朝起きて洗面台の鏡を見たら、俺の目が「・(点)」になっていた。
比喩ではない。
物理的に、マジックペンでチョンと突いたような真っ黒な点なのだ。
「……は?」
パニックになりながら鏡に顔を近づける。
おかしい。
昨日まで俺の瞳には、ラブコメ主人公特有の『強い意志を秘めたハイライト』がしっかり入っていたはずだ。
髪型もヤバい。
毎朝30分かけてワックスで散らしていた無造作ヘアが、一切のトーンが貼られていないベタ塗りの黒一色。
いわゆる『バケツ塗り』に退化している。
輪郭線のペン入れも心なしかガタガタだ。
「俺の……俺の作画カロリーが、通行人Aレベルまで落ちてる!?」
作者が過労で倒れて、急遽アシスタントが描いているのか?
わけがわからないまま、俺は、とりあえず学生服(これもなぜかシワの描写が一切ないペラペラの布になっていた)を着て、家を飛び出した。
通学路の曲がり角。
前方に、見慣れた後ろ姿を見つけた。
幼馴染であり、俺が(設定上だけでなくマジで)ずっと片思いしているこの漫画のメインヒロイン、結衣だ。
「よぉ、結衣! 今日も寝癖ついてんぞ! お前ホントそういうとこドジだよなー!」
俺は不器用に距離を詰め、いつものように茶化しながら彼女の肩をポンと叩いた。
15週も連載していればわかる。
ここで結衣は顔を赤くして、「なっ!? べ、別にあんたに見せるために整えてるわけじゃないんだからね! バカ洸太!」と叫ぶ。
これが俺たちの王道(テンプレ)のイチャつきだ。
──だが。
結衣は、スマホから一切目を離さずに、フラットな声で言った。
「あ、おはよう神崎君。ごめん、ちょっと道あけて。背景の邪魔」
「……えっ?」
神崎君?
え、待って。
俺たち、昨日まで「洸太」「結衣」って下の名前で呼び合ってたよね?
10年来の幼馴染だよね?
ツンデレの「ツン」とかじゃなくて、純度100%の「他人に向けたそっけなさ」じゃねえか!
処理落ちした村のNPCかお前は!!
「ちょ、結衣さん? 今日えらく当たりが……」
「おはよう、結衣ちゃん。今日も可愛いね。一緒に学校行こうか」
俺がすがりつこうとした瞬間、聞き慣れない爽やかな声が横から割り込んできた。
振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。
サラサラの茶髪。
キラキラと輝く大きな瞳。
制服の絶妙な着こなしから革靴の光沢に至るまで、全身に凄まじい作画コストが割かれている。
背負っている背景すら違う。
俺の背後がただの白い余白なのに対し、そいつの背後には『爽やかな朝の光と舞い散る桜の花びら(※特殊効果トーン)』が輝いていた。
いや、今季節は秋だぞ。
どこから桜を降らしてんだお前。
「あ……おはよう、神宮寺君……っ」
おい待て!
なんだその、少女漫画みたいにキラキラした乙女の顔は!!
俺が15週連続でアタックし続けてもピクリとも動かなかった好感度メーターが、初対面の転校生相手に一瞬で限界突破(カンスト)してんじゃねえか!
トーン貼りすぎで顔面の印刷濃くなってるぞ!
その時。
ヒラヒラと、空から一枚の紙切れが落ちてきた。
点(・)になった目でそれを拾い上げると、そこには作者の汚い字で『新章突入! テコ入れキャラクター相関図』と書かれていた。
【新主人公:神宮寺 司(じんぐうじ つかさ)】
・容姿端麗な転校生。圧倒的主人公力。※作画は気合を入れること!
【メインヒロイン:水沢 結衣(みずさわ ゆい)】
・神宮寺に惹かれていく美少女。
※旧主人公(神崎)との幼馴染設定は読者ウケが悪かったので「神崎とはただのクラスメイト」に設定変更。
【主人公の親友(モブ):神崎 洸太(かんざき こうた)】
・神宮寺と結衣の恋を応援する、お調子者のキューピッド役。
※作画コストの無駄なので、目は点(・)でいい。基本は画面の端で棒立ちさせること。
【作者メモ】
新主人公の名前、神崎と「神」が被っちゃったけど、まあいいか。
読者も「神宮寺の方が強そう」ってすぐ分かるだろうし。
神崎はもう「神」ってガラじゃないから、名字のトーンも削っていいよ。
「…………」
状況を完全に理解した。
俺と結衣のラブコメ漫画は、先週の読者アンケートでついに最下位を取ったのだ。
そして、打ち切りを回避するために編集部が下した決断が、「新主人公の投入」と「俺のモブ降格人事」だった。
ふざけるな。
俺がどれだけ結衣のことを好きだったか。
毎話毎話、アンケート順位に怯えながらも、必死にアイツの笑顔を引き出そうと頑張ってきたのに。
「読者ウケが悪かった」の一言で、俺の初恋をなかったことにされてたまるか。
ぽっと出のイケメンに好きな女をかっさらわれて、俺は画面の端っこで「お前ら、お似合いだな!」って笑うだけの便利な舞台装置になるのか?
