私の執事には謎が多すぎる ー 其の一 妖の獲物になりました

「尊……喉……カラカラ。尊……」
自分の寝言で目が覚めた。
身体がなんだか気だるい。
ここはどこだろう?
ひょっとして……私はもう死んでいて死後の世界にでもいるのだろうか?
確か赤鬼に襲われそうになって、尊から預かってた石がピカーッて光って、それから……いつの間にか気を失ってた。
ここは医務室ではない。
目に映るのは全く見覚えのない場所。
大理石の床。
目の前には玉座があって、まるで西欧のお城の中みたいだ。
渡辺先生……ううん、赤鬼の一角がその玉座に座り、部下の鬼たちに何やら命じている。
ゆっくりと上体を起こして気づいた。
足枷がついていて、足が重く、自由に動けない。
ここがどこだかわからないけれど、尊は私がいないのに気づいて今ごろ必死になって探しているかもしれない。
お願い。ここには来ないで、尊。
だって、感じるもの。
紅羅以上にこの煌は恐ろしい存在だ。
きっと底知れぬ力を持っているのだろう。
私たち人間が太刀打ちできる相手ではない。
たとえ尊が強くても、簡単に倒されてしまうに違いない。
そんなことを考えていたら耳元で少年の声がした。
「お姉さん、はい、お水」
水の入ったコップを私に差し出す少年。
頭には角がふたつあって、目は金色。
「……紅羅?」
自分の血を吸った鬼を思い出して身体が強張ったが、少年は穏やかな目で否定した。
「違う。僕は紅羅ではなくて紅玉」
紅羅ではない……のか。
言われてみれば、紅羅よりもちょっと身体が小さい。
紅羅が十二歳の人間くらいだとすると、この子は十歳くらいだ。
それに彼の目からは殺気を感じない。
静かな波のような感じ。
尊から預かってる石も反応しないから、彼は危険ではないのかも。
琥珀くんのようなタイプの子なのかもしれない。
「喉が渇いたんでしょう?水、飲んで」
紅玉くんが私の手にコップを握らせる。
本当に水なのだろうか?
少し警戒してじっとその水を眺めていたら、彼がクスッと笑った。
「大丈夫。ただの水だよ」
多分、同じセリフを煌が言ったなら信用しなかっただろうが、彼の言葉には嘘がないと思った。
「……ありがとう」
礼を言って水をごくごくと飲むが、煌の視線を強く感じて固まった。
コップを持ったままその最強の鬼を凝視すると、煌はいきなり玉座から立ち上がって、険しい表情で紅玉くんを思い切り殴った。
「お前は勝手なことをするな!」
「キャッ!」
思わず声を上げる私。
殴られた紅玉くんの身体は放物線を描いて吹き飛ばされ、大理石の床に叩きつけられる。
「うっ!」と呻き声を上げて顔を歪ませる彼を見て思わず声を荒らげた。
「ちょっと、なんてことするのよ!仲間でしょう!」
「威勢の良いお嬢さんだな。私の血で生み出した子をどう扱おうが私の勝手だ」
煌が近づいてきて私の顎を掴むが、彼のその手を叩き落とした。
「自分の子供なら尚更大切にしなさいよ!最低な親ね!」
大声で罵る私を見て煌は意外そうな顔をする。
「お前……私が怖くないのか?」
単に怒りが恐怖に勝っただけだ。
「怖いわよ。でも、どうせあなたに殺されるんだもの。命乞いなんてしないわ」
怒りをパワーにして煌を見据えれば、彼はニヤリとした。
「人間のくせにたいした娘だ。紅玉は出来損ないで、次頭の器ではない。私の血とお前の血を掛け合わせたら、最高の鬼が生まれるだろうな」
その話に身体がゾクッとする。
胸元の石に目をやれば、煌の禍々しい空気を感じて闇色に光っていた。
彼もチラリと石を見て思い出したように呟いた。
「その石……私を封印した奴が同じものを持っていたな。天月帝といったか。いずれその石を壊してお前を血を頂く」
煌はフッと笑うと、この場からパッと消えた。
え?ちょっと待って。
天月帝がこの石を持っていた?
それって尊が天月帝ってこと?
