怪奇!ユキ!マジック!


「焼肉行かない?」とお兄さんに連れて行かれたのは、ユキの家から徒歩3分で着いた「カルビマン!」という店だった。
しょっちゅう焼肉に行ってるなとは思っていたが近所に行きつけの店があったのか。
「俺も優希も焼肉大好きだからさ、母さんの飯よりここで食ってるかも」
「へぇ」
イケメンは焼肉ばっかり食べていてもイケメンなんだ。
「サラダとスープがめっちゃ美味いんだよ」
焼肉屋に来てサラダとスープ褒めるなんて、イケメンはやっぱり普通の人とは違う。
僕はお兄さんの陰に隠れながら、「カルビマン」に入店した。「らっしゃせー!」とデカい男女の声が飛び交う。
肉が焼ける良い匂いが辺りに充満している。僕も一気にお腹が空いて来た。
お兄さんはお店の人に「さっき電話したイチゴヤです」と説明し席に案内されている。
この店はユキとお兄さんの行きつけらしいけど、僕はどう思われるんだろう。
15分ほど前、焼肉行きが決まった後すぐにお兄さんは僕に着替えるよう指示した。制服に匂いがつくからと自分の服を貸してくれたが、自分じゃ選ばないようなオシャレで高そうなトレーナーだった。僕はこの服を汚したら怖くて嫌だと断ったが「もう着てないから大丈夫」と押し切られてしまった。
僕とお兄さんの顔は似ても似つかないけど、服はお兄さんの服を着てるから親戚ぐらいには見えてしまうかもしれない。
お兄さんの服のセンスとユキの好きな服のセンスは結構近い気がする。きっとユキが大きくなったら今のお兄さんの服を着てるだろうから、お兄さんは何から何まで大人ユキだ。
お兄さんの陰に隠れたまま通されたのは敷居に囲まれた掘り炬燵だった。
「久しぶりに来たな〜、サラダ何にする?おすすめはチョレギ……と見せかけて和風サラダだよ」
「じゃあそれにします」
肉よりサラダを先に選ぶなんてどうかしてると思う。
お兄さんが「上着貸して」と指をちょいちょい手招きするから渡すとハンガーに掛けてくれた。
「じゃあって何それ、意思を持てよしょうね〜ん」
「…………うす」
結構ウザいなこの人。
「飲み物は?俺ビールだけど、ソフトドリンクメニューにあるよ」
お兄さんはメニュー表を開いてこちら側に向けた、ラミネートされたメニュー表がバルンバルン揺れる。
「オレンジジュースで」
「オッケーオレンジジュースね、オレンジオレンジ……肉は何頼む?俺はまずタンとハラミにしようかな」
「僕はカルビとミノと米大盛りで」
「米、いいね。でも俺、今日はサンチュで行かせて貰いますワ……」
「なんで急に関西弁」
なんだか中身までだんだんユキと似ている気がしてきた。ユキもよく、急にエセ関西弁を使ったりネットミームで喋って滑っていた。
「なんか、やっぱりユキと似てますね」
「えっ?どこが?全然似てないよ……アイツは俺と違ってもっと、こう、撫で回したくなるフワッとプリッとなオーラがさ……」
「それはユキは特別可愛いから、お兄さんでも流石に」
勝てない。と言い掛けて、心臓がぎくりとした。
お兄さんが怪訝そうな顔で俺をじっと見つめていたからだ。ユキによく似た白くて綺麗なその顔で。
伸びた前髪のお陰で目がそのまま合わないからやっと丁度良いくらいだ。
しかし僕は何か間違えてしまったのだろうか?急に黙れてしまうと不安になる。
「えっと、……なんか、すみません?お兄さんも、可愛いですよ?」
恐る恐る機嫌を取ったつもりだったがお兄さんはその場で盛大に吹き出し頭を抱えてしまった。
「『お兄さんも可愛い』!ヒヒ〜〜ッきついきついきつい……」
「えぇっ」
お兄さんはしつこいくらいゲラゲラ笑うと、急にスンッと澄まし顔に戻った。
「……思ったんだけど君さ、やっぱり葬式の時いなかったよね?」
「えっ!なんで」
「だよね!」
お兄さんはクイズが正解したみたいにパッと嬉しそうな顔になる。どうしてわかったんだろう。
「……お兄さんじゃなくてお父さんでしたか?」
恐る恐る確認するとお兄さんはまた大袈裟に吹き出し、頭を抱えながらしつこく笑うとまた急に澄まし顔に戻った。
「ていうか、注文しよう。永遠に食えねえ。すいませーーん!」
