煌の城で鬼と戦い、ようやく煌のいる場所までたどり着いた俺と隼人と琥珀。
ここに来るまでに俺も隼人も琥珀もかなりの力を使っていてすでにヘトヘトの状態だった。
最初に煌と俺が素手でやり合うが、なかなか決着がつかなかった。
しかも煌は自分の分身を出して、強敵が三人に増えた。
「うわ、何それ反則!」
隼人は声を上げて文句を言い、琥珀は顔を引きつらせる。
「ハハッ、冗談だよね?」
分身がどれほどの力を持っているかはわからないが、煌本人に準ずる力はあるはず。
隼人も琥珀も強いが、一角の鬼と戦うのは無理だろう。
俺が三人とも相手をするしかない。
「隼人、琥珀、無理に相手をしなくていい」
三人の煌を見据えながら隼人と琥珀に告げるが、彼らは従わなかった。
「尊にばかりカッコつけさせないよ」
隼人がキメ顔で言えば、琥珀も彼の言葉に頷きながら元気に笑ってみせる。
「そうそう。鬼の一角の相手なんて滅多に出来ないって」
隼人……琥珀……。
知り合って一ヶ月も経っていないが、いい仲間だと心から思う。
俺ひとりでは勝機などない。
撫子を救い出すには彼らの力が必要だ。
彼女首筋には煌に血を吸われた痕があり、一刻も早く助けないと危険な状態。
せめてもの救いは、撫子のそばにいる次頭らしき鬼に邪気がないこと。
まるで彼女を守っているかのようだ。
撫子も抵抗していないし、琥珀のようにいい妖なのかもしれない。
隼人と琥珀には何も言わずに結界を張った。
完全に煌の攻撃は防げなくても、何かあった時に命は助かるかもしれない。
最初、俺たち三人は上手く煌の攻撃を避けていたが、やはり圧倒的な力を前に苦戦していた。
琥珀は煌が放った火の玉に突き飛ばされる。
「うわ〜!」
琥珀の悲鳴が聞こえたが、今の俺は目の前の煌の本体の相手で精一杯。
隼人も煌の炎にやられ苦しそうだ。
だが、よそ見をしている暇はない。
煌の剣の動きが速くなり、急所はなんとかかわすが、少しずつかする回数が増えた。
この状態がいつまで続くのか。
この本体を倒せば分身は消える。
もう全身傷だらけ。
自分の汗と血で床が滑る。
集中しろ!
自分に喝を入れるが、疲労の蓄積で俺の動きが悪くなり、煌は心臓を狙ってきた。
足が滑って彼の剣が刺さりそうになったが、撫子のそばにいた次頭が俺に向かって叫び、何かを投げた。
「お兄さん、受け取って!」
彼の声と同時に眩い光が周囲に溢れる。
これは、撫子の学校で見たのと同じ光景。
そう思うと同時に、煌に壊されたと思っていた石のネックレスが飛んできた。
しっかりとそれを受け取って自分の首にかける。
煌は石の光で吹き飛ばされた。
次頭のお陰で助かったが、事態は最悪な方向へと進む。
煌は怒りに満ちた顔で俺を助けた次頭を睨みつけた。
「お前、私を裏切ったな」
それは一瞬の出来事。
煌が次頭に向かって炎の剣を投げると、それを見た撫子が「危ない!」と叫んでその次頭を庇い、彼女に剣が突き刺さった。
「うっ……」
その細身で剣を受け仰向けに倒れる彼女。
撫子の身体を煌剣が貫いている。
自分の頭に雷が落ちたような衝撃を受けた俺。
信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
これが現実ではなく夢だったらどんなによかっただろう。
自分に剣が刺さっていたなら、もっと冷静でいられた。
「撫子〜!」
煌との戦いを忘れ、彼女の元に駆け寄りその身体を抱きしめる。
そのそばで次頭が撫子を見て呆然としていた。
「撫子さん……」
苦しくて目を開けるのだって辛いだろうに、彼女は俺たちに微かに聞こえる声で訴える。
じわじわ火で焼かれるような感覚。
「みんな……逃げて……」
そんな撫子を見て、次頭が涙を零しながら彼女に問いかけた。
「撫子さん、どうして僕を庇ったの?」
「私の……せいで……死んで……欲しくなかった……から」
泣く鬼を慰めるように撫子が力なく笑う。
もう見ていられなくて、彼女の唇に指で触れた。
「撫子……喋るな。あいつを片付けたら治してやるから」
目頭が熱い。
涙で視界がぼやける。
撫子と初めて出会った時と同じだ。
俺は何のためにずっと彼女のそばにいた?