いや……違う。天月家の当主が鬼を封印したのは十年以上昔の話。
彼は今二十四歳だし、天月帝ということはない。
だとしたら、尊は天月家の者ってこと?
この石はお父さんからもらったって……。
でも、これに似た石が他にも存在している可能性もある……って今はそんなことを考えている場合じゃない。
「紅玉くん、大丈夫?」
煌に殴られてうずくまっている彼に声をかけると、ゆっくりと起き上がった。
「……だ、大丈夫。いつものことだから」
そう言ってニコッと笑って見せるが、頬が腫れているし、口元が切れて青い血が出ている。
全然大丈夫じゃない。
「ちょっとこっちにきて」
彼を手招きすると、ふらつきながらやってきた。
「何?」
キョトンとした顔をする紅玉くんに優しく微笑む。
「痛いでしょう?その傷治してあげる」
尊には禁止されていたが、どうせ死ぬんだから治癒の術を使っても問題ない。
彼の傷に手をかざして念じる。
徐々に傷が治っていくのを見てホッとする。
私のせいで殴られたのだ。
ちゃんと治してあげたい。
「ねえ、ここはどこ?」
治癒しながら尋ねると、彼は静かな声で答えた。
「妖の世界にある煌さまの城だよ。……お姉さん、凄いね。もう全然痛くない。ありがとう。僕もそういう力が欲しかったな」
瞳に暗い陰を落とす紅玉くんににこやかに返した。
「私はもっと別の力が欲しかったな。非力でいつも尊に助けてもらってばかりだもん」
「尊?」
「私の家族。兄のようで……兄じゃないんだけど……とにかく特別な人。口うるさいけどね」
「家族かあ。鬼にはそんな関係ないから憧れる。力こそが全てだから。でも、お姉さんは非力なんかじゃないよ。あの煌さまに食ってかかるんだから。同じ鬼でも煌さまを前にすると萎縮する……って、お姉さん、鼻から血が出てる!」
彼は私の顔を見てハッとした顔になる。
「あっ、気にしないで。たまに鼻血が出るの」
ハハッと笑いながら袖で血をサッと拭う私を紅玉くんは心配そうに見つめる。
「本当に大丈夫?お姉さん、煌さまに連れて来られた時からぐったりしてる。何か食べた方がいいよ。食べたいものある?今なら煌さまいないし、何でも用意するよ」
それって……最後の晩餐ってやつかしら。
彼の言葉を聞いて尊のパンケーキが頭に浮かんだ。
「パンケーキが食べたい」
フワフワで、イチゴと生クリームがたっぷりのっていて美味しい。
「パンケーキね」
にっこり微笑んで紅玉くんは熱々のパンケーキを出した。
まさに私の頭に浮かんだのと同じものでイチゴと生クリームがトッピングされている。
「ありがとう。いただきます」
手を合わせて、一口口に運ぶ。
「……美味しい」
フワッとしていて、甘くて……。
尊のと同じ味。
まさか死ぬ前にパンケーキが食べられるなんて思わなかったな。
死にそうになってやっと自分の気持ちに気づいた。
私は……尊が好きなんだ。
いつからかはわからない。
でも、何を考えようとしてもまず浮かぶのは彼の顔。
誰よりも……彼が好き。
涙がスーッと頬を伝う。
「お姉さんどうしたの?」
私の涙を見て紅玉くんが慌てた。
「……美味しくて感動しちゃった。紅玉くんありがとう」
涙を拭いながら微笑むが、彼はまだじっと私を見ている。
「お姉さん……」
それから煌が戻るまで紅玉くんといろんな話をした。
次頭になる鬼は頭が生み出すけど、他の鬼たちはマグマ風呂から作られるらしい。