「……見てろよ、アンケート至上主義のクソ作者」
俺は設定資料をビリビリに破り捨てた。
こんな「キラキラした青春の引き立て役」として惨めに生き長らえるくらいなら……いっそ、この漫画ごと終わらせてやる。
俺は、爽やかに談笑しながら歩く神宮寺と結衣の後ろ姿を、点(・)の目でスナイパーのように睨みつけた。
「俺が、お前らの浅はかな『テコ入れ青春ストーリー』を完膚なきまでに破壊してやる」
どうせ、結末(プロット)はもう決まってるんだろ?
最終回のタイトルは確か、『告白は満天の星空の下で』……だったか。
ふざけるな。誰がそんな綺麗なだけの最終回を迎えさせてやるか。
ロマンチックなラブコメ展開? 感動の告白シーン?
上等だ。
俺が全部のコマに乱入して、物理的にぶち壊して、シュールギャグの焼け野原にしてやる。
次週のアンケートで圧倒的「不快」票を集め、このクソ漫画を最短で『ご愛読ありがとうございました!』に追い込んでやるからな……!
こうして、元主人公(現・さえないモブ)による、意地と初恋をかけた「自爆型・打ち切り工作」が幕を開けた。
(次回予告)
ラブコメの王道イベントといえば「突然の雨」そして「相合い傘」だ。
ふざけんなクソ作者、俺の時は3ヶ月間一度も雨降らせなかったくせに、都合よくアイテム錬成してんじゃねえ!
神宮寺と結衣の甘ったるいイチャイチャ空間を、俺が物理的にぶち壊して、読者のヘイトを極限まで集めてやる!
残された話数は、あと3回。……3回でやってやる。
次回、第2話。『ロマンチック相合い傘破壊作戦、ならびに謎のシュールギャグ路線への爆速突入』
……見てろよクソ作者。最速で終わらせてやるからな!
比喩ではない。
物理的に、マジックペンでチョンと突いたような真っ黒な点なのだ。
「……は?」
パニックになりながら鏡に顔を近づける。
おかしい。
昨日まで俺の瞳には、ラブコメ主人公特有の『強い意志を秘めたハイライト』がしっかり入っていたはずだ。
髪型もヤバい。
毎朝30分かけてワックスで散らしていた無造作ヘアが、一切のトーンが貼られていないベタ塗りの黒一色。
いわゆる『バケツ塗り』に退化している。
輪郭線のペン入れも心なしかガタガタだ。
「俺の……俺の作画カロリーが、通行人Aレベルまで落ちてる!?」
作者が過労で倒れて、急遽アシスタントが描いているのか?
わけがわからないまま、俺は、とりあえず学生服(これもなぜかシワの描写が一切ないペラペラの布になっていた)を着て、家を飛び出した。
通学路の曲がり角。
前方に、見慣れた後ろ姿を見つけた。
幼馴染であり、俺が(設定上だけでなくマジで)ずっと片思いしているこの漫画のメインヒロイン、結衣だ。
「よぉ、結衣! 今日も寝癖ついてんぞ! お前ホントそういうとこドジだよなー!」
俺は不器用に距離を詰め、いつものように茶化しながら彼女の肩をポンと叩いた。
15週も連載していればわかる。
ここで結衣は顔を赤くして、「なっ!? べ、別にあんたに見せるために整えてるわけじゃないんだからね! バカ洸太!」と叫ぶ。
これが俺たちの王道(テンプレ)のイチャつきだ。
──だが。
結衣は、スマホから一切目を離さずに、フラットな声で言った。
「あ、おはよう神崎君。ごめん、ちょっと道あけて。背景の邪魔」
「……えっ?」
神崎君?
え、待って。
俺たち、昨日まで「洸太」「結衣」って下の名前で呼び合ってたよね?
10年来の幼馴染だよね?
ツンデレの「ツン」とかじゃなくて、純度100%の「他人に向けたそっけなさ」じゃねえか!
処理落ちした村のNPCかお前は!!
