「う……ん」
寝返りを打ってパッと目が覚めた。
いつもの私のベッド。
これは、夢ではない。
どうやら無事に戻って来たらしい。
他のみんなは無事なの?
ハッとして起き上がれば、尊がそばにいてにっこりと微笑んだ。
「おはようございます。撫子お嬢さま」
尊だけじゃない。
父や兄、隼人、琥珀くん、それに紅玉くんもいる。
みんながとびきりの笑顔で「おはよう」と私に挨拶した。
ああ、なんて素敵な朝なんだろう。
日差しも柔らかくて心地いい。
「おはよう」
みんな無事でよかった。
「お加減はどうですか?」
尊に体調を聞かれて即答した。
「私は元気よ。でも、尊たちは大丈夫なの?」
また尊が私を治癒してくれたのだろう。
剣で刺されたのに痛みが全くない。
今度ばかりは本当に死ぬかと思った。
尊もかなりの力を使ったのではないだろうか。
それに、隼人や琥珀くんだって煌の分身と戦って怪我をしたんじゃあ?
「ええ。大丈夫ですよ」
にっこり微笑む尊。
他のふたりも「元気、元気」と明るく返す。
「え?じゃあ、尊が治癒したの?あっ、でもそれだと尊の怪我は誰が……」
頭の中は?だらけ。
ひとりキョトンとしていたら、尊が赤い丸薬を見せた。
「これで怪我が治ったんですよ」
それは光沢があって、小豆ほどの大きさの薬。
近くの薬屋にありそうな代物に見える。
「この赤い薬で?」
信じられず聞き返したら、彼が薬の詳細を説明した。
「これは煌の遺灰です。昔から鬼の一角の遺灰は万病に効くと言われていて、試しに隼人に飲ませてみたら、一瞬で怪我が治ったんですよ」
ニコッと微笑む尊を隣にいる隼人が恨みがましい目で見た。
「そうそう。俺実験台にされたんだよね」
「でも、治ったんだからいいじゃん」
琥珀くんが隼人の肩をポンポン叩いてなだめる。
「それじゃあ、今後誰かが怪我をしたらすぐに治せるわね」
尊の話を聞いて大喜びするが、次の紅玉くんの言葉を聞いて少しがっかりした。
「それが丸薬はあとふた粒しかないんです」
「たったふた粒だけ?」
だが、尊の説明によると、実際に手元に残るのはさらに少なかった。
「でも、ひと粒は隼人のお父さんに渡すので、残りひと粒になります」
そう言えば、隼人のお父さまは赤鬼に怪我をさせられたんだっけ。
欲張ってはいけないわよね。みんなの怪我が治ったことを喜ばなきゃ。
それに、隼人だってお父さんのことは気がかりだったはず。
「隼人のお父さん、すぐに良くなるといいね」
笑顔で声をかけたら、彼はフッと笑った。
「殺しても死なないような親だけどね。まあ、そんな訳で俺は一回家に帰るよ。出来れば嫁としてお嬢ちゃんを連れて行きたかったけど」
「もう二度と戻って来なくていいわよ」
フフッと笑って返せば、隼人はいじける振りをした。
「撫子ちゃん、酷い」
こんなやり取りも最初は呆れたものだが、今は楽しい。
「嘘よ。また修行しに戻ってらっしゃい」
クスッと笑みを溢す私に、また彼が「撫子ちゃん、やっぱり、大好き〜!」と抱きつこうとして、バシャンと結界に弾き飛ばされた。
「ううっ、なんで毎回こうなるの?」
私の部屋の壁に見事なまでにめり込む隼人を冷ややかに見る尊。
「いつになったら学習するんでしょうね。壁を直してから帰るように」
「ハハッ。尊相変わらず厳しいね」
苦笑しながら隼人が壁から抜ければ、この場にいたみんながドッと笑った。
「紅玉くんはこれからどうするの?」
煌は死んでしまったし、仲間の赤鬼は尊たちが倒して、多分彼はひとりぼっち。