次頭は頭から血を分けてもらうから他の鬼よりも強く、知能も高い。
妖の世界にいる赤鬼、青鬼、黒鬼はそれぞれ敵対していたが、それぞれの頭が封印されていたこともあって今は冷戦状態。
だが、封印を解かれた煌はこの機に乗じて、青鬼や黒鬼の居城に攻め込み、覇権を握ろうとしているとか。
「鬼も人間もやってることは変わらないわね」
溜め息交じりに言えば、紅玉くんは小さく笑う。
「戦わず共存していければいいんだけどね」
そんな風に考える鬼がいることに驚いた。
「煌に聞かせてやりたいわ。その言葉」
「きっと一瞬で消されるよ。僕は人間になりたかった。人間って学校に行くでしょう。僕も学んでみたかったな」
彼はどこか遠くを見つめる。
それは紅玉くんの夢なのだろう。
「紅玉くんが頭になったら叶うかもね」
そんな言葉をかけるが、こちらがハラハラするような言葉を表情を変えずに口にした。
「どうかな?僕は煌さまに気に入られていないから、そのうち消されるかもしれない。五千歳の彼に比べれば、僕はまだ生まれたてのひよっこだからね」
この子はとても冷静で頭のいい子だ。
ちゃんと、自分の状況をわかっている。
紅羅がいなくなったから煌は紅玉くんを次頭として生み出したらしい。
五千歳の煌に人間の赤ちゃんが挑む光景が頭に浮かび苦笑いした。
「五千歳……ね。なんかもう誰も煌に勝てない気がする」
「青鬼や黒鬼の頭はもっと歳を取っているらしいよ。なんとかお姉さんを逃してあげたいけど、その足枷は煌しか外せないんだ。ごめん」
「謝らないで。最後にパンケーキも食べれたし、こうしてお話できてよかった。紅玉くんがいなかったら、恐怖でブルブル震えていたと思う。あっ、そう言えば名前言ってなかったね。私は撫子」
「人間の世界にある花の名前と一緒だね」
「紅玉くん、生まれたばかりなのに物知りだね」
「うん。僕の知識は煌さまのを引き継いでいるから」
「なるほど。五千年分の知識か。なんか凄いね。うちにもうすぐ五百歳になる猫の妖がいるの。きっと紅玉くんと会ったら仲良くなるだろうな。会わせてみたかったな」
紅玉くんと琥珀くんが楽しそうに話をする光景を想像してクスッと笑う。
「へえ、撫子さんのところに妖がいるんだね。あっ……煌さまが戻ってきた」
気配を感じたのか、紅玉くんはパンケーキを消し、私から少し離れた。
それと同時に煌が突然目の前に現れる。
「お前を助けに人間どもと妖が一匹やって来たぞ」
私を見据えて煌はそう言うと、尊たちが赤鬼と戦っている映像のようなものを指をパチンと鳴らして私に見せた。
「尊……隼人に……琥珀くんまで」
どうして来たの!
生きては帰れない!
「あの黒服の人間、生きていたとはな。なかなかしぶとい」
煌は面白そうに目を光らせる。
黒服の人間というのは尊のことだ。
どうやら彼は尊と私が知らない間に対戦したようだ。
映像を見た感じでは尊の動きはいつもと変わりない。そのことに安堵する。
多分、怪我もしていないだろう。
でも……ここに来たら生きては帰れない。
お願いだから、ここにこないでみんな!
心の中で必死に祈るが、尊たちは鬼を倒して前へと進む。
「私に殺されるとわかっててここに来るのだから本当に愚かな奴らだ。まあ、いい暇つぶしにはなるが」
しばらくすると、周囲が賑やかになって来た。
尊たちがここにやってくる。
来てはいけないのに……。
どうしたら尊たちを助けられる?
