女と一緒のベッドにいれば、触れたくなるのは当然」
その妖しい視線にドギマギする。
この目は冗談なのだろうか?
それとも本気?
気が動転していて彼の本心がわからない。
でも露天風呂での一件もあるし、冗談とも思えない。
今ここで彼に抱かれる?
そ、そんなのダメ!
「わ、わかりました!やっぱり私はまだ子供です」
自分の主張をあっさり翻したら、彼は私の横にゴロンと仰向けに寝そべった。
「こういう時だけ素直になるのな」
ククッと笑う尊を見て呆気に取られるが、我に返って彼を責めた。
「あー、やっぱり私をからかったわねえ」
「それはどうかな?」
枕に片肘をついて謎めいた言葉を投げる彼。
「本気だったってこと?」
本気だとしたら一緒に寝るのはマズい。
「今教えても面白くない。じっくり考えろ。俺からの宿題」
面白そうに目を光らせると、彼は私の鼻を摘んだ。
「……んぐ!もう、何するのよ!」
尊がからかうものだからカッとなって彼の胸をボコボコ叩いた。
そんな私を守るように彼は抱きしめてきて……。
「あまり騒ぐとみんな起きる。子供は大人しく寝ろ」
その甘い声に身体の緊張が解けていく。
多分、昔から私の一番の安全地帯は彼の腕の中なんだと思う。
安心して眠れる場所。
段々眠くなってきて、暖を求めてもっと彼の胸に身を寄せた。
「ねえ、尊。いつもそばにいてくれて……ありがと」
半分意識が朦朧としてきてそんな言葉を口に出す私の頭を彼は優しく撫でた。
「俺が一緒にいたいだけだよ」
尊は空気のようにいつも私のそばにいる。
雷が鳴った時、実の兄のではなく尊のベッドに潜り込んだのは、自分が一番頼れる存在が彼だったからだ。
兄はそんな私を見ていつも言っていた。
『撫子は尊なしでは生きられないね』
確かにそう思う。
結婚したら女は普通家を出ていく。
父や兄と離れて暮らすのは寂しいだろうけど、きっとそのうちその生活に慣れていくだろう。
だが、尊がいないのは……困る。
昨日彼がいなくてずっと不安だった。
そんなことを考えているうちに、優しい眠りに誘われた。



次の日の朝、目を開けると尊の顔がすぐそばにあってドキッとした。
彼はまだ目を瞑っていて私を抱きしめたまま眠っている。
いつも尊に起こされていたから、彼の寝顔を見ることは最近あまりなかった。
うわー、まつ毛長いし、鼻も高い。
しかも、肌が綺麗〜。
目を開けていないのに美形だとわかる。
ついその頬に触れたら、彼が起きて目が合った。
「何か悪戯でもするつもりですか?体調は?」
彼に触れていた手を掴まれあたふたする。
「わ、悪くはないわ」
もう執事口調に戻ってる。
私は俺様の尊の方がいいんだけどな。
そっちの方が優しいもの。
「今日も学校は休んだ方が……!」
尊の言葉を聞いて慌てて遮り、起き上がった。
「いいえ。行くわ。春乃も心配するでしょう?」
「わかりました。ですが、無理はしないでください」
尊に釘を刺されるが、元気よく返事をする。
「わかってるわ」
「その返事が怪しいですね。手の痣を見せてください」
スーッと目を細めながら彼は私の手を掴んで痣を確認する。
赤い痣が手の甲全部まで広がっていて、自分でも落胆した。
普通、痣って小さくなっていくものじゃないの?
身体はそんなに悪くないのに、どうして?