お兄さんは大きな声で店員さんを呼んでくれる。日常の動作がつくづく似合わない人だ。至って普通なのにそれが違和感になってしまう。
掛けられていた大きい暖簾の切り込みから店員さんが「お待たせしました」と入ってくる。
「和風サラダ2つとスープ2つと、ご飯大盛りと、カルビと、ミノと、タンとハラミを一人前ずつで飲み物は……えっと」
お兄さんがメニュー表をバルンバルンひっくり返す。
「今日は弟くんはいないの?」
「えっ」
お兄さんは驚いた顔をして、急に体がその場で凍りついたみたいになった。
僕も焦って「あっ」とか「それっ」とか意味のわからない言葉を発してしまったが、お兄さんは一瞬目が合うとすぐ元に戻り「ちょっと訳あって〜」とウフウフ答える。店員さんも特に追求せず「そーなの〜」とにこやかに流してくれた。
「あっ、途中ですみません飲み物は?」
「あぁっ、えーっと生一つとジンジャーエールで!……あっ」
お兄さんの引き攣った顔が、みるみる赤く染まっていく。僕がお願いしたのはオレンジジュースだった。
だけど俺は次こそ、換気扇にも周りにも掻き消されない声で叫んだ。
「ああああとオレンジジュースとサ、サンチュもお願いします!!い以上です!」
急にずっと黙ってた子供が大声で注文したせいで店員さんは少し動揺していた。驚かせてしまって申し訳ない。
その後はテンポ悪く注文の確認をして「少々お待ちください」と下がっていた。
お兄さんは困った顔でウフウフ笑いながら頷いていた。けど、店員さんがいなくなると「ちょっと、トイレ」とフラつきながらこの場から出ていった。
そのままうっかり帰ってしまわないか僕は内心ヒヤついたけど、少ししてお兄さんはちゃんと戻ってきた。
飲み物とサラダと米は既に届いていた。僕はその時焼肉のタレで米を食べていて、お兄さんはそれを見ると吹き出し、小笑いをした。
外の匂いと少し不快さを感じる甘い匂いが、僕の元まで届いてすぐに換気扇に吸い込まれていった。
「ありがとね」
お兄さんはユキとお揃いの桃色の唇をにっこりカーブさせた。この作り物みたいな顔がこの人の意思で形を変えるのが不思議だった。
「そういえば俺、名前聞いてなかった」
「聞かれてないです。目広、勇麻です」
「メビロくんね、……なんて書くの?」
「目が広いで目広です。勇者と大麻で勇麻です」
「大麻ね……フフ大麻って呼んでいい?」
「嫌です」
お兄さんはまた吹き出すと楽しそうに笑い出した。僕はそれを見てやっと少しホッとした。
「俺はね、セイイチロウです。あっ、優希の兄だから市小屋ね」
「……はあ」
市小屋なのはわかりきってる。じゃなきゃ誰だよって話だ。
お兄さんの名前は、『イチゴヤセイイチロウ』、でも少し意外だった。
「意外?」
「もっと女の子っぽい名前かと」
「めっちゃ男や〜んってなるよな。ていうか優希と系統違い過ぎだよね。優希はフワフワ〜ッきゅんって感じで名前ピッタリなのに、俺は『誠』!『一郎』!って……」
「でも」
と言い掛けた時に「失礼します!」と店員さんがスープを持ってきてくれた。さっきとは別の人で女性だった。焼肉屋にいるのに肉がまだ来ないなんて……。
店員さんから重そうな器のスープを受け取ると焼き網を越えて僕の側にごとりと置いてくれる。
熱そうなワカメと卵のスープだった。
「ありがとうございます」
お礼を言うとお兄さんはまた笑っていた。自分のスープを受け取り、店員さんにお礼を言うと器に両手をくっつけて手を温めてるみたいだ。
「でも?」
ちょんと首を傾げるとさっき僕が言い掛けた続きを促して来た。相槌で適当な事を言おうとしただけだったから、一瞬何を言おとしたか詰まってしまった。
「でも、僕もマユウってツラじゃないですし」
「えっ、そうかな?」
お兄さんは半笑いで、鉄のスプーンの丸い所に被せられた紙の袋を破る。僕も真似して紙の袋を破った。横に平べったい変わった形のスプーンだ。
「お兄さんの方が麻勇っぽい」
「俺は誠一郎だと思うな〜」