おまけに煌の城だって尊によってボロボロになったはず。
彼の将来が心配になった。
「実は尊さんやここにいる撫子さんのお父さんとよく話をして人間の世界にいることにしたんです。妖の世界にいる理由はないしね。撫子さんのお父さんが僕の後見人になって学校の寮に入る手続きをしてくれて」
にこやかに話す彼の目は生き生きとしていてとても嬉しそうだ。
「学校に行きたいって言ってたもんね。願いが叶ってよかったね」
私も紅玉くんの両手を握って祝福する。
「はい。次頭として生まれてきた時はそのうち煌の逆鱗に触れて殺されるって思ってたけど、撫子さんたちに出会えてよかった」
「その学生服も似合ってるよ」
鬼の角もうまく隠しているし、人間の世界にすぐに馴染んで友達も出来るだろう。
紅玉くんの服を褒めると、兄が穏やかな目で微笑んだ。
「僕が昔着ていたお古だけどね」
妖を倒す家系だけれど、善良な妖は支援する私の家族を誇りに思う。
「お父さまもお兄さまもありがとう。今回はいろいろ心配かけちゃってごめんね」
父と兄にそう謝ったら、ふたりは「今回だけではないよね」と私をからかう。
「すみません。反省しています」
ペコリと頭を下げると、父がチラッと尊に目をやった。
「それは尊に言いなさい。さあ、みんな朝食にしよう」
尊を残してみんな部屋を出て行く。
残ったのは私と尊のふたりだけ。
あー、何を話せばいいの?
急にパニックになる私。
とりあえず、お礼よ、お礼。
ベッドの上に正座して、尊の目を見ようとするが、なんだか気まずくて顔をあげられない。
握った拳をじっと見つめ、「尊……助けてくれてありがと」と自分の気持ちを何とか言葉にする。
今、手を見て気づいたが、痣が消えていた。
それを見て、本当にあの赤鬼は死んだんだと実感する。
痣のことに気を取られていたら、いつの間にかベッドに尊が腰掛けていて、私をギュッと抱きしめた。
「お前は一度死んだんだ。息を吹き返してくれてよかった」
突然抱きしめられドキッとするも、彼の言葉を聞いて驚いた。
「一度死んだ?え?じゃあなんで今生きてるの?私も赤い丸薬飲んだの?」
混乱する私の質問に彼は落ち着いた様子で答えた。
「いや、俺が蘇りの術を使った」
人には使うなと言っておいて自分は使うのだ。
それに、私だって人間には使ったことがない。
「自分の命が削られるってわかってる?」
尊を睨みつけて責めるが、彼はとても穏やかな目で返す。
「ああ。お前のためなら死んだって構わない」
それを聞いて私が喜ぶと思っているのだろうか。
「もう、そんなこと言わないで!尊がいなくなったら嫌だよ!」
ドンと尊の胸を叩いて怒る私を彼は温かい目で見つめる。
「だったら、俺の気持ちもわかるだろ?お前にはいつも元気で笑っていてほしい」
私が助かったって尊がいなければ何の意味もない。
どうしてそれがわからないのだろう。
「尊が死んじゃったら……笑ってなんか……いられない」
感情的になって泣きじゃくる私の頭を彼は優しく撫でる。
「安心しろ。今回は丸薬のお陰でダメージはない」
その説明を聞いて心から安堵する。
「……よかった。本当によかった」
涙ぐみながらそう呟く私の涙を拭い、彼は微笑んだ。
「俺もお前にまた助けられた。怒りで暴走しそうだった俺をお前が止めてくれたんだ」
「またって?」
彼の言い回しが気になった。
「お前が六歳の時にも同じように助けられた」
私が六歳。
夢と同じじゃないの。
「それって……裏山で?」
夢で見たのは実際にあった出来事だった?