どうしたら……あっ。
私の血を取り引きに使えばいい。
これは賭けだ。
うまくいけば尊の命を救える。
「ねえ、取り引きしない?」
煌に声をかけると、彼は私を見て目を細めた。
「取り引き?」
「あなたに私の血をあげるから、私の仲間に手を出さないで欲しいの。私の血は美味しいらしいし、あなたも味わってみたいんじゃないの?」
断られるかもしれないが、何かしなければみんな死んでしまう。
固唾を飲んで煌の返事を待つと、彼は私の胸元にある石に目を向けた。
「だが、その石があってはすぐに吸えない」
話にのって来た。
このまま取り引きを進めよう。
「わかったわ。この石のネックレスは外す」
ネックレスを取って煌に差し出すが、彼はすぐに受け取らず近くにいた紅玉くんに目を向けた。
「紅玉、お前が持っていろ」
多分、煌はこの石に触れたくないのだろう。
この石は邪悪な者に反応する。
「はい」
従順に返事をして私に近づく紅玉くんにネックレスを預けると、声を潜めた。
「出来たらでいい。このネックレスをあの黒服の人に渡して」
映像に映る尊にチラッと目をやってお願いすると、紅玉くんは私の目をじっと見た。
煌がいるから返事はしなかったけど、その目は「わかった」と言っている。
煌にバレたら紅玉くんだってただではすまない。
だから、絶対に渡してとは言えなかった。
ああ〜、神さま、お願いです。
私はどうなってもいいから尊たちを守ってください。
「さあ、さっさと吸いなさいよ」
着物の襟元を緩めて煌に首筋を見せると、彼は私に近づき身を屈めた。
「いい度胸をしている」
楽しげに笑って煌は顔を近づけて、私の首筋に牙を立てた。
ズキッという音がして血が吸われていくのがわかる。
「ああ〜!」
その恐怖と痛みに思わず声を上げる。
「こんなにうまい血は初めてだ」
フッと笑みを浮かべる煌に勇気を振り絞って言った。
「約束は……ちゃんと守ってよ」
「気丈な娘だ。すぐに殺すのは惜しい。しばらくは生かしておいてやろう」
煌が私の頬を撫でてきたのでビクッとした。
だが、もうその手を振り払う力もない。
血を吸われ、意識が朦朧としてきた。
せっかく紅玉くんにパンケーキをもらって少し元気になったのに、これでまた動けない。
でも、後悔はしていない。
尊たちが助かるならなんだってする。
映像に映るみんなを見て祈る。
絶対に死なないで。
もう祈ることしか出来ないけど……。
体内の血が減ったせいか息が苦しい。
でも、まだ意識があるということは、煌も吸う量を加減したのだろうか。
紅羅に吸われた時は何も考えられなくなってそのまま意識を失ってた。
首筋の痛みを堪えながら何度もゆっくりと息を吸っていると、周囲が騒がしくなった。
きっと尊たちが近くに来たに違いない。
「よくここまで来たな。褒めてやろう。だが、もうすぐお前たちは死ぬ」
煌は私を裏切って尊たちを殺す気だ。
でも、その展開を予想してなかったわけじゃない。
私の真の目的は尊に石を渡すこと。
煌の声で顔を上げると、尊たちの気配がする方へ目をやった。
「ダメ!ここに来ちゃダメ〜!」
必死に叫ぶと同時に、煌のつけた牙の痕から血が噴き出す。
尊は私を見て表情を変え、駆け寄ろうとしたが、紅玉
くんが、いち早く私の口を塞いで声を潜めた。
「黙って。叫ぶと大量出血で死にます」
「でも……」
紅玉くんの手を外そうとするが、彼は力を緩めず少し厳しい顔で告げた。
「いいから黙っていてください。必ずネックレスを彼に渡しますから」
その金色の目は綺麗に澄んでいた。
彼はきっと尊に石を渡してくれる。
そう信じて抵抗するのをやめてると、尊と目が合った。
普通なら紅玉くんに攻撃するところだが、尊は何もしてこない。彼には紅玉くんが私を殺す気がないとわかっているのだろう。
尊はすぐに煌に視線を戻し、彼を挑発する。
「俺たちは死ぬつもりはない。それにしても人間の城を真似るとは、人間の偉大な文化に感化されたか?」
「私が人間に感化されただと?馬鹿なことを。ただの暇つぶしだ。五千年も生きているのだ。たまには刺激が必要でな」