そんな事ないと思うけどな……。僕は反論せずにスープを掬って何回か息を吹きかけてから口に入れた。透明なのにコクがあって美味しい。お兄さんとユキが(恐らく)毎回頼んでるだけあると思った。
でも肉はいつ来るんだろう、と思ったらさっきの人とはまた違う店員さんが「失礼します!」と肉が綺麗に並べられた皿をお盆に乗せて入って来た。
お兄さんはまた受け取ったお皿を僕の側に置いていく。僕は店員さんが運んできてくれた物は置かれるのを待ってしまうタイプだから「なんか凄いな」と思ってしまうけど、店員さん的にどっちの方がありがたいんだろう。
「こっからこっちに目広くんの肉並べてくね」
お兄さんはトングをカチカチ掴むと丸い鉄網の真ん中で線を引く仕草をし、肉を並べていく。肉の焼ける音と煙が僕たちの間に立ち込める。
「ありがとうございます」
「全部俺がやっていい?」
「はい」
「焼き加減にこだわりある?」
「いや、特に」
「トング分けて欲しいとかある?」
「大丈夫です」
「ユキとはクラス違うの?」
「えっ、いや同じです」
お兄さんは僕側の肉は丁寧に並べていたけど、自分側の肉は結構雑に並べている。別に僕の肉も丁寧に並べなくて良いのに。
お兄さんがトングを静かに置く。金属音が香ばしい音を貫通して僕まで届いた。
お兄さんは肉を一度覗き込むと、座り直し何故かビールじゃなくてお冷を一口飲んだ。
それを見たら僕も喉が渇いた気がしてオレンジジュースのストローを吸い込んだ。
不思議と煙越しに見えるお兄さんはなんだか少し眠そうに見える。お兄さんから見た僕ももしかしたら眠そうに見えてるかもしれない。
「あの、なんで僕が葬式にいなかったってわかったんですか」
「あー、俺ね人の顔とか名前覚えるの得意なんだよ。目広くんってさ、なんか全体的にバランスが良いよね」
「バランス?」
「だから葬式で見かけたら多分印象に残ってそうだなーって思ったの」
「はあ、なるほど」
「でもあの時の俺、割とそれどころじゃなかったから、申し訳ないけど来てくれた子達の事あんまり覚えてない。結局は、まぁなんとなく?」
「……そうですか」
お兄さんの「それどころじゃなかった」という言葉から僕は目を逸らした。
クラスの生徒たちの事は僕もほとんど覚えていない。きっとユキだって覚えてない。
お兄さんは肉を軽く覗き込むと、トングを手に取りカチカチ握った。
「うん。だってさ、目広くんもだけど旧制服の学ランじゃなくてさ、その共通制服選んでる子結構多くない?」
「は?」
時々跳ねる油に悲鳴をあげながらも慣れた手つきで肉をどんどんひっくり返していく。美味しそうな匂いに美味しそうな見た目の肉が空腹を一気に刺激した。
「ぶっちゃけ俺も優希も共通制服選べるって聞いた時、そんなん学ラン一択だろってなったんだよ。ていうか入学式は学ランと半々だったじゃん?」
「あ、まぁ、学年でみたらそんな感じっすね」
「でも同じクラスの子ほとんど共通制服だよね?」
「……確かに」
どうでも良過ぎてそんな事考えたこともなかったよ。ユキもそう思っていたんだろうか。
「だからウワー、俺達ってもしかして遅れてる?この感性、時代についていけてない感じ?て顔より制服にしか意識行かなくて」
実の弟の葬式中に何考えてんだこの人は。オシャレな人ってそういう事を気にするんだな。
「不謹慎なのはわかってるんだけど、気になっちゃったからさ……。でも今日、目広くんの着こなし具合見たら、あー、まぁ結局着る人によってはどうとでも変わるかーって考えを改めたよね、流石に」
お兄さんは明らかに面倒臭くなったのか適当に話を括ると、網の上の肉を僕の取り皿に置いていった。
「あ、ありがとうございます」
「サラダ全然食べてなくない?」
「食べます今から」
指摘されたのが気まずくて、すぐに皿の中の半分くらいのレタスやプチトマトを口に突っ込む。ドレッシングのしっかりした味がついていて結構美味しかった。
お兄さんを見ると、自分の肉を取り皿に置きながら僕を見て「飢えたヤギ」と楽しそうに笑っていた。
ついでにスープも何回か飲んでから僕はやっとカルビにありつけた。いつも家族で行く焼肉屋で食べるカルビとは全然違う。すごく美味しかった。
