怪奇!ユキ!マジック!


「ど、どひぇ〜〜」
お兄さんは両手をピラピラさせながら大袈裟に後退りした。
驚くのも無理はない。僕が妙な事言ってることなんて僕が一番よくわかってるから。
「僕は結構本気です」
「フ、ウフフ……冗談って思ってる訳じゃないけど」
「ユキが生前言ってたんです。だから僕はなんとしてもそれを実現させます」
「家の写真を撮ったのはその計画のため?」
「はい。何か使えないかと思って資料の一つとして撮りに来ました。でも想像してたより家の外装がオシャレ過ぎてなんか雰囲気に合わなそうなんで使わないと思います」
「…………なるほど、ね」
お兄さんはいつの間にか笑っていなかった、真剣そうな表情で口元を手で覆っていた。
「ユキの事オモチャにする訳じゃありません。僕は純粋にユキという存在を傑作として世に残したいだけです」
「お、おぉ……」
お兄さんの引いてるのか感心してるのか分からない相槌の声の後、僕たちはあんまり意味もなく見つめ合った。二秒くらいで気まずくなって逸らしたかったけど、お兄さんの眠たげな目の中にユキを感じてしまい、心臓がぎくりとした。急に体が緊張して動かなくなってしまい仕方なくそのまま数秒目を合わせていた。
「あ、そういえば」
お兄さんがハッと困った顔をした。
「はい」
「シュークリーム、食べ、る?」
「……食べます」




再度お邪魔した玄関だったが、「もういいや」と諦めたお兄さんに特に待たされる事なく、そのまま靴を脱いで奥の部屋まで通された。
想像していた以上に綺麗だったが、想像してた以上にとっ散らかっている広い部屋だった。
大量の衣服やら書類やらゴミ袋が散乱して、このお人形みたいな顔の人が出した生活感にしては有り過ぎる程だった。
ユキもこのくらいだらしなかったのだろうか。それともユキが居なくなって荒れているのだろうか。
「ちょっと散らかってるけど、ウフフ」
お兄さんは恥ずかしいのか、僕の周りで少し機敏な動きをしている。
「兄ちゃんの部屋もこんな感じなんで」
「目広くんの部屋は?」
「ここよりはマシです」
お兄さんは吹き出すと小笑いしながら上着を脱いだ。
「今暖房入れるね、あ、ここ座っていいよ。ちょっと待って色々どけるから」
お兄さんは部屋の中央近くにあったダイニングテーブルの上にあった書類やノートパソコンを雑にまとめると、近くのソファの上にこれまた雑に置いた。
床に落ちてる物を踏まないようにしながら僕はダイニングテーブルと揃いらしい同じ色の椅子に座った。
お兄さんはその後もエアコンの電源をつけたり、湯を沸かしだしたり、冷蔵庫を漁ったりウロウロしていたが、僕の正面の椅子に座る頃にはすっかりやりきった顔をして満足そうにしていた。
「ありがとうございます」
「なんかずっと俺の事見てなかった?」
「暇だったから」
「スマホあるでしょ!」
スマホよりお兄さんを見ている方が面白かったから、僕はお兄さんの行動を追っていたんだと思う。僕は黙って、熱いカフェオレを慎重に飲んだ。シロップは入れてもらったけど甘さはあまり感じなかった。
「シュークリームが冷蔵庫焼けしてるかも」
冷蔵庫焼けの意味はちょっと分からなかったけど、一口齧ったら少し冷蔵庫っぽい匂いが移っていたから多分匂い移りの事が言いたかったんだと思う。
「別に大丈夫」
「なんかさっきから敬語めんどくさくなってきてる?」
「はい」
「『はい』って……」
お兄さんは何故か嬉しそうにウフウフしながら、マグカップのカフェオレを慎重に啜った。
「ふぅ」
コトンと、マグカップの置く音に被せるようにお兄さんは「さっきの続きだけど……」と話し始めた。
「俺もさ、一緒にやりたいな」