彼女にずっと元気で笑ってもらうためだろ?
だったら、彼女に剣を刺した鬼を滅ぼせ。
俺は決して煌を許さない。
「絶対に倒すから、待ってろ」
少しでも元気づけるように撫子の頬に手をやると、彼女は俺の目を見て小さく微笑んだ。
声は出ていなかったが、彼女は何かを伝えようとした。その唇の動きを読む。
す……き?
俺にはわかる。彼女の命の炎があともう少しで消えようとしている。
最期の別れみたいな告白をするなよ。
「いい子で待ってろ」
彼女に口付けて、俺に残っている力を少し分け与える。
その唇は生気がなくて冷たくて……。
自分がふたりいればと思った。
もうひとり自分がいれば治癒に専念できる。
だが、できないことを考えても無意味だ。
もどかしい思いで彼女から離れて煌を睨みつける。
「お前を許さない」
怒りが身体の底から湧き上がる。
今まで抑制していた感情が一気に爆発した。
俺が小さい時、父が唯一教えてくれたのは、『いつでも静の心でいろ』という言葉。
まだ俺は幼くて妖を倒す術は一切教えてくれなかった。
だが、どんな技を習得するよりもそれは難しい。
十年以上水瀬家の当主と心の鍛錬を積んできたが、まだまだだ。
怒りが俺の身体を支配する。
俺の大事なものを傷つけたこいつが憎い。
憎くて仕方がない。
術を唱えていないのに俺の身体は炎で燃え上がる。
それは俺の怒りと憎しみ。
負の感情を剥き出しにする俺を見て、煌が大きく目を見開いた。
「人間なのになぜこんな力を……」
人間がなんだ。妖がなんだ。
そんな意味のないことを聞くな。
「煩い。俺の大事な者を傷つけた報いは受けてもらう」
煌を見据え、一言一句ゆっくりと告げる。
「出来るものならやってみろ!」
煌が子犬のようにキャンキャン吠えて俺に攻撃を仕掛けるが、全部封じた。
「……馬鹿な」
俺の圧倒的な力を目の当たりにしてしばし唖然とする煌。
さらに熱量の強い炎を俺に放つが、今の俺には火花程度にしか感じない。
「終わりか?」
無機質な声で聞けば、相手は酷く動揺した。
「……なぜ死なない?」
下らないことを聞く。
俺が死なないのはお前の攻撃がきいていないからだ。
なのにこいつは認めようとしない。
愚かな鬼。
もうこれで勝敗は決まった。
「質問の答えになってない。もういい。お前は消えろ」
煌に死刑宣告すると、暗黒の闇が彼を包み込んだ。
「何だ、これは!や、やめろ!」
闇の中でもがき苦しむ煌を見ても何も感じなかった。
やがて闇は赤黒い炎に変わり、煌をじわじわと焼いていく。
「うわあ〜!」
その叫び声と共に煌は粉々になって消滅。
分身も同時に消えた。
「俺に感謝しろよ。やっと永遠の眠りにつけるんだ」
冷たく言うが、俺の中の怒りは消えない。
妖なんかが存在するから撫子が危ない目に遭う。
いや、妖だけではない。
煌の封印を解いた人間も許せない。
邪悪なものは全て滅びてしまえばいい。
全て……。
そうだ、尊。
全てを滅ぼせ。
闇の声が聞こえる。
怒りの炎で全部滅びろ。
自分の力を全て解放する。
全部なくなればいいと思った。
だが、よく知った手が俺を抱きしめる。
「尊……目を覚まして。このままでは……世界が壊れちゃう」
撫子の声がしてハッと我に返った。
「撫子……?」
俺を守るように抱きしめる彼女を呆然と見つめる。
撫子と目が合った瞬間、彼女の手から力が抜けてそのまま大理石の床に倒れ込む。
「撫子!」
慌てて彼女の身体を抱き上げるが、返事をしない。
絶望と恐怖が俺を襲う。
落ち着け。
ここで取り乱したら俺は彼女を失う。
治癒を施そうとしたら、次頭に隼人、飛ばされたはずの琥珀も戻ってきて、俺たちの元に駆け寄り彼女の顔を覗き込んだ。
