学校の昇降口の鍵は当然のように閉まっていた。
しかし、一階の美術準備室の窓が開いているのを見つけた瞬間。嫌な予感が確信に変わる。
「……あの馬鹿野郎!」
部室の戸締まりは祈本の担当だ。怒りなのか恐怖なのか、自分でもわからない熱が頭にのぼる。俺は部室の窓枠に手をかけ、靴のまま校舎の中へ滑り込んだ。
職員室には寄らなかった。屋上の鍵は開いている。きっとそうだと思ってしまった。廊下は黒く沈み、非常灯だけが緑色に光っている。床に響く自分の足音が、やけに大きい。月明かりすら届かない真っ暗な階段を、二段飛ばしでただひたすらに駆け上がる。
「……くそっ……! なんでだよ!?」
息が喉に刺さる。肺が焼ける。四階までの階段が、ありえないほど長い。真っ暗な階段なんて、もうちっとも怖くなかった。それよりも、あいつがいなくなってしまうことのほうが、ずっとずっと怖かった。
……早く! もっと早く動けよ俺の足!
タンタンタンタンと靴音が乱れる。吐き気がこみ上げる。最後の踊り場を抜け、屋上へ続く扉に肩からぶつかった。扉は開いた。開いてしまった。
「はぁっ……!」
真っ暗闇から突如ひらけた視界。
眩しくて目を細める。
空って、星ってこんなに明るいんだ、と気づいた。
一歩足を踏み出すと、屋上の低い柵の向こう側。
そこに、祈本がいた。
白いシャツに、白い肌。夜の中で、そこだけが月明かりを集めたみたいに浮いて見える。
「……祈本っ!」
声がひび割れた。祈本は、驚いたように振り返った。
「……久我山? なんでここに……」
「なんで、じゃねえよ……っ、はぁ、ちょっと待って、苦し……」
「え、大丈夫か? なにがあった?」
「現在進行形で事件が起きてんだよ!」
俺は膝に手をつき、息を吸った。酸素が足りない。喉が痛い。それでも顔を上げる。
祈本はスマホの画面に視線を落とした。
「え? なに? もうあと十秒だから早めに言って」
「なにが……あ、二時!?」
「そう」
俺の中で、昼間の怪談が蘇る。午前二時の丑三つ時の屋上。何度も、呼ばれるように上へ向かった生徒の話。
「ダメ! 死ぬな! 死にたくないって、お前が言ったんじゃねーか!」
もはや体力の限界などとうに超えていた。それでも、残された命の火を燃やし尽くすように、俺は祈本に向かって全力で駆け出す。
祈本は、ふっと優しく笑った。
「死なねーよ。死ぬ気で生きるって決めただけだ」
そう言い残すと、祈本はスマホの時計を見て、跳ねるように屋上から飛んだ。月光を弾く白い制服と透き通るような白い肌が、ふわりと宙に舞う。
「祈本!!」
最後の馬鹿力を振り絞って柵に飛びつき、俺は間一髪で、その白い腕をガシッと掴むことができた。ひんやりと冷たい肌だった。ぶわりと、下からの突風が制服を膨らませる。祈本はもう落ち始めていた。俺と一緒に。
「……はぁっ!?」
祈本は、信じられないという顔で俺を見た。強い重力に引っ張られて、サーッと血の気が引いていく。俺は無意識のうちに祈本をぎゅっと抱きしめる。少しでも衝撃から守れるように彼を庇いながら、二人で屋上から真っ逆さまに落ちていった。