尊は何も言わずに真剣な眼差しで私の痣に手をかざす。
だが、痣は小さくならなかった。
「変わりませんね」
尊は静かな声でそう言うが、感情を抑えているように感じた。
尊も少なからずショックを受けているのかも。
今まで彼が治せない傷はなかった。
「尊はこの痣、妖の仕業だと思う?」
気になって聞くと、彼はその瞳を翳らせながら答えた。
「恐らく」
わー、ますます重い雰囲気になっちゃった。
ここは明るく振る舞わないと。
「ねえ尊、そんな暗い顔しないで。痛みはないんだもの。そのうち消えるわ。取り敢えず包帯でも巻いておこうかな。友達がビックリするかもしれないもの」
ハハッと笑う私を彼はじっと見る。
何か言われるかと思ったけれど、彼は部屋に置いてある救急箱を持ってきて包帯を手に取った。
「巻くのは私がやります。お嬢さまがやるとグルグル巻きになりますからね」
丁寧に包帯を巻いた後、彼は私の着替えを手伝った。
「今日の着物は桜色なのね。素敵だわ」
無邪気にそんな感想を口にする私に彼は冷ややかに言った。
「この着物の色なら、怪我をしてもすぐわかりますからね。もし、怪我をしても隠さずに言ってくださいよ」
彼の苦言にかしゅんとなって返事をした。
「はい」
その後、いつものメンツで学校に行く。
私は昨日寝ていて気づかなかったが、隼人は一度風磨家に帰って、今朝うちに戻ってきたらしい。
学校に着くと、いつものように尊が私の手の甲に口付ける。だが、いつもと違ってその顔は真剣だった。
彼が私の手を離してすぐに去るかと思ったのだけれど、今日は一緒に来たみんな私に手を振らず一緒に校門を抜ける。
「屋敷に戻らないの?」
尊に尋ねると、彼は校舎を指差した。
「私たちは教室には入りませんが、ちょっと校内を調べて回ります」
昨日の私の怪我のこともあって、妖がいないか確認したいのだろう。
「学校の許可は?」
この三人が校内をうろつくとなるとかなり目立つ。
特に尊や隼人は美形だから、きっと女の子がきゃあきゃあ騒ぐんじゃないだろうか。
今だって、生徒が尊や隼人をちらちら見ながら目を前を通り過ぎるもの。
その目はハート。
きっと尊たちとお近づきになりたいに違いない。
「そこは抜かりありませんよ。ちゃんと学校長の許可は取ってあります」
フッと笑みを浮かべる尊。
彼のことだ。妖のことは口にせず、私が怪我をしたから校内の安全を調査させてほしいとか何とか言って校長を説き伏せたのだろう。
妖の存在は普通の人は知らない。
前の赤鬼の事件だって、神隠しということになっている。
「そう。さすが尊ね」
でも……尊と琥珀くんだけならいいけど、隼人も一緒となると一抹の不安を感じる。
「隼人、うちの生徒に絶対に声をかけてはダメよ」
私が知る限りではこの世で一番のチャラ男に念を押すと、彼は軽い調子で返事をした。
「わかってるって。でも、この美貌だからさあ、女の子から声をかけられても責めないでよ」
ホント、残念な美形。
彼の返答に乾いた笑いを浮かべつつ、琥珀くんに目をやった。
「琥珀くん、隼人が何か悪さしたら猫パンチしていいからね」
「へーい。おいらに任せてよ」
琥珀くんが猫パンチのポーズをすると、隼人は「まだ俺は何もしてないって」と逃げ出した。
『まだ』って……何かする気満々じゃないのよ。
逃げた隼人の後ろ姿を睨みつけていたら、尊が私の首に何かをつけた。
「これをつけていてください」
それは、彼が片時も離さず身につけているネックレス。
中央に虹色に光る石が付いていてとても綺麗だ。
今も私の胸元でキラキラ輝いている。
「……でも、これは尊のお父さんがくれたものではないの?」
ネックレスをつけられて戸惑いを隠せなかった。