「撫子さんは?」
「お嬢ちゃんは?」
「姉ちゃん大丈夫?」
三人に問われ、じっと撫子を見つめながら告げた。
「今……息をしていない」
俺の言葉にふたりとも黙り込む。
もう治癒の術だけでは彼女を助けられない。
だが、焦るな。
過去の記憶を呼び覚こせ。
撫子が雀を蘇らせた時の記憶を……。
あの時、彼女は『生き返らせてあげるね』と手の中にいる雀にそう言って目を閉じた。
精神を集中させて念じるんだ。
自分の命を彼女に与えるように……。
少し青くなったその唇に口付けて、念じる。
こっちに戻って来い。
まだ死ぬには早い。
頼むから戻って来てくれ。
どれくらいそうしていただろう。
彼女が六歳の頃からずっとそばで見守ってきた。
今までの彼女との大事な思い出が頭の中を駆け巡る。
『尊』と彼女に何度呼ばれただろう。
だが、彼女が俺と出会った時は、まだ名前では呼んでくれなかった。
一年の昏睡状態から目覚めて、いつの間にか家族になった俺を見て遠慮がちに『お兄さん』と呼んでいたっけ。
それが『尊お兄ちゃん』に変わり、俺が彼女の執事になると偉そうに『尊』と呼ぶようになった。
でも、呼び捨てにされるのは嫌ではない。
俺に心を許している証拠。
それに、これまでの俺たちの歩みの歴史。
撫子の胸の傷が治り、彼女がゆっくりと目を開けた。
「……み……こ……と」
弱々しい声だったが、確かに彼女は俺の名を呼んだ。
周りにいるみんなも息を吹き返した彼女を見て涙ぐむ。
「お帰り、撫子。もう勝手にひとりで旅に出るなよ」
俺もうっすら涙を浮かべてそう告げれば、彼女は小さく微笑んだ。
「ごめん」
ここに来るまでに俺も隼人も琥珀もかなりの力を使っていてすでにヘトヘトの状態だった。
最初に煌と俺が素手でやり合うが、なかなか決着がつかなかった。
しかも煌は自分の分身を出して、強敵が三人に増えた。
「うわ、何それ反則!」
隼人は声を上げて文句を言い、琥珀は顔を引きつらせる。
「ハハッ、冗談だよね?」
分身がどれほどの力を持っているかはわからないが、煌本人に準ずる力はあるはず。
隼人も琥珀も強いが、一角の鬼と戦うのは無理だろう。
俺が三人とも相手をするしかない。
「隼人、琥珀、無理に相手をしなくていい」
三人の煌を見据えながら隼人と琥珀に告げるが、彼らは従わなかった。
「尊にばかりカッコつけさせないよ」
隼人がキメ顔で言えば、琥珀も彼の言葉に頷きながら元気に笑ってみせる。
「そうそう。鬼の一角の相手なんて滅多に出来ないって」
隼人……琥珀……。
知り合って一ヶ月も経っていないが、いい仲間だと心から思う。
俺ひとりでは勝機などない。
撫子を救い出すには彼らの力が必要だ。
彼女首筋には煌に血を吸われた痕があり、一刻も早く助けないと危険な状態。
せめてもの救いは、撫子のそばにいる次頭らしき鬼に邪気がないこと。
まるで彼女を守っているかのようだ。
撫子も抵抗していないし、琥珀のようにいい妖なのかもしれない。
隼人と琥珀には何も言わずに結界を張った。
完全に煌の攻撃は防げなくても、何かあった時に命は助かるかもしれない。
最初、俺たち三人は上手く煌の攻撃を避けていたが、やはり圧倒的な力を前に苦戦していた。
琥珀は煌が放った火の玉に突き飛ばされる。
「うわ〜!」
琥珀の悲鳴が聞こえたが、今の俺は目の前の煌の本体の相手で精一杯。
隼人も煌の炎にやられ苦しそうだ。
だが、よそ見をしている暇はない。
煌の剣の動きが速くなり、急所はなんとかかわすが、少しずつかする回数が増えた。
この状態がいつまで続くのか。
この本体を倒せば分身は消える。
もう全身傷だらけ。
自分の汗と血で床が滑る。
集中しろ!