「具体的に何するかまだ決まってないですけど」
「尚更一緒にやろうよ」
「一緒にやるって言ってもな……」
「優希の子供の頃の写真とか動画とかめっちゃ提供できるよ!」
「えぇ……」
僕はなんとも言えない違和感をどう伝えれば良いか少し整理するために、黙った。
「提供っていうか、別に僕に許可取る必要無くないですか?お兄さんはお兄さんでやれば良いと思うんですけど」
お兄さんは口をOの形にしてぽかんとしたけど、すぐに口をIが横になった形にしたかと思えば、僕の方に身を乗り出した。
「一人より、二人、だよ。目広くん」
「一人より二人」
「ていうかさ、都市伝説にするって言ってもユキを何系の都市伝説にするつもりなの?」
お兄さんは僕に審査するような目線を向けながら頬杖をついた。
「やっぱかっこいい感じが良いですね」
「え?かっこいい都市伝説って何?」
「伏線回収はしっかりする感じの」
「伏線回収ぅ?どんな?」
「ちょっと違うかもだけど、例えば、口裂け女がポマード苦手なのは、実は口裂けになった原因の病院の先生がポマード臭かったから……とか?」
「?それ伏線回収って言う?」
「じゃあなんて言うんですか」
「え、原因……?」
「原因……」
僕は一旦まだ熱いカフェオレを啜った。それを見てかお兄さんもカフェオレを啜った。シュークリームのクリームが若干溶けてきていたから、残りをさっさと頬張りまたカフェオレで慎重に流し込んだ。
お兄さんは口を尖らせながら、スマホを弄りだした。何かを調べてるみたいだ。
「スマホ触りながらで良いんで聞いてくれますか」
「うん」
触りながらで良いって言ったのにお兄さんはわざわざスマホを閉じて机に置いた。
「例えばなんですけど、『心霊スポットで出会ったYくん(K地方在住:M.M13歳)』……」
「えっ何何」
「ある日僕は興味本位で心霊スポットに行きました……」
「はい」
「人とか結構事故ってたりしてて、心霊スポットで遊びに行った人とかも怪我とかしてたりするんですよ、ここに行ってたら。それで、僕はそこに行くんです。そしたらその、幽霊に襲われて、逃げてたら追い詰められるんですよ……そしたら、たまたま入ったお寺に『Yくん』って言う同い年の男の子がいて、『Yくん』は結構可愛い感じの見た目で服装とかも女の子でもしてそうな服でボーイッシュっぽい女の子かと思ったんですよ、女の子として接してたら男ってわかって、そしたら急に僕のこと見て、『あー、君連れてきちゃってるね』って言って、『俺の言う通りにして』って持ってたお守りを僕にくれて、名前を呼ばれても無視して家に帰るように言われて、それで家に帰るんです。そしたら何も起こらず家に帰れて、次の日起きて部屋の窓みたら、子供の手形がたくさんついてたんです、ここ2階なのに……」

僕は一息ついてカフェオレをゆっくり飲んだ。
お兄さんは驚いているような疑っているような表情で固まっていた。
僕も黙って固まっていたら、話が既に終わってると気付いたらしい。
「て、寺生まれの、優希さん……?」
「親戚にお寺とかって」
「ないです。うん、ヤバイね、絶望的に話が下手だね」
「まだ形にしてる途中なんで」
「そう言う問題かな〜?優希の所だけ急に説明増えるのがなァんかエロい体験談みたいな質感になっててそれがちょっとな……」
「えっ、そんなの読んでるんですか!?」
「いやいやいやいや、……読むよ。大人だから」
お兄さんは真っ直ぐな目で僕を見た。急に大人出してこられても気まずいな……。僕は返事に困り、目を逸らしながらカフェオレを口に含んだ。別に喉が渇いてる訳じゃないのにさっきからゴクゴク飲み過ぎて喉が若干カサついてる。
と言うか、まるで僕がユキの事をエロい目で見てるって言われたようでちょっとショックだった。