フンと鼻で笑う煌を相手にしても尊は一歩も引かない。
「退屈ならもう永眠したらどうだ?そんだけ生きれば充分だろう?」
「お前に決められたくはない」
ムッとした煌は瞬間移動して直接尊に殴りかかった。
「尊!」
咄嗟に叫ぶが、尊は煌の動きを読んでいて彼の拳を手で受け止めた。
「ほお。私の拳を止めるとは褒めてやる」
ニヤリとする煌に対し尊も今のところは余裕の表情。
「それはどうも」
しばらく素手でふたりはやり合っているが、動きが速くて目で追えない。
隼人も琥珀くんは彼らの邪魔にならないよう状況を見守っている。
尊たちの戦いを見て紅玉くんが「あの黒い服の人凄いね」と囁くような声で言った。
「あの人が尊なの。私の大事な人……そして、私が誰よりも好きな人」
尊のことを話すと、彼は小さく相槌を打った。
「あの人が撫子さんの大事な人なんだね。煌さまの動きを読んでついていってる」
尊と煌が縦横無尽にこの空間を動き周り、あちこちで火花が飛び散っている。
時々ふたりが戦った衝撃で壁が崩れている。
見ている方は気が気じゃない。
神さま、どうか尊をお守りください。
手を組んで必死に祈る。
素手での戦いは決着がつかず、尊と煌は息を整えながら睨み合う。
「お前は本当にあの男によく似ている」
煌が意味深な言葉を投げるも、尊はスルーして皮肉を口にする。
「五千歳にしては動きが機敏じゃないか」
一見、互角に見えるけど、尊の方が息が上がっていて疲れが見える。
ここにたどり着くまでにたくさんの鬼を倒してきたのだ。
もう尊の体力も限界なのではないだろうか。
「お前が私を褒めるなんて千年早い」
フッと笑うと、煌が三人に増えた。
私の血を吸って力を増しているのだろう。
「うわ、何それ反則!」
隼人はギョッとし、琥珀くんは一歩後ずさる。
「ハハッ、冗談だよね?」
「隼人、琥珀、無理に相手をしなくていい」
三人の煌を睨みつける尊に、隼人はいつものおどけた調子で言う。
「尊にばかりカッコつけさせないよ」
「そうそう。鬼の一角の相手なんて滅多に出来ないって」
琥珀くんも隼人に同意し、目の前にいる煌を見据える。
三人の煌と尊たちは戦い始める。
……ダメだよ。こんなの。勝ち目なんてない。
「逃げ……!」
「あの三人を信じたら?」
叫ぼうとしたら、また紅玉くんに止められた。
……信じるか。
確かに三人の目は最強の敵を前に生き生きとしている。
風を巻き起こして煌の火の攻撃をかわす隼人。
部屋を飛び回って火の玉を避ける琥珀くん。
そして、ネクタイを氷の剣に変え、炎の剣を持つ煌と対戦する尊。
最初はみんな煌の攻撃を頑張って防いでいたが、やはり力の差は歴然で、まず琥珀くんが煌の火の玉を受けてそのまま城の外に飛ばされた。
「うわ〜!」
琥珀くんの叫び声がするが、私にはどうすることもできない。
隼人も身体を炎に包まれ、「この程度で……死んでたまるか」と顔を歪めてもがき苦しむ。
尊もたまに膝をつき、煌に押されている。
もう見てられなかった。
私は身動きが取れない。
治癒の術さえ使う力も残っていない。
煌が尊の心臓に剣を突き刺そうとしたその時、紅玉くんが尊に向かってあの石のネックレスを投げた。
「お兄さん、受け取って!」
私を守った時のように石がピカーッと光って、煌が弾き飛ばされる。
尊はすかさずネックレスを掴んで首にかけた。
ああ。これできっとあの石が尊の命を守ってくれる。
煌は顔をしかめながら起き上がり、紅玉くんを睨みつけ、炎の剣を投げつけた。
「お前、私を裏切ったな」
「危ない!」
咄嗟に紅玉くんを庇うと、炎の剣が私の胸に突き刺さった。
「うっ……」
身体にズシンと衝撃がきて床に仰向けに倒れる。
「撫子〜!」
尊が青ざめた顔で駆け寄ってきて私を抱き締めると、紅玉くんも信じられないって顔で私を見た。
「撫子さん……」
じわじわ火で焼かれるような感覚。
痛くて……苦しくて……。
でも、紅玉くんに剣が刺さらなくてよかった。