「ああ。記憶がないと思ったが、思い出したのか?」
尊に聞かれ、小さく頭を振る。
「ううん。夢で何度も見たの。煌と戦った時の尊みたいに夢に出てくるお兄ちゃんは炎に包まれていて……。あのお兄ちゃんは尊だったんだ」
顔も似ているもの。
あの時、私と尊は出会ったんだ。
まるで霧が晴れていくかのように頭がスッキリする。
もっとあの時のことを聞きたかったし、石のネックレスのこともあって尊のお父さんのことも確認したかったが、彼が話題を変えた。
「その話は今はいい。俺が出した宿題、覚えているか?」
「宿題……」
そう呟いて考える。
確か尊が私を女として見ているかって……。
恋愛対象としての意味も含まれていたように思う。
キス程度なら冗談でもやるかもしれないけど、蘇りの術は相手を好きじゃないと出来ない。
だって、自分の命を削って助けるんだもの。
「尊は……異性として私が好きだって認識で合ってる?」
ひょっとしたら笑われるかもしれない。
でも、思い切って聞いてみたら、彼は甘い目をして頷いた。
「ご名答。じゃあ、お前の気持ちをちゃん聞きたい。俺のことはどう思ってる?」
「私……言ったわ」
最期だと思って「好き」と唇の動きで伝えたのだが、尊にダメ出しされた。
「ちゃんと声に出して言ってくれないとわからない」
今改めて言うなんて恥ずかしくて無理よ。
それに、私だって尊に「好き」って言われてない。
彼は私への気持ちを認めただけだ。
「待って。なんで私だけ告白させるの?不公平だわ」
尊をじっとりと見て不満を口にすると、彼はクスッと笑った。
「ふーん。俺が告白したら言うのか?」
どうせはぐらかすに決まってる。
「ええ。尊がちゃんと言ったらね」
そんな条件をつけて約束したら、彼が急に真剣な目をして……。
「撫子、好きだよ」
まさか本当に言ってくれるなんて思わなかった。
その熱い言葉に胸がジーンとなって何も言葉が出てこない。
「次はお前の番だ」
尊に促され、我に返る。
私もしっかりと伝えなきゃ。
「私も尊が好き」
尊の目を見てはっきりと口にすると、彼が私の顎を掴んでキスをする。
思いが通じ合ってからする初めてのキス。
温かくて優しくて……身体がなんだかふわふわしてきて、心も蕩けそう。
目がトロンとしてきたところで尊がキスを終わらせた。
「今はここまでにしておきます。あまり長くやると自制出来なくなるので」
急に執事モードになる彼。
突然恋人タイムが終わって戸惑う私。
「もう執事は辞めたら?私たち恋人同士になったのよね?」
尊を説得しようとするも彼は頑固だった。
「あなたが成人するまでは執事を続けます」
「私は執事じゃない時の尊が好きなんだけどな」
少し拗ねる私に彼は極上の笑顔で約束する。
「あなたが一人前の淑女になったら改めて求婚しますよ」
求婚?
聞き間違いではないわよね?
「それって……プロポーズ?」
尊に聞き返したその時、ドアがバタンと大きく開いて、隼人が現れた。
「大変だ、尊!」
結界を警戒してか隼人はドアの前で立ち止まって叫んだ。
「どうしたんですか、血相を変えて。風磨の家に帰らなくていいんですか?」
尊が面倒くさそうに相手をするが、隼人は真面目な顔で報告する。
「あの宿で襲ってきた不知火の奴らを俺の式神につけさせたんだ。そしたら、山の封印の方に向かったって連絡が来た」
「それはマズいですね」
隼人の言葉に尊は瞳を翳らせる。
「どうする尊?」
隼人が指示を仰ぐと、尊はどこか遠くを見据えて言った。
「封印を解かれるのはなんとしても阻止しなくては。
山の封印のある邪愁岳へ行きますよ。琥珀にも声をかけてください」
「了解!」
隼人が目をキラキラさせながら返事をする。
やはり宗家の者は戦いを好むのだろうか。それとも男の子だからかな。
ふたりを見ているとちょっと羨ましくなる。
でも、私にだって宗家の血が流れているのだ。
じっとしてはいられない。
「私も行くわ」
にっこり笑ってそう主張したら、ふたりはギョッとした顔をした。
「撫子お嬢さまは留守番しててください」
「そうそう。お嬢ちゃんは危険だって」
「止めてもムダよ。行くわ。尊が暴走したら誰が止めるの?」
私に尊が必要なように、尊にだって私が必要なのだ。
不敵の笑みを浮かべれば、ふたりは一瞬閉口した。
「大丈夫よ。私絶対に無茶はしないって約束する」
早速旅支度を始める私を見て、尊は盛大な溜め息をついた。
「その約束は無意味ですね。守った試しがない」
The end.