「ユキの事は好きだけど変な目で見てた訳じゃないですから」
「……変かぁ、別に好きでしっかり観察しちゃう事は変な目で見るって言わないと思うけどな。不審だけど」
さっきの大人を自認する発言より、お兄さんを初めてなんだか大人っぽいなと感じた。
「ちょっと揶揄うようなこと言っちゃったけど、本当はすごい嬉しいよ」
「えっ」
「優希が都市伝説になりたいって言ってた事知れたのも、目広くんがそれを叶えようとしてくれてるのも、優希の事好きでいてくれた事も、なんかこだわりがあるっぽい事も、ちょっとそれが可愛くて揶揄っちゃった、ごめんちゃい侍」
お兄さんは片手をスマンのジェスチャーにして、またウフウフ笑った。
「……僕が嘘ついてたらどうするんですか」
「嘘?嘘か……いや、でもね『優希が都市伝説になりたいって言ってた』って聞いた時にさ、絶妙に悪趣味な感じがかなりうわ〜優希が言いそ〜って思ったんだよね。優希が言ってそう、うん。優希が、超、……言いそう……だから、だから……嘘でも、いいよ……」
お兄さんは最後の方は俯きながら喋っていた。絞り出すような声の後は、声に詰まったのかと思ったら、僕には聞こえないように深呼吸を何度かしてるみたいだった。
「か、カフェオレおかわりしてきます……」
声を掛けて席を立つと、お兄さんは顔をそっぽ向けながら無言で親指をグーにして僕にフルフル見せてきた。その仕草がちょっと不気味でゾワっとしてしまい少し申し訳なくなった。
キッチンはダイニングテーブルのすぐ目の前にある。全体的に最新式っぽい綺麗なキッチンの上にはお兄さんが淹れたコーヒーの残りと、鍋の中にまだそう冷めていない牛乳があった。
牛乳の比率を多めにマグカップに注ぐ。出しっぱなしだったガムシロップの袋からガムシロップを二つ取り出して中に入れた。ちゃんとさっきより甘くなっているだろうか。
出来上がったカフェオレをこぼしてしまわないようにそろそろ歩きながら席に戻ると、お兄さんは澄まし顔でカフェオレを啜っていた。
「切り替え早いですね」
「うん、俺サッカー部だったから」
「普通に意味、わかんないです」
「さてさて、ユキ都市伝説化大作戦の話に戻りますか」
「はい」
「まず、目標を決めようよ。都市伝説化ってしてもどのくらいの規模目指すかさ……例えばそう言う系の配信者に取り上げられるとか、検索でヒットするとか、都市伝説本に収録されるとか、パロディされるようになるとか」
「とりあえず全部目指します」
「全部!?随分ドリームだね」
「どれか一個じゃ一年で埋もれます」
「確かにねえ」
お兄さんは席を立ち、ソファの近くの棚からコピー用紙とボールペンを持ってくるとさっきの目標をカリカリメモしだした。
「それで系統は、かっこいい系……寺生まれの優希たん……と」
「あと伏線回収」
「先生、アレ?さっき……できてませんでした、けど?」
「途中だって言ってるじゃないですか」
「大変失礼致しました……伏線回収ね」
まるで僕に虐められているみたいな態度と仕草のお兄さんのメモには『伏線回収(笑)』と書かれていた。
「馬鹿にしてますけど、お兄さんは話考えられるんですか」
「えっ、俺か……うーん」
お兄さんは天井を見て、長めに唸った後、何か思いついたらしく指をパチンとならした。
「『俺が入ろうとした部屋は……(K地方在住・I.S23歳)』」
「二十三歳なんだ」