尊の話によれば、このネックレスは彼の家に代々伝わる家宝で、魔除けらしい。
小さい頃何度尊にせがんでもこれだけは触らせてくれなかったのに、私につけるなんて余程のことだ。
得体の知れない妖が学校内にいるかもしれない。
「ええ。でも、万が一の時のお守りです。石が黒く光ったら、そばに妖がいますから逃げてください」
真剣な眼差しで告げる彼の目を見て返事をした。
「わかったわ。そういうことならちょっとだけ借りる。また下校する時に返すわね」
出来れば光らないでほしい。
妖なんていなかったわって尊に笑って報告したい。
「では、またお迎えに上がります」
校門前で尊がそう言って私に軽く手を振ると、春乃が現れて私に抱きついた。
「撫子、よかった〜。目の前で倒れるから心配したんだよ、もう!」
涙目で言う彼女の肩を抱いて、ポンポンと優しく叩いた。
「ごめん、ごめん。でも、もう完全復活したから」
「でも……この手の包帯は?」
彼女が心配そうに痣のある方の手に目を向けたので、手をぶんぶん振り回して見せた。
「尊が大袈裟に包帯巻いただけだよ。痛みはないし、安心して」
「本当に?」
春乃がなかなか信じないのでニコッと笑った。
「うん、本当。嘘だと思うなら思い切り掴んでもいいよ」
その私の言葉に彼女はホッとした顔になる。
「そんな掴まないよ。でも、本当によかった」
きっと昨日は私のことを気にしてよく眠れなかったに違いない。
それから教室に入り、渡辺先生がやってきて私を見てにっこりと微笑んだ。
「水瀬さん、元気そうですね。安心しましたよ」
先生、もう私の名前覚えてるんだ。
有能な先生はこういうところが違うわね。
感心しちゃう。
「はい。ご心配おかけしました」
私も微笑み返し、その後授業が始まった。
「みんなもし外国へ行くことがあったら、こんな風にリンゴジュースを頼んではいけない。I am an apple juice.日本語で『私はリンゴジュースです』という言い回しは普通だが、英語だと『君はリンゴジュースなのか?』と聞き返されるから注意するように」
先生の英語のジョークにみんなフフッと笑う。
渡辺先生の授業はユーモアもあって楽しい。
だが、段々頭痛がしてきて、それは我慢できないくらい酷くなった。
視界もぼやけてきてもう授業を聞いていられない。
渡辺先生がそんな私に気づいた。
「水瀬さん、顔色が悪いな。医務室に行こう。立てるな?」
辛くて動きたくなかったが、医務室に行けば休める。
頭痛に耐えながら小さく頷いて椅子から立ち上がった。身体はふらふら。
「みんな、しばらく自習していてくれ」
先生はそう言って私の身体を支えながら医務室に連れて行く。
学校の一階にある医務室にはいつも看護師が常駐しているのだが、今は席を外していていなかった。
誰もいない医務室は静かで、校舎の隅にあるせいか、薄暗くて急に視界が暗くなったような気がした。
「あれ、看護師さんがいないみたいだな。まあ、いいか。ベッドでしばらく寝ていなさい」
先生に連れられ、医務室の衝立の奥にあるベッドに寝かせられる。
「……先生、すみません。看護師さんもすぐに戻ってくると思うので……教室に戻ってください」
身体が苦しかったが喉の奥から絞り出すように声を出して渡辺先生に言うと、彼はニヤリとした。
「看護師さんは戻ってこないよ」
戻って来ない?
「……どういうことです?」
意識が朦朧としてきたが、疑問に思って聞くと、彼の目が赤黒く光った。
「朝お腹が空いてたから食べたんだ。美味しかったよ」
まるで美味しい朝食を食べたかのように言う先生。
最初はその意味をよく理解出来なかった。
先生が……看護師さんを食べた。
看護師さん……を?