お兄さんも肉を口に入れ「うまっ!」と幸せそうにしている。久しぶりに来たと言っていたけど、ご飯はちゃんと食べているのだろうか。
……今食べてるから大丈夫か。
僕が現在のシチュエーションも忘れ、肉と米を食べる事に夢中になっていると取り皿にまた焼かれた肉が追加された。いつの間にかお兄さんは二巡目の肉を焼いてくれていたみたいだった。
口にまだ入っていたから黙礼すると、お兄さんは笑っていた。肉の焼ける音が邪魔してなかったらきっとウフウフ笑ってるのが聞こえたと思う。その感じの笑い方だった。隣のビールジョッキの中身は半分くらいに減っていた。
「あ……!」
お兄さんが急に何かに気付いたようにハッとした。
「どうしました」
「お家の人に電話したっけ!?」
「大丈夫です。昨日からいないんで」
「えっなんで」
「兄ちゃん試合で県外遠征行ったんでそれに着いて行きました」
「兄ちゃんいるんだ、なるほどね」
何が「なるほど」なのかは分からなかったが、お兄さんは納得してスープを飲んだ後にビールを飲んでいてなんかそれはちょっと気持ち悪いなと思った。
「でも今日外食した事だけでも伝えといたら?」
「帰ってからもう一回食べてリセットするんで大丈夫です」
「えー、なんかそれ凄い新しいね〜」
「ていうか、僕まだスマホ返してもらってないです」
「えっ」




お兄さんが会計しているのを僕は店の外から見守った。六千円くらいは行っていた気がする。
スマホを取り出し画面を見ると、あと八分で十九時半になる。息も白くなるくらいの冷たい外気が今は気持ちよかった。
あの後お兄さんは、慌てて僕のスマホを返そうとポケットから取り出したもののすぐに「あっ!」と声をあげて僕の本来だったら痛い所を突いてきた。
「ちょっと待って、返す前になんで家の写真撮ってたのか答えてくれる?」
流石に真剣な表情だった。当然だ。僕はギリ犯野郎なんだから。
「お店から出たら答えます」
この時には既に、僕は僕とユキの目的をこの人になら正直に伝えても良いかなと言う考えになっていた。
それでも彼を怒らせる可能性は30パーセントくらいは残っていたので保険として会計が終わった後にしてもらったのだった。
しかしお兄さんは「教えてくれるならいいよ」とすぐにスマホを渡してくれた。「でも教えてね、ちゃんと教えてね」としつこいくらい念押しはしていたけど。
『カルビマン!』の年季の入った重い扉が外側に向かってゆっくり開いた。
「わっ寒い」
お兄さんは目が合うとウフウフしながら「よかった、いたいた」と笑った。扉は分厚いガラスだから見えていたくせに。
会計の時渡されたらしいミントガムを差し出してきたが、そんなミントガムなんて辛いガム、僕は食べられない。黙って首を振り断る。
「さてさて、帰りますか」
お兄さんはモグモグしてるから既に口の中に入ってるみたいだった。
暗いけど人はぽつぽつ歩いている。狭いのに自転車もさっきからビュンビュン通っていて結構危ない道だ。
お兄さんのとぼとぼした足取りを追っていたら、あっという間にユキの家(お兄さんの家でもあるけど)に
着いてしまった。
オシャレで派手な家の前で僕たちは立ち竦む。お兄さんは自分の家の前に立ってるだけだから、竦んでるのは僕だけかも。
「なんで家の写真撮ってたの」
「聞いても怒らないで下さい」
このお兄さんはきっと怒らないだろうと思うけど、念には念を入れる。
「目広くんに危ない事だったら怒るけど」
「…………」
「『メッ!』て言うだけだから」
この場で笑うのはちょっと負けな気がして、僕はお兄さんにバレないようにソッと顔の角度を変えながら唇に力を入れて耐えた。
「危ない事なの?」
笑いそうになったのに気付いたのか、お兄さんは横からニコニコ僕の顔を覗き込む。ミントガムの強い匂いが微かに届いた。
「いや、僕は別に……」
「『僕は』?え、俺は?俺は危険なの?」
「それはちょっと分かんないです」
「マジで何しようとしてるの!?」
「……ユキが」
「ユキが?」
「ユキが都市伝説になりたいって言ってたから、僕はそれを叶えてあげたいんです」