「ちょ、結衣さん? 今日えらく当たりが……」
「おはよう、結衣ちゃん。今日も可愛いね。一緒に学校行こうか」
俺がすがりつこうとした瞬間、聞き慣れない爽やかな声が横から割り込んできた。
振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。
サラサラの茶髪。
キラキラと輝く大きな瞳。
制服の絶妙な着こなしから革靴の光沢に至るまで、全身に凄まじい作画コストが割かれている。
背負っている背景すら違う。
俺の背後がただの白い余白なのに対し、そいつの背後には『爽やかな朝の光と舞い散る桜の花びら(※特殊効果トーン)』が輝いていた。
いや、今季節は秋だぞ。
どこから桜を降らしてんだお前。
「あ……おはよう、神宮寺君……っ」
おい待て!
なんだその、少女漫画みたいにキラキラした乙女の顔は!!
俺が15週連続でアタックし続けてもピクリとも動かなかった好感度メーターが、初対面の転校生相手に一瞬で限界突破(カンスト)してんじゃねえか!
トーン貼りすぎで顔面の印刷濃くなってるぞ!
その時。
ヒラヒラと、空から一枚の紙切れが落ちてきた。
点(・)になった目でそれを拾い上げると、そこには作者の汚い字で『新章突入! テコ入れキャラクター相関図』と書かれていた。
【新主人公:神宮寺 司(じんぐうじ つかさ)】
・容姿端麗な転校生。圧倒的主人公力。※作画は気合を入れること!
【メインヒロイン:水沢 結衣(みずさわ ゆい)】
・神宮寺に惹かれていく美少女。
※旧主人公(神崎)との幼馴染設定は読者ウケが悪かったので「神崎とはただのクラスメイト」に設定変更。
【主人公の親友(モブ):神崎 洸太(かんざき こうた)】
・神宮寺と結衣の恋を応援する、お調子者のキューピッド役。
※作画コストの無駄なので、目は点(・)でいい。基本は画面の端で棒立ちさせること。
【作者メモ】
新主人公の名前、神崎と「神」が被っちゃったけど、まあいいか。
読者も「神宮寺の方が強そう」ってすぐ分かるだろうし。
神崎はもう「神」ってガラじゃないから、名字のトーンも削っていいよ。
「…………」
状況を完全に理解した。
俺と結衣のラブコメ漫画は、先週の読者アンケートでついに最下位を取ったのだ。
そして、打ち切りを回避するために編集部が下した決断が、「新主人公の投入」と「俺のモブ降格人事」だった。
ふざけるな。
俺がどれだけ結衣のことを好きだったか。
毎話毎話、アンケート順位に怯えながらも、必死にアイツの笑顔を引き出そうと頑張ってきたのに。
「読者ウケが悪かった」の一言で、俺の初恋をなかったことにされてたまるか。
ぽっと出のイケメンに好きな女をかっさらわれて、俺は画面の端っこで「お前ら、お似合いだな!」って笑うだけの便利な舞台装置になるのか?
「……見てろよ、アンケート至上主義のクソ作者」
俺は設定資料をビリビリに破り捨てた。
こんな「キラキラした青春の引き立て役」として惨めに生き長らえるくらいなら……いっそ、この漫画ごと終わらせてやる。
俺は、爽やかに談笑しながら歩く神宮寺と結衣の後ろ姿を、点(・)の目でスナイパーのように睨みつけた。
「俺が、お前らの浅はかな『テコ入れ青春ストーリー』を完膚なきまでに破壊してやる」
どうせ、結末(プロット)はもう決まってるんだろ?
最終回のタイトルは確か、『告白は満天の星空の下で』……だったか。
ふざけるな。誰がそんな綺麗なだけの最終回を迎えさせてやるか。
ロマンチックなラブコメ展開? 感動の告白シーン?
上等だ。
俺が全部のコマに乱入して、物理的にぶち壊して、シュールギャグの焼け野原にしてやる。
次週のアンケートで圧倒的「不快」票を集め、このクソ漫画を最短で『ご愛読ありがとうございました!』に追い込んでやるからな……!
こうして、元主人公(現・さえないモブ)による、意地と初恋をかけた「自爆型・打ち切り工作」が幕を開けた。
(次回予告)
ラブコメの王道イベントといえば「突然の雨」そして「相合い傘」だ。
ふざけんなクソ作者、俺の時は3ヶ月間一度も雨降らせなかったくせに、都合よくアイテム錬成してんじゃねえ!
神宮寺と結衣の甘ったるいイチャイチャ空間を、俺が物理的にぶち壊して、読者のヘイトを極限まで集めてやる!
残された話数は、あと3回。……3回でやってやる。
次回、第2話。『ロマンチック相合い傘破壊作戦、ならびに謎のシュールギャグ路線への爆速突入』
……見てろよクソ作者。最速で終わらせてやるからな!