自分に喝を入れるが、疲労の蓄積で俺の動きが悪くなり、煌は心臓を狙ってきた。
足が滑って彼の剣が刺さりそうになったが、撫子のそばにいた次頭が俺に向かって叫び、何かを投げた。
「お兄さん、受け取って!」
彼の声と同時に眩い光が周囲に溢れる。
これは、撫子の学校で見たのと同じ光景。
そう思うと同時に、煌に壊されたと思っていた石のネックレスが飛んできた。
しっかりとそれを受け取って自分の首にかける。
煌は石の光で吹き飛ばされた。
次頭のお陰で助かったが、事態は最悪な方向へと進む。
煌は怒りに満ちた顔で俺を助けた次頭を睨みつけた。
「お前、私を裏切ったな」
それは一瞬の出来事。
煌が次頭に向かって炎の剣を投げると、それを見た撫子が「危ない!」と叫んでその次頭を庇い、彼女に剣が突き刺さった。
「うっ……」
その細身で剣を受け仰向けに倒れる彼女。
撫子の身体を煌剣が貫いている。
自分の頭に雷が落ちたような衝撃を受けた俺。
信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
これが現実ではなく夢だったらどんなによかっただろう。
自分に剣が刺さっていたなら、もっと冷静でいられた。
「撫子〜!」
煌との戦いを忘れ、彼女の元に駆け寄りその身体を抱きしめる。
そのそばで次頭が撫子を見て呆然としていた。
「撫子さん……」
苦しくて目を開けるのだって辛いだろうに、彼女は俺たちに微かに聞こえる声で訴える。
じわじわ火で焼かれるような感覚。
「みんな……逃げて……」
そんな撫子を見て、次頭が涙を零しながら彼女に問いかけた。
「撫子さん、どうして僕を庇ったの?」
「私の……せいで……死んで……欲しくなかった……から」
泣く鬼を慰めるように撫子が力なく笑う。
もう見ていられなくて、彼女の唇に指で触れた。
「撫子……喋るな。あいつを片付けたら治してやるから」
目頭が熱い。
涙で視界がぼやける。
撫子と初めて出会った時と同じだ。
俺は何のためにずっと彼女のそばにいた?
彼女にずっと元気で笑ってもらうためだろ?
だったら、彼女に剣を刺した鬼を滅ぼせ。
俺は決して煌を許さない。
「絶対に倒すから、待ってろ」
少しでも元気づけるように撫子の頬に手をやると、彼女は俺の目を見て小さく微笑んだ。
声は出ていなかったが、彼女は何かを伝えようとした。その唇の動きを読む。
す……き?
俺にはわかる。彼女の命の炎があともう少しで消えようとしている。
最期の別れみたいな告白をするなよ。
「いい子で待ってろ」
彼女に口付けて、俺に残っている力を少し分け与える。
その唇は生気がなくて冷たくて……。
自分がふたりいればと思った。
もうひとり自分がいれば治癒に専念できる。
だが、できないことを考えても無意味だ。
もどかしい思いで彼女から離れて煌を睨みつける。
「お前を許さない」
怒りが身体の底から湧き上がる。
今まで抑制していた感情が一気に爆発した。
俺が小さい時、父が唯一教えてくれたのは、『いつでも静の心でいろ』という言葉。
まだ俺は幼くて妖を倒す術は一切教えてくれなかった。
だが、どんな技を習得するよりもそれは難しい。
十年以上水瀬家の当主と心の鍛錬を積んできたが、まだまだだ。
怒りが俺の身体を支配する。
俺の大事なものを傷つけたこいつが憎い。
憎くて仕方がない。
術を唱えていないのに俺の身体は炎で燃え上がる。
それは俺の怒りと憎しみ。
負の感情を剥き出しにする俺を見て、煌が大きく目を見開いた。
「人間なのになぜこんな力を……」
人間がなんだ。妖がなんだ。
そんな意味のないことを聞くな。
「煩い。俺の大事な者を傷つけた報いは受けてもらう」