「二十三歳です。俺はある日弟のユキと二人で出かけていました。ユキは可愛い感じの男の子でよく女の子と間違われるくらいかなり可愛いです。遠出していて高速道路のサービスエリアに寄った時の事でした。そのサービスエリアは売店が併設されたお食事処も隣にある公衆トイレもかなり古い所で全体的に味があって人も全然いない場所でした。俺は職場で配る用のお土産にちょうど良いものがないか物色していました。ユキは「僕トイレ行ってくる」とトイレに行きました。俺は一通り見てから行こうと思ってたのでそのままお土産を見てました。すぐ戻ってくると思ってましたが、ユキはしばらく戻ってきませんでした。不審に思った俺は様子を見に行くことにしました。売店の扉から出てそう離れてない所にトイレはありました。しかしトイレの電気はついていません。自動センサーのとこじゃなくて手動のとこでした。少し不気味に感じて、入り口から「おーい」と声を掛けましたが、返事はありませんでした。三つ並んだ個室トイレの真ん中は閉じてました。「なんで電気つけてないのー?」と声を掛けましたがまた返事はありません。俺が入り口付近にあるスイッチを付けようとした時です。ドサッと後ろから何かが俺にぶつかってきました。びっくりして後ろを振り向くとそこに居たのは、なんと、俺が探してた優希でした!!驚いて固まっている俺に優希は恐ろしい事を言いました。『にいに、そこ女子トイレだよ』」
キャーー!!とどこから出してるかわからない悲鳴をお兄さんが上げた。
「……因みに最後のセリフは古印体ね」
「その後どうしたんですか」
「『ごめんなさーい!』て声掛けて逃げたよ。あの時俺はゾォォッてしたね」
「ふーん……実話なんですか」
「うん。結構最近」
それより僕は気になる点が何箇所かあった。ユキが自分の事を「僕」と呼んでいる点と、お兄さんの事を「兄貴」ではなく「にいに」と呼んでいたらしき点だ。
「僕たちのユキに対するイメージに、少し違いがありますね」
「そんなもんでしょ、人なんて」
「ユキを都市伝説にする際のキャラのイメージはしっかり決めるべきだと思います」
「一理ある」
僕たちは目を合わせて頷くと、『都市伝説ユキ』についての細かい決まり事、キャラ設定に深く話し合った。
ここに今はいないユキの事なのか、お兄さんの弟の市小屋優希の事なのか、僕の友達のユキの事なのか、これから都市伝説になるユキの事なのか。
ユキ、ユキ、ユキ、ユキの話をずっとした。
お互いの事は何も知らないのにユキの事はいくらでも話せた。
そして以下がユキについての決定事項となる。

・表記は「ユキ」で統一する。
・ユキを登場させる際は11歳〜14歳とする。
・ユキの一人称は「俺」とする。
・ユキのお兄さんの呼び方は「兄貴」とする。
・ユキの身長は153センチとする。
・ユキの弱点は「英語」とする。
・ユキの食べられない物は「納豆」とする。
・ユキの描写をする時は女の子と見紛う美少年で統一とする。
・ユキはユキであって「市小屋優希」ではないとする。

何度か意見がぶつかり、もういっその事ユキに決めて貰おうと言う話になったためネットで調べた降霊術のような事を10種類くらいやってみたがどれもダメだった。
僕達が最も揉めたのは「一人称を僕にするか俺にするか」だった。
僕は断固として「僕」を推した。僕の目の前でユキが自分の事を「僕」と呼ぶところは見たことがなかったが家族の前では「僕」だったと知り、素のユキという状態に強く価値を感じたためだった。
しかしお兄さんはユキが自分自身で作った「ユキ」という存在は「俺」を使う事を選んだのだからそれを尊重すべきという意見だった。あと単純に「俺」の方がギャップがあって可愛いとの事だった。
惜しい気持ちもあったが、お兄さんの意見は筋が通ったのでユキの一人称問題は「俺」で決定した。ついでに「『にいに』・『兄貴』問題」についても同様の結果となった。
このたったの九項目を決定するだけで二時間近くの時間が経っていた。