頭の中でその言葉が何度も繰り返されて、ようやく意味がわかった。
先生は人間を食べた。
驚愕に目を見開く私を見て先生はペロッと下唇を舐める。
先生の顔を見てゾクゾクと震えた。
その目は金色に光っていて、頭の中央には角がひとつあった。
額には金の輪っかが嵌められている。
その金の輪っかが私には王冠のように見えた。
この人……人間じゃない。
一刻も早く、逃げなきゃ。
一緒にいるのはマズいと思うも、身体はもう動かない。
ふと目を胸元にやると、尊に借りたネックレスの石が闇色に光っていた。
多分ずっと光っていたのかもしれないが、具合が悪くて気づかなかった。
「先生が……妖」
ショックを隠せない私。
教え方もうまくて、優しい先生だったのに……。
信じたくなかった。
夢か幻覚でも見てるんじゃあ……。
だが、次の先生の言葉にこれは現実だと悟った。
「そう、私は赤鬼の一角の煌。私が可愛がっていた紅羅がお前たちにやられたからな。これは復讐だ」
残忍な笑みを浮かべる妖。
……赤鬼の一角。
小さい頃、昔話のように父から聞いた。
妖の中でも鬼は強く、赤、青、黒の三種類がいて、一角の鬼はそれぞれ一匹ずつしかいない。
一角は鬼の頂点に立つ存在。
でも一角は三匹とも天月家の当主が封印したんじゃなかった?
どうしてここにいるの?
ズキズキとする激しい頭痛に思わず顔を歪める。
頭が割れそうだ。
「カラスの一件も……あなたの仕業なのね?」
最初から私を狙っていたんだ。
先生になって私に近づくなんて……。
「そうだ。紅羅が水瀬家の娘とその執事に殺されたとある奴らから聞いてな」
赤鬼の返答が気になった。
「ある奴らって……?」
「そんなこと知る必要はない。まずはお前の血の味見をしよう」
目の前のカーテンを閉めて私に向き直る赤鬼の煌。
「い……や」
身体が動かせず、目と声で抵抗する私を見て彼はうっすら口角を上げた。
「安心しろ。まだ殺さない。お前の仲間を誘い出すのに必要だからな」
……この鬼、尊も殺すつもりだ。
もし、今ここで尊の名を呼べば、校内にいる彼に声が届いてここに助けに来るかもしれない。
でも、そしたら私だけではなく尊も死んでしまう。
彼に助けを求めちゃダメだ。
そう決めて、尊の名は呼ばなかった。
死ぬほど怖かったけど、彼が死ぬより全然いい。
「匂いはしないが、私にはわかる。お前の血は美味しそうだ」
赤鬼が身を屈めて私の首に顔を近づける。
その時、前に鬼に血を吸われた感覚が甦って恐怖におののいた。
「嫌〜!」
声を限りに叫んだその刹那、尊から預かったネックレスの石が大きく光って赤鬼がその眩しさに顔をしかめた。
「……結界だけではなく、こんなものまで用意しているとは。せっかくイチゴキャンディーで結界の効果をなくしたのに」
光る石を忌々しげに赤鬼は睨みつける。
どうやら鬼にとっては嫌な代物らしい。
赤鬼が私を襲って来ない。
そのことに安堵した。
それにしても先生にもらったイチゴキャンディーが尊が張った結界の効果をなくしていたなんて……。
人から物をもらったら気をつけないと……。
「……この娘を連れてひとまず私の居城に戻るか」
赤鬼が私を見据えて呟く。
途切れ途切れになる意識の中で自分の死を覚悟した。
私はそのうちこの鬼に血を吸われて死ぬだろう。
尊にはもう会えない。
そう思うと悲しかったが、今までの彼との思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
雀を生き返らせて怒られたこと。
熱を出した時、彼がずっと看病してくれたこと。
茶道で下手だと罵られたこと。
怖い時は一緒に寝てくれたこと……。
彼との思い出は数えきれないくらいたくさんある。
ああ、私……もっと尊といたかった。
でも、尊と出会えて幸せだった……よ。
もし、私が式神を使えたら、このネックレスを彼に返せるのに……。
ごめんね、尊。
約束、守れな……い。
底知れぬ闇が私を包み込み、そこで私は意識を手放した。