(其の一)
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
寝返りを打ってパッと目が覚めた。
いつもの私のベッド。
これは、夢ではない。
どうやら無事に戻って来たらしい。
他のみんなは無事なの?
ハッとして起き上がれば、尊がそばにいてにっこりと微笑んだ。
「おはようございます。撫子お嬢さま」
尊だけじゃない。
父や兄、隼人、琥珀くん、それに紅玉くんもいる。
みんながとびきりの笑顔で「おはよう」と私に挨拶した。
ああ、なんて素敵な朝なんだろう。
日差しも柔らかくて心地いい。
「おはよう」
みんな無事でよかった。
「お加減はどうですか?」
尊に体調を聞かれて即答した。
「私は元気よ。でも、尊たちは大丈夫なの?」
また尊が私を治癒してくれたのだろう。
剣で刺されたのに痛みが全くない。
今度ばかりは本当に死ぬかと思った。
尊もかなりの力を使ったのではないだろうか。
それに、隼人や琥珀くんだって煌の分身と戦って怪我をしたんじゃあ?
「ええ。大丈夫ですよ」
にっこり微笑む尊。
他のふたりも「元気、元気」と明るく返す。
「え?じゃあ、尊が治癒したの?あっ、でもそれだと尊の怪我は誰が……」
頭の中は?だらけ。
ひとりキョトンとしていたら、尊が赤い丸薬を見せた。
「これで怪我が治ったんですよ」
それは光沢があって、小豆ほどの大きさの薬。
近くの薬屋にありそうな代物に見える。
「この赤い薬で?」
信じられず聞き返したら、彼が薬の詳細を説明した。
「これは煌の遺灰です。昔から鬼の一角の遺灰は万病に効くと言われていて、試しに隼人に飲ませてみたら、一瞬で怪我が治ったんですよ」
ニコッと微笑む尊を隣にいる隼人が恨みがましい目で見た。
「そうそう。俺実験台にされたんだよね」
「でも、治ったんだからいいじゃん」
琥珀くんが隼人の肩をポンポン叩いてなだめる。
「それじゃあ、今後誰かが怪我をしたらすぐに治せるわね」
尊の話を聞いて大喜びするが、次の紅玉くんの言葉を聞いて少しがっかりした。
「それが丸薬はあとふた粒しかないんです」
「たったふた粒だけ?」
だが、尊の説明によると、実際に手元に残るのはさらに少なかった。
「でも、ひと粒は隼人のお父さんに渡すので、残りひと粒になります」
そう言えば、隼人のお父さまは赤鬼に怪我をさせられたんだっけ。
欲張ってはいけないわよね。みんなの怪我が治ったことを喜ばなきゃ。
それに、隼人だってお父さんのことは気がかりだったはず。
「隼人のお父さん、すぐに良くなるといいね」
笑顔で声をかけたら、彼はフッと笑った。
「殺しても死なないような親だけどね。まあ、そんな訳で俺は一回家に帰るよ。出来れば嫁としてお嬢ちゃんを連れて行きたかったけど」
「もう二度と戻って来なくていいわよ」
フフッと笑って返せば、隼人はいじける振りをした。
「撫子ちゃん、酷い」
こんなやり取りも最初は呆れたものだが、今は楽しい。
「嘘よ。また修行しに戻ってらっしゃい」
クスッと笑みを溢す私に、また彼が「撫子ちゃん、やっぱり、大好き〜!」と抱きつこうとして、バシャンと結界に弾き飛ばされた。
「ううっ、なんで毎回こうなるの?」
私の部屋の壁に見事なまでにめり込む隼人を冷ややかに見る尊。
「いつになったら学習するんでしょうね。壁を直してから帰るように」
「ハハッ。尊相変わらず厳しいね」
苦笑しながら隼人が壁から抜ければ、この場にいたみんながドッと笑った。
「紅玉くんはこれからどうするの?」
