早く散れ、桜。


「ねぇ、そこの楽譜ファイル取ってくれない?」

そう話しかけて来た彼女は、別に特段整った顔ではなかった。というか失礼を承知で言うが、顔の印象が薄い人だった。
彼女が今かけている洒落た眼鏡がなければきっと、1日も経たずに忘れているだろう。そんな第一印象だ。

「…これ?」

そんなことを思いつつ傍にあった黒い楽譜ファイルを渡すと、彼女は小さく「ありがと」と言った。
なんだか自然と耳に入ってくる、女子にしては少し低めの声だった。

放課後、吹奏楽部での活動中。美しく黒光りするクラリネットをそっと置いて、去り行く彼女の背に「どういたしまして」と意味も無く放つ。
そしてしばらく、また意味も無いが彼女の行方を目で追っていた。


それから5分程して、彼女について分かったことが少しだけある。


まず、彼女はサックス担当であること。先輩と一緒に指の確認をしていることから、初心者であることはまず間違いない。僕と同じだ。

それから、クラスでもあまり目立たないだろうということも見て取れた。けれど、コミュニケーション能力に関しては申し分無さそうだ。凄い。

あと、意外と笑う時に少し声が高くなる。


…このくらいか。

なんでそんなことしてるんだと聞かれても特に理由は無いが、強いて言うなら興味が湧いたからだろうか。

目を引く美貌があるわけでもなく、突出した何かがあるようにも見えない。ただ、なんだか少しだけ…ほんの少しだけ、僕と同じ目をしていたような気がして。

ちなみに僕の国語の評定は5だが、こんな時に言葉が上手く出てこない。…まぁどうだっていいんだけど。