煌を見据え、一言一句ゆっくりと告げる。
「出来るものならやってみろ!」
煌が子犬のようにキャンキャン吠えて俺に攻撃を仕掛けるが、全部封じた。
「……馬鹿な」
俺の圧倒的な力を目の当たりにしてしばし唖然とする煌。
さらに熱量の強い炎を俺に放つが、今の俺には火花程度にしか感じない。
「終わりか?」
無機質な声で聞けば、相手は酷く動揺した。
「……なぜ死なない?」
下らないことを聞く。
俺が死なないのはお前の攻撃がきいていないからだ。
なのにこいつは認めようとしない。
愚かな鬼。
もうこれで勝敗は決まった。
「質問の答えになってない。もういい。お前は消えろ」
煌に死刑宣告すると、暗黒の闇が彼を包み込んだ。
「何だ、これは!や、やめろ!」
闇の中でもがき苦しむ煌を見ても何も感じなかった。
やがて闇は赤黒い炎に変わり、煌をじわじわと焼いていく。
「うわあ〜!」
その叫び声と共に煌は粉々になって消滅。
分身も同時に消えた。
「俺に感謝しろよ。やっと永遠の眠りにつけるんだ」
冷たく言うが、俺の中の怒りは消えない。
妖なんかが存在するから撫子が危ない目に遭う。
いや、妖だけではない。
煌の封印を解いた人間も許せない。
邪悪なものは全て滅びてしまえばいい。
全て……。
そうだ、尊。
全てを滅ぼせ。
闇の声が聞こえる。
怒りの炎で全部滅びろ。
自分の力を全て解放する。
全部なくなればいいと思った。
だが、よく知った手が俺を抱きしめる。
「尊……目を覚まして。このままでは……世界が壊れちゃう」
撫子の声がしてハッと我に返った。
「撫子……?」
俺を守るように抱きしめる彼女を呆然と見つめる。
撫子と目が合った瞬間、彼女の手から力が抜けてそのまま大理石の床に倒れ込む。
「撫子!」
慌てて彼女の身体を抱き上げるが、返事をしない。
絶望と恐怖が俺を襲う。
落ち着け。
ここで取り乱したら俺は彼女を失う。
治癒を施そうとしたら、次頭に隼人、飛ばされたはずの琥珀も戻ってきて、俺たちの元に駆け寄り彼女の顔を覗き込んだ。
「撫子さんは?」
「お嬢ちゃんは?」
「姉ちゃん大丈夫?」
三人に問われ、じっと撫子を見つめながら告げた。
「今……息をしていない」
俺の言葉にふたりとも黙り込む。
もう治癒の術だけでは彼女を助けられない。
だが、焦るな。
過去の記憶を呼び覚こせ。
撫子が雀を蘇らせた時の記憶を……。
あの時、彼女は『生き返らせてあげるね』と手の中にいる雀にそう言って目を閉じた。
精神を集中させて念じるんだ。
自分の命を彼女に与えるように……。
少し青くなったその唇に口付けて、念じる。
こっちに戻って来い。
まだ死ぬには早い。
頼むから戻って来てくれ。
どれくらいそうしていただろう。
彼女が六歳の頃からずっとそばで見守ってきた。
今までの彼女との大事な思い出が頭の中を駆け巡る。
『尊』と彼女に何度呼ばれただろう。
だが、彼女が俺と出会った時は、まだ名前では呼んでくれなかった。
一年の昏睡状態から目覚めて、いつの間にか家族になった俺を見て遠慮がちに『お兄さん』と呼んでいたっけ。
それが『尊お兄ちゃん』に変わり、俺が彼女の執事になると偉そうに『尊』と呼ぶようになった。
でも、呼び捨てにされるのは嫌ではない。
俺に心を許している証拠。
それに、これまでの俺たちの歩みの歴史。
撫子の胸の傷が治り、彼女がゆっくりと目を開けた。
「……み……こ……と」
弱々しい声だったが、確かに彼女は俺の名を呼んだ。
周りにいるみんなも息を吹き返した彼女を見て涙ぐむ。
「お帰り、撫子。もう勝手にひとりで旅に出るなよ」
俺もうっすら涙を浮かべてそう告げれば、彼女は小さく微笑んだ。
「ごめん」