煌は死んでしまったし、仲間の赤鬼は尊たちが倒して、多分彼はひとりぼっち。
おまけに煌の城だって尊によってボロボロになったはず。
彼の将来が心配になった。
「実は尊さんやここにいる撫子さんのお父さんとよく話をして人間の世界にいることにしたんです。妖の世界にいる理由はないしね。撫子さんのお父さんが僕の後見人になって学校の寮に入る手続きをしてくれて」
にこやかに話す彼の目は生き生きとしていてとても嬉しそうだ。
「学校に行きたいって言ってたもんね。願いが叶ってよかったね」
私も紅玉くんの両手を握って祝福する。
「はい。次頭として生まれてきた時はそのうち煌の逆鱗に触れて殺されるって思ってたけど、撫子さんたちに出会えてよかった」
「その学生服も似合ってるよ」
鬼の角もうまく隠しているし、人間の世界にすぐに馴染んで友達も出来るだろう。
紅玉くんの服を褒めると、兄が穏やかな目で微笑んだ。
「僕が昔着ていたお古だけどね」
妖を倒す家系だけれど、善良な妖は支援する私の家族を誇りに思う。
「お父さまもお兄さまもありがとう。今回はいろいろ心配かけちゃってごめんね」
父と兄にそう謝ったら、ふたりは「今回だけではないよね」と私をからかう。
「すみません。反省しています」
ペコリと頭を下げると、父がチラッと尊に目をやった。
「それは尊に言いなさい。さあ、みんな朝食にしよう」
尊を残してみんな部屋を出て行く。
残ったのは私と尊のふたりだけ。
あー、何を話せばいいの?
急にパニックになる私。
とりあえず、お礼よ、お礼。
ベッドの上に正座して、尊の目を見ようとするが、なんだか気まずくて顔をあげられない。
握った拳をじっと見つめ、「尊……助けてくれてありがと」と自分の気持ちを何とか言葉にする。
今、手を見て気づいたが、痣が消えていた。
それを見て、本当にあの赤鬼は死んだんだと実感する。
痣のことに気を取られていたら、いつの間にかベッドに尊が腰掛けていて、私をギュッと抱きしめた。
「お前は一度死んだんだ。息を吹き返してくれてよかった」
突然抱きしめられドキッとするも、彼の言葉を聞いて驚いた。
「一度死んだ?え?じゃあなんで今生きてるの?私も赤い丸薬飲んだの?」
混乱する私の質問に彼は落ち着いた様子で答えた。
「いや、俺が蘇りの術を使った」
人には使うなと言っておいて自分は使うのだ。
それに、私だって人間には使ったことがない。
「自分の命が削られるってわかってる?」
尊を睨みつけて責めるが、彼はとても穏やかな目で返す。
「ああ。お前のためなら死んだって構わない」
それを聞いて私が喜ぶと思っているのだろうか。
「もう、そんなこと言わないで!尊がいなくなったら嫌だよ!」
ドンと尊の胸を叩いて怒る私を彼は温かい目で見つめる。
「だったら、俺の気持ちもわかるだろ?お前にはいつも元気で笑っていてほしい」
私が助かったって尊がいなければ何の意味もない。
どうしてそれがわからないのだろう。
「尊が死んじゃったら……笑ってなんか……いられない」
感情的になって泣きじゃくる私の頭を彼は優しく撫でる。
「安心しろ。今回は丸薬のお陰でダメージはない」
その説明を聞いて心から安堵する。
「……よかった。本当によかった」
涙ぐみながらそう呟く私の涙を拭い、彼は微笑んだ。
「俺もお前にまた助けられた。怒りで暴走しそうだった俺をお前が止めてくれたんだ」
「またって?」
彼の言い回しが気になった。
「お前が六歳の時にも同じように助けられた」
私が六歳。
夢と同じじゃないの。
「それって……裏山で?」
夢で見たのは実際にあった出来事だった?