「みんな……逃げて……」
囁きに近い声で言う私に、紅玉くんが泣きじゃくりながら尋ねる。
「撫子さん、どうして僕を庇ったの?」
「私の……せいで……死んで……欲しくなかった……から」
そう答えたら、尊が私の唇に指を当てた。
「撫子……喋るな。あいつを片付けたら治してやるから」
その目は涙で潤んでいる。
剣が刺さったんだもの。
尊もビックリするよね。
いつもいつも心配ばかりかけちゃって……ごめん。
でも、いくら尊だってこんな怪我を治癒するのは無理だろう。
尊だって満身創痍で戦っている。
「絶対に倒すから、待ってろ」
尊が私の頬に手を添えて約束する。
でも、私はもう持たないかもしれない。
返事をする代わりに彼を見て微笑み、唇の動きだけで彼への思いを伝えた。
好き――。
彼は私の唇の動きを読んでうっすら涙を浮かべる。
「いい子で待ってろ」
尊はもう一度そう言って私の唇にそっと口付けた。
もうその唇の感触も感じない。
そのキスの意味を考える気力もない。
ただ、彼と触れ合うのは最後かもしれない。
そんなことをふと思った。
尊は私から離れ、煌を見据える。
「お前を許さない」
彼の目が金色に光って……。
何かが爆発したかのように尊の身体が燃え上がり、周囲の空気も熱くなって、玉座も溶けてドロドロになる。
全てを燃えつくしそうなほど勢いの強い炎。
火の使い手の煌でさえも、怒りに燃える尊を見て顔を引きつらせた。
「人間なのになぜこんな力を……」
「煩い。俺の大事な者を傷つけた報いは受けてもらう」
炎に包まれているのに、彼の目は冷たい氷のようだ。
「出来るものならやってみろ!」
煌が鼻で笑って無数の火の矢を尊に向けて放つが、尊はそれを全部跳ね返した。
「……馬鹿な」
煌は信じられないって顔をして、さらに炎の力を溜めて雷のような光を放った。
眩い光に一瞬目を閉じる。
普通これだけの熱量なら、たとえ上級の妖でも一瞬にして消滅してしまうだろう。
目を開けて尊の姿を確認すると、彼は負傷していなかった。
変わらず炎が尊を守るかのように包んでいる。
「終わりか?」
尊が冷淡に問うと、煌はここにきて初めて狼狽えた。
「……なぜ死なない?」
「質問の答えになってない。もういい。お前は消えろ」
尊が無表情でそう告げると、深い闇が煌の周囲に現れた。
「何だ、これは!や、やめろ!」
闇は煌の身体を覆うと赤黒い炎になった。
じわりじわりと炎が彼を焼いていく。
「うわあ〜!」
断末魔の叫び声。
紙のように煌の身体が粉々になって散っていく。
「俺に感謝しろよ。やっと永遠の眠りにつけるんだ」
冷ややかに呟く尊。
だが、様子がおかしい。
もう煌は倒したのに彼の内から溢れる炎は消えない。
それどころか勢いが増している。
まるでこの世の全てを燃やすような勢いだ。
「マズいよ。このままでは彼……暴走する。でも、僕の力ではとてもじゃないけど彼を止められない」
紅玉くんが尊を見て動揺を露わにする。
彼に言われなくてもわかっていた。
私……この感じを知っている。
いつも夢で見ていたもの。
多分、力じゃ止められない。
「紅玉……くん、お願い。私を……尊のところへ……連れていって」
必死に頼むが、彼は躊躇った。
「でも……その身体では危険過ぎるよ」
「どうせ……もう死ぬんだもの。速いか……遅いかの……違い」
小さく笑う私の言葉に彼はコクッと頷いた。
「わかった」
紅玉くんはそっと私を抱き上げると、瞬間移動して尊の元へ運ぶ。
熱風を感じる。肌が焼けそうだ。
ひょっとしたら私も煌のように燃えて粉々になるかもしれない。
だけど、不思議と怖くなかった。
どんな姿をしていたって尊だもの。
私の特別な人だもの。
最後の力を振り絞って、正面から尊に抱きついた。
「尊……目を覚まして。このままでは……世界が壊れちゃう」
夢のように彼に微笑んだら、目が合った。
「撫子……?」
尊が驚いた顔で私を見る。
その顔でもう彼は大丈夫だと思うと同時に身体から力が抜けて……。
もうこれで私は死ぬんだって思った。