オリフィス



 仙台駅から新幹線に揺られて約二時間。雪の白さを窓の外に置き去りにして、俺たちは東京ドームシティホールに着いた。

「人、多いな」

 祈本が少し圧倒されたように呟く。俺は辺りを見回してから言った。

「去年も千五百人近くいたけど、今年は超えてくるかもな」

 会場へ向かう通路は人で埋まっていた。知らない制服、見覚えのある顔、大学生らしい集団。全国の学生クイズプレイヤーが、一年に一度の祭りへ吸い寄せられるように集まっている。ざわめきの中には、緊張と高揚が入り混じっていた。
 その人波の中で、後ろから声をかけられた。

「お、久我山」

 振り返ると、知り合いが手を挙げている。

「リアルでは久しぶり」
「桜田さん。お久しぶりです」

 VOZの通話ではよく話しているけれど、実際に会うのは数か月ぶりだ。
 桜田剛毅(さくらだ ごうき)。
 クイズが強い東大生だ。
 俺が東京のクイズ界に顔を出すようになってから、何かと気にかけてくれる人だった。

「どう? また優勝いけそう?」
「いってやりますよ」

 そう言うと、桜田さんはわははと笑った。それから、俺の隣に立っている祈本を見る。

「で、隣のイケメン誰?」
「うちのクイ研に新しく入ったやつで」
「ああ、例の!」

 桜田さんはすぐに察したらしい。祈本は少し戸惑った顔で、「祈本綴(きのもと つづる)です」と名乗った。

「久我山の後輩ってやりづらいだろ。俺は桜田剛毅(さくらだ ごうき)です、よろしくねー」

 二人は握手をした。ここで言う後輩とは、年齢の話ではない。クイズ歴の話だ。クイズプレイヤーは、ときどき年齢よりも、いつからボタンを押しているかで上下を測る。

「てか、お前らジャージおそろいじゃん。仲良いなー」

 桜田さんが茶化したところで、後ろから「早く行こう」と呼ぶ声がした。大学の友達らしい。桜田さんは軽く手を上げた。

「じゃーね」
「壇上で会いましょう」
「おう!」

 そう言って、彼は人波の中へ戻っていった。祈本はしばらく、その背中を見送っていた。

「俺らも行こうぜ」
「あ、うん」
「どうした?」
「いや、久我山って友達多いけど、ああいう大人の人とも仲良いんだなって」
「あの人、大学生だよ」
「あ、そうなんだ……」
「まあ、クイズしてたら自然と上とも下とも仲良くなるよ。クイズって、趣味とか得意分野が丸わかりになるから、とっかかりが作りやすいし。桜田さんとは仮面ライダー仲間」
「そうなんだ」
「『人工知能を搭載した人型ロボット・ヒューマギアが暴走し/』で『デイブレイク事件』って答えた大会後に、仮面ライダー好きなの?って話しかけられて、そこから仲良くなった」

 歩きながら、俺は続けた。

「クイズって、自己紹介みたいなものだからさ。好きなジャンルとか、癖とか、性格、そういうのが全部出る。だから大会後の懇親会も盛り上がるんだよ。普通、初対面同士なら天気の話とか、学校の話とか、無難なところから入るだろ。でも一回同じ場でクイズをしてしまえば、『あの問題の押し、早かったね。好きなの?』って、いきなり相手の中身に触れても不自然じゃない」
「へぇ……」
「俺的には、それが楽なんだよな。人と仲良くなるための回り道が少ないというか。それに、クイズやってるといろんなことを広く浅く知ってる状態になるから、誰とでもすぐに仲良くなれるよ。クイズって、一人じゃできないからさ」

 会場に入り、指定された席に座ると、祈本が小さく言った。

「久我山は、本当にクイズが好きなんだな」
「好き……というか、義務?みたいな」
「義務ではないだろ」
「俺にとっては義務みたいなもんだよ」

 クイズが好きだからやっているのか、クイズをやらなければ自分でなくなる気がするからやっているのか。たぶん、その両方正解だった。



 そんな話をしているうちに、ペーパーテスト開始の時間がやってきた。

「九時になりました、九時になりました」

 会場にアナウンスが流れる。

 ポーン、ポーン、ポーン――。

 緊張感のある開始音が鳴った瞬間、約千六百人が一斉にバインダーの紙をめくった。紙の擦れる音が、波のようにホール全体へ広がる。

 今年も、栄光杯が始まった。
 このペーパークイズで、上位六十人に入らなければ壇上には立てない。今年の通過倍率は、およそ二十七倍。ここで落ちれば、ボタンに触れることすらできない。
 俺は深く息を吸い、最初の問題に目を落とした。
 周りの音が遠ざかっていく。

 ただ、問題文だけが、目の前にあった。