「ああ。記憶がないと思ったが、思い出したのか?」
尊に聞かれ、小さく頭を振る。
「ううん。夢で何度も見たの。煌と戦った時の尊みたいに夢に出てくるお兄ちゃんは炎に包まれていて……。あのお兄ちゃんは尊だったんだ」
顔も似ているもの。
あの時、私と尊は出会ったんだ。
まるで霧が晴れていくかのように頭がスッキリする。
もっとあの時のことを聞きたかったし、石のネックレスのこともあって尊のお父さんのことも確認したかったが、彼が話題を変えた。
「その話は今はいい。俺が出した宿題、覚えているか?」
「宿題……」
そう呟いて考える。
確か尊が私を女として見ているかって……。
恋愛対象としての意味も含まれていたように思う。
キス程度なら冗談でもやるかもしれないけど、蘇りの術は相手を好きじゃないと出来ない。
だって、自分の命を削って助けるんだもの。
「尊は……異性として私が好きだって認識で合ってる?」
ひょっとしたら笑われるかもしれない。
でも、思い切って聞いてみたら、彼は甘い目をして頷いた。
「ご名答。じゃあ、お前の気持ちをちゃん聞きたい。俺のことはどう思ってる?」
「私……言ったわ」
最期だと思って「好き」と唇の動きで伝えたのだが、尊にダメ出しされた。
「ちゃんと声に出して言ってくれないとわからない」
今改めて言うなんて恥ずかしくて無理よ。
それに、私だって尊に「好き」って言われてない。
彼は私への気持ちを認めただけだ。
「待って。なんで私だけ告白させるの?不公平だわ」
尊をじっとりと見て不満を口にすると、彼はクスッと笑った。
「ふーん。俺が告白したら言うのか?」
どうせはぐらかすに決まってる。
「ええ。尊がちゃんと言ったらね」
そんな条件をつけて約束したら、彼が急に真剣な目をして……。
「撫子、好きだよ」
まさか本当に言ってくれるなんて思わなかった。
その熱い言葉に胸がジーンとなって何も言葉が出てこない。
「次はお前の番だ」
尊に促され、我に返る。
私もしっかりと伝えなきゃ。
「私も尊が好き」
尊の目を見てはっきりと口にすると、彼が私の顎を掴んでキスをする。
思いが通じ合ってからする初めてのキス。
温かくて優しくて……身体がなんだかふわふわしてきて、心も蕩けそう。
目がトロンとしてきたところで尊がキスを終わらせた。
「今はここまでにしておきます。あまり長くやると自制出来なくなるので」
急に執事モードになる彼。
突然恋人タイムが終わって戸惑う私。
「もう執事は辞めたら?私たち恋人同士になったのよね?」
尊を説得しようとするも彼は頑固だった。
「あなたが成人するまでは執事を続けます」
「私は執事じゃない時の尊が好きなんだけどな」
少し拗ねる私に彼は極上の笑顔で約束する。
「あなたが一人前の淑女になったら改めて求婚しますよ」
求婚?
聞き間違いではないわよね?
「それって……プロポーズ?」
尊に聞き返したその時、ドアがバタンと大きく開いて、隼人が現れた。
「大変だ、尊!」
結界を警戒してか隼人はドアの前で立ち止まって叫んだ。
「どうしたんですか、血相を変えて。風磨の家に帰らなくていいんですか?」
尊が面倒くさそうに相手をするが、隼人は真面目な顔で報告する。
「あの宿で襲ってきた不知火の奴らを俺の式神につけさせたんだ。そしたら、山の封印の方に向かったって連絡が来た」
「それはマズいですね」
隼人の言葉に尊は瞳を翳らせる。
「どうする尊?」
隼人が指示を仰ぐと、尊はどこか遠くを見据えて言った。
「封印を解かれるのはなんとしても阻止しなくては。
山の封印のある邪愁岳へ行きますよ。琥珀にも声をかけてください」
「了解!」
隼人が目をキラキラさせながら返事をする。
やはり宗家の者は戦いを好むのだろうか。それとも男の子だからかな。
ふたりを見ているとちょっと羨ましくなる。
でも、私にだって宗家の血が流れているのだ。
じっとしてはいられない。
「私も行くわ」
にっこり笑ってそう主張したら、ふたりはギョッとした顔をした。
「撫子お嬢さまは留守番しててください」
「そうそう。お嬢ちゃんは危険だって」
「止めてもムダよ。行くわ。尊が暴走したら誰が止めるの?」
私に尊が必要なように、尊にだって私が必要なのだ。
不敵の笑みを浮かべれば、ふたりは一瞬閉口した。
「大丈夫よ。私絶対に無茶はしないって約束する」
早速旅支度を始める私を見て、尊は盛大な溜め息をついた。
「その約束は無意味ですね。守った試しがない」
The end.
(其の一)
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
